ニヤマーシャ 20
訓練場にて
フン! フン! フン!
丈夫なひもを用意してひたすら無心で打ち込みの実施。大柄な選手だと内股とかのイメージが強いし、実際大柄な選手の部類に居たのでそれは間違っていない。けど俺が最初に教わったのは背負い投げ。どちらかと言えば小柄な選手の方があっている技だと思う。で、その最初に教わった技と言うのは俺の各仕業でもあるんだよね。低く低く一気に入り込んで膝のクッションでポンとやれば面白いほど飛んでくれる。だって俺みたいな選手からまさか背負い投げが来るとは思わないよね。
訓練場に入ってから簡単なストレッチ、準備運動を行ってから受け身の練習。ここも床は土だから昔の砂利で練習してた頃に比べればソフトマットの上でやってるようなもの。気にならない。ひとしきり動いて汗が出た頃に打ち込みの開始右と左を意識しながらそれぞれ100本さすがに少々ブランクのあるせいか背負いの時には膝が笑いかけた。
その間もルーアは訓練場で俺から離れてじっと黙って練習を見ている。
(よし。一応の汗はかけたし、最後は筋トレでしまおう。)
腕立て、腹筋、背筋、スクワットとこなす。力の遅筋、スピードの速筋これも意識しておかないと使えない筋肉の鎧ではただの枷にしかならない。
特にこれからは(ここの世界では)体が資本ともいえそうだし。何が起こるか解らないからね。
ひととおりの運動を終え、呼吸を整えていた俺にタオルと飲み物が差し出される。
「仁多様。こちらをどうぞ。」(へ~。すごいタイミングだね。)飲み物もよく冷えていてのど越しがよい。
(ふぅー。この一杯のために・・・・ってビールじゃないけど絶妙!)
ほかのメイドを俺は知らないけれどこれはありがたい。優秀なんだろうなぁメイドとして
「ありがとう。すごくおいしいねこれ。」
「いいえ。これはごく普通のレモンエイドなんですが、肝心のレモンがヴァンス領で採れる特別な品種なんです。」地域の特産のようだが、まるで自分の手柄のように嬉しそうに答えるルーアが微笑ましく感じる。
(レモンエイドか?地球のものとはちょっと違う気もするけれど・・・)おそらく自分の脳内で一番近いか組成の似たものの名前として変換されたのだろうと理解しておこう。
「仁多様。先ほどの訓練が『じゅうじゅつ』なのですか?」
「違う・・かな?柔術を行う上で必要な(動きの)訓練の方が正しいかな?」
「そうなんですか?じゅうじゅつが解らないんですが・・」
至極当たり前の質問だ。見たことも聞いたこともないのだから。
(・・説明って難しいよな)「まあ、そのうち分かるようになると思うよ。」言葉を濁しながら説明という大きな労力から逃れるための見かけのレモンエイドを一気にあおってルーアにグラスを返す。
「じゃあ、戻ろうか?」
「はい。」
お風呂は本館に大浴場があった。とは言え屋外の源泉かけ流しと言った感じのもの・・・
とは程遠い本当に汗を流すためだけのような長方形の建屋のやや高めに大きな湯桶(大人の男が三人やっと入れる位の丸桶)が配され、そこから一人サイズの三つ並んだ湯桶に湯樋を通じて湯が流れ込む仕組みで湯につかるよりは湯気を利用するサウナ的な風呂なのかな?入る前に聞いておけばよかったが、さすがに男風呂にルーアは入ってこれないし、今更出ていって説明を と言うのも憚られる。と思っていたら
「失礼します。」と背後でルーアの声。思わず「えっ。なんで?」と言ってしまうが、ルーアは至極当たり前の顔でこちらにお掛けください。と準備した椅子を示す。
突然の予期せぬことに驚きで、しばらく動けなかった俺に重ねてルーアが声を掛ける。
「仁多様。こちらにお掛けください。お背中お流しします。」と手元を見れば世れらしい道具も手にしている。
「あ、はい。すみません。」何がすまないのか自分でもわからないままとにかく謝罪風の言葉が口をつく俺。やむを得ず示された椅子にルーアに背中が向くように背筋を伸ばして座る。
座った場所は最も入口に近い丸桶のすぐ横。
「それでは失礼して。」
ルーアはその丸桶から手桶で湯を汲み俺の背中にゆっくりとかける。
「熱くはないでしょうか?」もちろんルーアも俺の背にかける前に手で温度を測ってはいるが、体感は違う場合もある。
「う・・うん。ちょうどいい具合だね。」平然を装いながらも素っ裸なところに若い女性による背中流しは、
(お‥俺の人生・・初。恥ずかしいじゃないかぁ~ ぁ~っ)おそらく顔は真っ赤っかだろうな。
垢すりの様なものなのか?肩から背中にかけて丁寧に摺り上げられるにつれ徐々にこの状況にも慣れてくる。と言うか気持ちのいいもんだ。
「ねえルーーア?」
「はい。なんでしょうか?」
「ここでは風呂とはこういうものなのか?」
「こういうものと言われましても、私には他を知りません。何がでしょうか?」
「こう・・三助・・じゃ通じないか。」どう質問すればわかるか、ちょっと頭を整理する必要があるのか?
「じゃあまず一つずつ聞いていくね。」
「ええ。どうぞ。」こんなやり取りをしながらでも手は休めない。
「まず、こっちの風呂は裸になって入るんだよね。」女性が入ってくることが想定されていれば海パン様な着物があってもおかしくない。
「もちろんです。お風呂ですから、服を着て入る方はいないと思いますが・・?」当然ですという返しで間違いない。
「で、今ルーアが俺にしてくれてるようなことが一般的だと?」常識に自信がないので疑問符になる
「私が・・仁多様に?・・背中を流すことでございますか?」聞かれたことがすぐにはわからなかったのだろう。これには多分に文化の違いがある気がする。
「そう。背中を流すこと。」
「はい。ご主人のおからだを流すのは当然です。」これにも当然ですと返ってくる返事。
「では風呂の使い方として、この丸桶につかってもいいんだよね。」
「・・つかる?」言葉を復唱しながら疑問符だ。つっかるって言葉がないわけではないだろうに
「そう、つかる。この丸桶の湯に入ってもいいんだよね。」
俺の質問に今度は逆にルーアから俺に質問が返される。
「・・この・・丸桶の湯に入られるのですか?」背中も下の方お尻の辺りの垢すりに移行しながらルーアの手が一瞬止まる。
「違うのか?ダメなのか?」俺としては思いもよらぬルーアの反応にちょっと戸惑う。
「はい。この丸桶はこのように湯の温度を丁度よい温度とするように湯樋を通して溜めるための桶です。」
「と言うことは、湯に入る。湯に浸かるということはここの人はしないんですか?」
「湯に入ることはしません。」きっぱりとルーアの口から『ない』と返ってきた。道理で湯船にしては小さい気はしてたんだ。
「では、改めて。・・風呂はこの湯気で垢を擦りやすくして、垢すりをしたらこの湯で流すと。・・・」
最終的にまとめた質問だ。
「はい。お風呂とはそういうものですが?」お尻の辺りを終えて今度は右腕に移る垢すり視界の端にルーアの表情が垣間見えるが、明らかにふつーな表情。おかしな質問をした俺がスルーされてるともいえるような。そうこうしているうちに右手に移る垢すり。
(うん。明らかに日本の風呂の使い方とは違う。)浸かってはダメな丸桶に一人浸かって周囲の人に白い目で見られる俺自身を想像して・・非常識な奴と思われる手前だったか。とそうならなくて済んだことをそっとルーアに感謝した。
「こちらで前を隠してこちらを向いてください。」一人想像に耽っているとルーアからタオルを渡され慌てて前を隠してルーアに向き合って座る。途端にまた恥ずかしい気持ちが沸き上がる
(上がるのは気持ちだけにして・・・・瞑そう、瞑想・・心頭滅却すれば火もまた・・日はまた昇る。)
文化の違い。知らない場所では通じない(現代)日本の常識




