ニヤマーシャ 22
翌朝、俺の朝は早かった。日が出る前にすっかり目覚めた俺は基礎体力の錬成に余念がない。部屋でできることは限られるが少なくとも基本的な筋トレと、ストレッチはできるのでたっぷりと時間をかけて汗をかく。
(気持ち、なるべく部屋の左側でルーアを起こさないようにしておかないと)なんて気を使ってみたもののそんなペラペラの壁じゃないし、そもそもドスンドスンの運動はしていない。
ひとしきりのメニューを終えて汗を拭きとり息を整えていると、扉がノックされる。
「おはようございます。仁多様、起きておられますか?」さすがに早朝から扉は開かないだろうが、
「あ!起きてるけどちょっと待ってね。」最後の仕上げ、せめて服を整えないと。
で、急いで簡単に上着を羽織る。
「お待たせ。いいよ。入って。」俺の入室許可を聞きルーアが入室してくると丁寧に腰を折るように頭を下げた上で
「お早うございます。昨晩はよく眠れましたか?」俺の返事を待たずにルーアが続ける。
「本日は、このあと7時から朝食。9時には出発ができるようにとのことです。」
「9時出発だね。わかった。 ルーアもゆっくり休めたかい?」俺の問いかけにコクリと頷き
「はい、おかげさまで。ありがとうございました。」表情が和らぎ、笑みがこぼれる。心なしか声も元気だ。
俺の朝食は本館の食堂で用意される。他の宿泊客などと一緒に大?食堂でバイキング形式と言っていいのかとにかく好きなものをよそって食べるシステム。
ここにはエレノアさんやエミリーのお世話を交代でしながら食事を摂りに来る。騎士さん達はさすがに警護の合間に離れの別室で急いで食事をしているそうだ。なので、ルーアも必然的にここ大?食堂で食事を摂る。んだが、仮にもメイドとして主人の世話もあるし、同じテーブルで食事などと言って後で食べますからと、傍らに立ってじっと待っていようとしてたんだが、特に今メイドの何かの働きを期待していないし、あとからだと時間がもったいない。何よりルーアが短時間で食事を掻きこむことになるのかと想像すればかわいそうに思える。なので、自分のプレートをテーブルに置くと、
「一緒に食べようじゃないか。ルーアもここに自分の分を取ってきて食べよう?」俺の申し出にドギマギしているのか正面を向きながらも目があちこち彷徨っているルーア
「さすがにそれはできません。」きっぱり拒絶の言葉を発するが、更に俺はルーアに畳みかける。
「おそらく今日はこの後食事できる時間作れないよ。で、一緒にここで食べる。したくないけど。。これ命令ね。」と言い終わってルーアの目を黙ったままじっと見つめる。
俺が動かないことに気が付いたルーアは彷徨わせていた視線を恐る恐る俺の方に向ける。当然二人の視線がぶつかる。
「はあ~っ」力なくため息をついたルーーアは「・・・わかりました。」弱弱しくつぶやくととぼとぼとプレートに食事を摂りに向かう。その背中に向かって俺はにこやかに
「待ってるよー」と軽やかに声を掛けてルーアが食事を持って戻るのを待つことにした。
待つことしばらくプレートに思い思いの食事を載せてルーアが着席する。
「お待たせして申し訳・・」
「さあ食べよう。時間が無くなるよ。」(なんで謝る必要があるのさ?)
ルーアにとってはやりにくい時間だったかもしれないが、メイドを待たせて自分だけ食事を摂るなんて俺には・・・無理なもんで。
「それでは仁多様は3号車にお乗りください。・・ルーア用意はよろしいか?」ヤルマークが乗車区分を仕切っており俺は3号車?あ、3番目の馬車ね。ってこれほかのより小さいんだね。小人数使用?
ルーアが俺の積み込まれた荷物を確認しながら、ヤルマークに大丈夫ですと返答している。
で、改めて見てみると馬車が5両になっていて増えてるのに気づく。
3号車と呼ばれたその馬車の様子を見ているとヤルマークが近づいてき
「領地まではこちらの馬車をお使いください。ルーアが同乗します。馭者はニックが努めます。」と言うとしばし周囲を探してから
「あの男です。当家の馬係をやっております。」と一人の男を指し示す。
ニックと呼ばれた男は5号車へ最後の馬を繋いでいたが、俺とヤルマークの視線に気付いた様子で作業の手をいったん止めて土地らにペコッと頭を下げるとまた作業に戻る。
「馬の扱いには慣れておりますので、ご安心ください。」ヤルマークがニックの話をし終わるころ確認を終えたルーアが傍らに来た。
「仁多様。荷物は間違いございません。言っておられた荷物は車内に入れておきました。」
「うん。ありがとう。重かったでしょ?」ルーアにねぎらいの声を掛ける。
ヤルマークは俺たちのやり取りを聞いてか否か次の4号車の確認へと向かった。
そうこうしているうちに最後にエレノアさんとエミリーが宿の玄関から姿を現す。もちろんすべての馬車の荷物・人員の確認が終わり二人に出発準備を完了した旨が伝えられたからだが、が逆に言えば他の者はこの時間まで馬車に乗れない。なので当然、俺もルーアとともに3号車の前にいる。
エミリーと言えば、その胸にはしっかりとBPを抱いていたが、玄関を出たとたんにBPはエミリーの腕から離れて地面に飛び降りる。もちろんそれほどの高さはないので当然だが、成長度合いから言えばしっかりと着地したうえでエミリーの一歩後ろに下がって付く。足取りもしっかりしていていっぱしの護衛に見えないこともないが‥まだかわいいほうが強い?か。
「BP?」エミリーとしては予期していなかった動きだったのか急に飛び降りたBPを訝しげに見た後、黙って自分の後ろに付いたBPに納得がいったのか
「うん!ついてきて」と言い前を向くと、BPは応えるように短く「にゃっ」と声を出す。
(「うん」って言ったぞ。あいつ)俺がそう思った瞬間に一瞬だけBPと視線が合う。その様子がまるでBPが黙って頷いたように感じた。
2号車の前に立つ俺の姿を認めたエレノアさんが、挨拶がてらに軽く右手を上げて手招きするのでルーアを伴ってエレノアさんの側まで行くと、
「あれから何か不自由はなくって?」とどうとっていいかわからぬ質問をかけられたが、
「・・特に問題もなく」と無難にかわしておく。
エレノアさんエミリーの後をバロウズ隊長、ソラム女性騎士隊隊長が警護しつつ進む
いつの間にかヤルマークさんもエレノアさんの傍らに居り
「準備はできております。」と報告する。
各馬車の横に乗車員が整列を完了すると車列の後ろからひときわ小さな馬車が、整列した人に見守られながら車列の前へとゆっくりと進む。
アルフレッドの乗った馬車である。弔旗と言うものであろうか馬車の前方部に掲げられており厳かな雰囲気が感じられる。
家人たちは主人の乗る馬車を無言で目迎目送し、そのあと大きく首を垂れる。1号車はそのまま進み車列の一番前で停車する。
「ん。 では、乗車!」エレノアさんが強く宣言する。そのうえで自ら2号車に乗り込む。すかさず俺はそのエスコート、ついでエミリーもエスコートする。
エミリーに手を貸しながら、「エミリー?BPが何を言ってるかわかるのかい?」
「・・・そうね」馬車に乗り俺から手を放しながらちょこっと首を傾げながら
「何となくだけど‥間違いなくこう言ってるって気はしてる。」
エミリーの応えに俺は特に何も答えずにっこり笑いつつ黙って頷く。
BPがエミリーの後を追うようにステップを駆け上がり、座席に腰かけたエミリーの足元に座ると黙ってエミリーを見上げ、お互いに目を合わせると、BPはその場に伏せてゆったりとした姿勢を取った。
二人と一匹が乗り込んだのを確認しつつ、俺とルーアが2号車に戻り乗り込む。
その間に、ロットヘルムと、キュリアが自身の乗馬とバロウズ隊長・ソラム女性騎士隊隊長の乗馬を曳いてきて手綱を渡す。その手綱を受けて次に声を発したのは、バロウズ
「全員乗馬!」タルカスは事前に乗って周囲を警戒していたが、他の岸井たちはこの声に合わせて乗馬する。
全員の乗馬と、各馬車の馭者からの合図を確認したバロウズ隊長は2号車に近寄ると何やら2,3言、車内のエレノアさんと言葉を交わしたのち再度号令する。
「前へ!」力強い号令とともにアルフレッドを乗せた1号車から緩やかに進み始める。ついで2号車・・・3号車・・4号車・・5号車
車列を組んで、ニヤマーシャの門をまもなく越える。
車窓からゆっくりと後ろに流れていく街並みを見ながら特に感慨もなく・・・ん?あれは
通りを歩いているシホンを見かけて車内から声を掛ける。
「シホンさん」突然の呼びかけに驚いたような様子だったが、車窓から手を振る俺を目にして微笑むと、
石を割るしぐさをしながら「また見せてね。」と声を掛けてくれるのであった。
「おう。また会えたらね。」
え?いつの間にですよね。




