ヴェルムヘルム領 9
呼びに来たメイドについて執務室に向かう。扉は開かれた状態で扉の内側にはデミットと、ヤルマークにルーカ、とサーヤさんに初見の男
(佇まいから家令だとは思うが・・・)
年のころは40代半ば以上。濃紺の髪色に細身の高身長柔らかな表情でこちらを見据えている。
何気なくその男と目が合う。・・思わず会釈・・
(もう・・習慣だな。)
その男は俺のしぐさに『ほう』とでも言うような表情の後、静かに話し始める。
「初めまして。仁多様。 お話は伺っております。この度は大変お世話になりまして・・・
わたくしからも、御礼申し上げます。」言い終えるタイミングでさらっと礼を取り再び顔を上げると
にこやかな表情は崩さず、
「さて、此度はせっかくこちらにお招きいたしましたが、早々に出立されるとか?」
いったん言葉を切った彼は、ヤルマーク、デミット、ルーカに素早く視線を巡らせると再び俺に向かい。
「何か我らに不手際でもございましたか?」と聞く。
俺も思わず3人に視線を走らせたが、むろん彼らと何かが・・ではないので
(ん?ルーカ何か落ち着かない様子に感じるが・・・?)
つい最後にルーカに目を止めてしまう。
「あー、・・いや。ただ単純にのんびりとしたいなぁというのが本音でね。」
半分本気で半分嘘。
「そうですか?・・それでも十分な不手際。ホスト側がゲストに窮屈な思いをさせていたとは。重ね重ね申し訳ございません。」
「いえ、・・あの?(あ、そういやこの人の名前訊いてないよね)・・え~・・」(どなたです?)
「私としたことが、つい名乗りを失念いたしました。私この家で主席家令に任じられておりますシュレッドと申します。以後よろしくお願いいたします。」改めてシュレッドさんが深々とお辞儀
「こちらこそご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。」
俺がそう言い終える頃シュレッドさんが頭を上げる。相変わらず笑みを湛えたままだ。
「本題に入りましょう?」エレノアさんから声がかかる。
一同が『はい』というように軽くうなずくと、エレノアさんが続けて発言する。
「ヤルマーク。仁多さんにお話しして。」ヤルマークは簡単に頷くと俺に向き直り説明のため口を開く。
「先ずこちらの進捗から。仁多様のご希望からすでに候補地が2か所上がっております。」
(とりあえずでも二か所か。早いな)
「一方は敷地面積が狭いが3階建て。もう一方は敷地面積がかなり広い平屋建て。極端な2か所ですがともに手直しの必要があり多少なり時間がかかるかと。」ヤルマークは説明しつつ2の物件の見取り図を机の上に置く。ごく自然に全員が図面を覗き込む。
「こちらの3階建てだと管理は容易ですが上り下りで不便。平屋ですとその分管理が大変になり、管理に要する人出が多少なりと必要になるかと。)真剣な表情で俺の顔を見るヤルマーク。
(いや、即答はできません。管理の人など雇えません。この世界ではどうやってお金を稼ぐ?
というか俺無一文の無職やん。)
俺の不安は数ぐにヤルマークに伝わったみたいだ。
『フッ』と軽く息を追穿きながら表情を崩すヤルマークは、「候補地からは外れてますが、もう一軒ないわけではありません。」これですと言わんばかりに見通り図を先ほどの2枚の上に置く。さすがに木の板が三枚も積まれるとかさばって見える。
「こちらの物件は、ヴィラムの森の手前にある崖の側にありまして、建て方も・・・・・」
要するに、建物の大きさ、手入れについては文句ないのだが、立地があのヴィラムの森に程近く、森への恐怖心からあまり人は住みたがらないとのこと。
(うーん。俺的には最高の立地なのだが・・・)
「ここからの距離は?」
「そうですね。馬で半日ほどでしょうか?」(というのは、どれくらい?)俺は思わず首を傾げる。
それを見たのか、エレノアさんが助言をくれる。
「ニシマの村を覚えていますね?」俺を伺うように聞く。
「もちろん」
「ここからその村よりも少し遠い。」『ほ~』という表情になる俺。
(では大体40km無いくらいか。)イメージができるとなんとなくわかるが40Kmってどれくらいだ?
高速道路のSAの間隔がおおむね50Kmと聞くが車で走る感覚とはこの世界ではあてにならない。
容積・広さなどもよく東京ドームの何個分とか言われるけど、東京の人でもその大きさはっきりわかっているのだろうか?テニスをやらない人から見ればコート何面分というのも謎基準
話がそれた。自分の住んでいるところから35キロほどのところを探してイメージしてもらえればわかってもらえるだろう。
「では、そこの問題点は森に近いこと・・だけなんですね。」と俺が念押しするとヤルマークが首を振る。
「仁多様はこの国の肩ではなくご存じないかもしれませんが、ヴィラムの森はそれだけで恐怖の対象となり得るのです。」ヤルマークかと思ったが、シュレッドさんだ。
「しかし俺は・・」つい口を突きそうになるがエレノアさんが気付かなかったかのように割って入る。
「その家にいた『変人』はどうした?」それにはヤルマークが、
「見に行った者によりますと、半年ほど前に家財道具共々きれいになくなっており、世話になったと扉に書かれていたとか。」
「という訳で、まあ、いわく付物件ともいえるかもね。」フフッと笑みを浮かべながら話すエレノアさん。
「そうですか。で、その『変人』とは?」その問いに皆が何とも言えない表情でお互いに顔を見あう。
「りゆうはふめいいでが、その『変人』は今はその家には住んでいない。と、でほかに問題は?」
「ないな。」デミットがぼそりという。
「ではそこに決めたいと思うんですが、」俺は身を乗り出してエレノアさんの裁決を仰ぐ。が、ルーアがビクッと身を震わすのが視界の端に映る。
エレノアさんにもルーアの様子は目に入ったようだ。いったんルーアを見て、再度俺に視線を戻す。
「ええ、いいでしょう。「え~っ!」・・・どうしたのルーア?」エレノアさんが話しているときに叫び声を入れて来たのはルーア。当然聞かれるわな。
「あ!すみません。つい。」見るからに意気消沈するルーア。
「誰も異議がなければ私はそれで構わないと判断しますが?・・」とエレノアさん。一同をゆっくりと見まわしてルーアで視線を止める。
「いいですね?ルーア。」
「う。・・う。」言いたいけど言えないし・・・の葛藤か?が、意を決したように
「わたしは嫌・・です。」(反対ではなく・・嫌?)
「あなたの専属にと考えているルーアが『嫌』と言っているようですがどうしますか?仁多さん。」それを聞いてルーアが俺に一生懸命言ってくる
「すみません! すみません!」ペコペコと米つきバッタ(こんな表現今はしないか)よろしく詫びているようだが、気持ちどおりに住みたくないとも言ってるようにも聞こえる。
「持ち帰って相談してもいいですか?」エレノアさんはにっこり笑って黙って頷く。
「ルーア。仁多さんとよく相談してきなさい。」エレノアさんはそういうとではこの話はここで終わり。と場を打ち切った。
俺が部屋に戻ると、すぐあとに扉がノックされる。
「・・・すみません。ルーアです。」元気がない。
(いやいや怒ったりしないし、怒ってないんで)
「いいよ。入って。」できるだけ明るい声で応対する。笑顔も忘れない。
静かに扉が開いて、ひょこッと顔を覗かせるルーア。準備万端の俺の笑顔と目が合う。
「ひぃーっ」引いた驚きの声(なんで?)
「ごめんなさい。すみません。許して下さい。私が・・」
「ちょっと落ち着こう。ルーア」ルーアの肩に手をかけて落ち着くようにやさしく声を掛ける。
「すみません。・・・すみません。」目に涙を溜めちゃって・・・って俺のせい?
何とか落ち着かせた後にルーアにゆっくりと話を聞く。それによると、
ルーアは私の専属メイドが決まっていて、私の生活の場に派遣されることが私の呼ばれる前に皆で決められていて、当初の2件ならばと思っていたのがまさかの3件目の提示にさすがに恐怖感を覚えたという。
それは、我々の世界では想像ができないほどの畏怖となって表れているようで、例えるなら神仏が信じられていた時代にその信仰対象の霊山に住むと言えば近いのだろうか?
いずれにしても現代を生きてきた俺にはまあ、多少のオカルト 程度のものでしかなくしかもヴィラムの森は経験済み。確かに夜は暗くて怖いと言えば怖かったけれどそれ以上の意味不明な恐怖体験などしていない。
(あ!壁様は‥別格か。)
説得ができるかできないかは別として、ルーアに俺は俺の自説を展開する。
ヴィラムの森について教えてくれないか?それからルーアの鬼気迫るほどの話が始まった。
(アフリカの)マリという国のバマコの町とカティの町は35キロメートルの距離にあるそうです。以前はパリダカールの経路に含まれることもしばしばだったとか。




