ヴェルムヘルム領 3
1時間ほどの休憩を経て、ヴェルムヘルム領の領都ニウラへと再度歩み始めた我々は今夜の宿として途中の村であるニシマ村へ到着。村長宅を本陣として本日の宿として使わせていただく。
我々は村の入り口で馬車を降り、エレノアさんやエミリーを先頭に全員で二列の縦隊を作る。先頭車の前には露払いとしてバロウズ隊長と、ソラムが馬上の人として抜き身の馬上槍を掲げて進む。
その直後に棺車を配しさらにその後を我々が歩いて村に入り本日の宿泊所である村長宅に向かう。
一方、ニシマ村では我々の到着の先触れを受けて俄かにあわただしくなる。
何しろ領主様一行がお立ち寄り。今回は一泊なさるということであるから、農家は野菜を、猟師は肉を村長はじめ商人たちは酒や食器と何でもおもてなしに必要と思われるものをかき集めていた。
つい先日ご領主様が付近へのご挨拶へと隣領へと向かわれるために通過したのが1週間ほどまえのこと。
戻られるのにはまだ二週間あるはずであったのに・・・と村民の誰もが不振に感じつつも先触れとして三日前にキュリアが触れ回ったのだからお立ち寄りになるのは間違いのないこと。しかも宿泊されると聞いた。
何事かあったのかと訝しがりながらも歓待準備に駆けまわる村人たちの目の前を領主一行の車列が棺車を先頭に村に入ってくるのが見える。
それを目にしたとたん村人たちの動きが止まりはらはらと沿道に膝をつく数が増えていく。
「そんな・・・領主様か?・・」声にならないほどの小さなうめきが俺の耳に入ってくる。
そんな力なくひざまつく村人たちの前をしずしずと棺車を先頭にゆっくりと、ゆっくりと一行が過ぎてゆく。
慌ただしいはずの歓待ムードが一気に静けさが広がっていく。キュリアとしても確認ができるまで領主が亡くなったとは相手が村長であろうと漏らすわけにはいかず、結果として村には領主一行の予定が異常なほど早まったとしか認識されていなかったのも無理らしからぬこと
さすがに誰が悪いわけでもなく、事の次第を知り得なかった村人にとっては、歓待から一転葬送列の出迎えとなったということになる。
棺車を目送した沿道の村人たちはやがて立ち上がりエレノアさん達の人の列の後に続くように列を作りつつ続く。我々は無言で前を向いたままゆっくりと歩を進め、やがてほとんどの村人が一緒に歩いて村長宅に到着した。
棺車は村長宅の前庭にしばらく置かれ、村人のお悔やみの列を迎えることになる。
エレノアさんは出迎えた村長に対し、出迎えの礼と今宵の宴を受けることを伝え村人には全員が参加できるようにと念押しをしていた。
村長宅と言えど地方の村の村長なのでさほどの部屋数を用意することも難しく、お付きメイドはともかく同宿するとして、騎士達は周辺の家々に分かれて宿泊することになり、交代で村長宅の夜警にあたる様だ。俺は幸いエレノアさんとエミリーの部屋の隣の部屋があてがわれ、すぐ近くにメイドたちが宿泊する部屋が用意された。
今日のルーカの仕事はほぼ終わりなのだがこの後、宴とやらがある。それまでにたっぷり2時間ほど時間があるのだがルーカに特に仕事を言いつけず、俺の部屋で勉強に専念ができるように計らおう。そう考えて俺がずっとここにいるのもおかしなものかと思い、村の中を散策へとで歩くことにした。その道すがら今日の宿舎となった家の前で談話中のタルカスとロットヘルムに出会う。
「これはこれは。仁多殿 どちらかにお出かけか?」タルカスは視界に俺を捉えると親しげに声を掛けて来る。
「これはタルカスさん。初めての村なので少し散策をしようかと・・どこか良い場所をご存じですか?」
「良い場所・・ですか?。失礼ながらここは御覧の通りの村ですのでこれと言った場所は・・」腕組みをしながら、はたと回答に困るタルカスに横で聞いていたロットヘルムが
「仁多殿の言われる、良い場所とは例えばどういうところでしょうか?」
まあ俺としても特にあれがこれがと考えて出てきたわけでもなく、ただ時間がつぶせるところがないかと考えていた程度。
「そうだね。俺としてはこの後の「宴」までにうまく時間を潰せるところはないものか。程度に考えていたからね。」
「はは。それならここで少し話でもしませんか?」そう言えば騎士たちと話す機会が今まであまりなかったことを思い出しそれもいいかと
「そうですね。せっかくの機会ですしそれもありですね。」それなりに良い時間が持てそうだと渡りに船と飛びついた。
「それではお言葉に甘えまして、今お二人は何の話をされていたんです?」
「いやいや、大した話題ではなくて。こいつの剣術の相談にのってたんですよ。」タルカスさんが声に出して笑いながら、ロットヘルムを小突く。
「とっ・と・・そうなんです。今は平和になっていてなかなか剣をふるうこともないんですが、やっぱり騎士としては剣の腕がいまいち・・・って訳にはいかないでしょ?」小突かれたことでやや体勢を崩しながら非難の目をタルカスさんに向けながら話す。
「この程度で体勢を崩しているような奴が、偉そうに言っても練度が知れるわ。」タルカスさんがロットヘルムからの非難の視線を軽く受け流しながらそう言って大声で笑う。
「ふん!誰だって急に押されたら体勢を崩すのは当たり前です。」まあ、怒るのも無理はないが
「そうですよね?仁多さん。」
(お!俺に同意を求めるか?まあいいけど)「そうだね。けど普段から・・・そうだなぁ・・自然体を心掛けていれば、そこまで体勢が崩されることもないと思うけど。ねぇ?」
(残念ながら俺は君の援軍には慣れないかもね。)思わずにっこりと微笑みながらロットヘルムに応えながら最後にタルカスさんに(でしょ?)と目線で合図。それをしっかり受け止めたタルカスさんは
「仁多殿の言われるとおりだな。」 ふっ とでも聞こえてきそうな口ぶりでロットヘルムにダメ出し。
「そうは言いますけどね。仁多さん。タルカスさんの小突きは結構きついんですよ。」さらにタルカスさんへのにらみを増しながら恨みがましくロットヘルムが言い訳を重ねる。まあ、そこは軽く流して
「ああタルカスさん。俺のことは仁多でも真でも呼びやすいほうで呼んでくれればいいですよ。」
「そうか?すまないなぁ。それじゃあマコトで呼ば差せてもらうよ。代わりと言っちゃなんだが俺のこともタルカスでいい。」その申し出は助かる。まさにそうタルカスの顔にそう書いてあるようだ。
「じゃあ、俺はロットでいいや。仁多さん。」
「ダメだ!お前は。『仁多殿』とちゃんと呼ぶんだ。」ロットヘルムが言い終わるかどうかでタルカスさんの注意が飛ぶ。と同時に頭頂部を拳がゴツン。
「痛ってぇ~」
「本当にお前は奇襲に弱い奴だな。」思わず声を上げて頭を押さえるロットヘルムに容赦のない一言
「わかりました!『仁多殿』と呼びます。」その返答に満足げにタルカスさんが頷く。
「だそうだよ。まこと。」俺に向かいニカッと満面の笑み
「よろしく頼むよ。え~・・ロット・・。」よほどタルカスの拳は痛かったのか、まだ頭頂部をさすりながらロットヘルムが涙を浮かべたような何とも言えない表情で俺を見る。
「はい。よろしくお願いします。仁多さ・・・殿・・」軽く言い間違いそうな若い騎士にベテラン騎士がお前は・・・な表情で拳を振り上げる。その状況を素早くキャッチしたロットは
「言いました!言いました!『仁多殿』ってちゃんと言いました!」慌て気味にちゃんと言えたことを強調し拳を治めてもらおうと画策するが・・再度『ゴツ』
(いや、今度の方が痛かったって・・きっと・・知らんけど・・)
(なるほど・・平和な時にも・・時だからこそ鍛錬か。)
騎士たちとの接点。若い人っていうのはどこでもいっしょなのか?




