予備学科という名の牢獄
「じゃあ、今日は“魔力循環の基礎理論”について話す。これが理解できないと魔法なんて一生使えん」
今回もあの訓練所に俺らはいた。そう言って現れたのは、白衣にボサボサ頭、そして目の下にクマができてる、見るからに徹夜明けっぽい先生だった。
「え、理論?…え、魔法って“感じる”とか“覚える”とかじゃないのか…?」
俺は思わず隣の席の柳に聞く。さっきまで無表情だったくせに、急に得意げな顔になるのが腹立つ。
「バカかお前、魔力はエネルギーだろ?エネルギーに覚えるもんなんてあるか?」
「お、おう…な、なるほどね」
「エネルギーを制御するには流れを理解しろってこと。魔力は血流に似てる。細胞に魔素が浸透する経路、それが“経絡”だ。だからまずは自分の魔力の流れを“見る”訓練からだな」
先生はそう言うと、教室の壁一面にホログラムみたいな図を表示した。
「人体模型…?いや違う、動いてるぞ…!」
魔力の流れが、まるで神経図のように表示される。血液と同じく、一定のリズムで全身を巡っていた。けど、一部だけ明らかに渦を巻いている。
「この“渦”が詠唱によって活性化される領域だ。だけど、理論上はこの渦を操作できれば、詠唱を省略できる」
先生の言葉に、生徒たちがどよめく。
「要は…魔法ってのは、現象を数式で表して再現するってことか…?」
頭が追いついていない俺に、柳が小声でボソッとつぶやく。
「お前の大好きな分野じゃん”計算”やっと活かせる時が来たな。脳みそで魔法を解析する…正直ちょっとワクワクしてるだろ?」
「…ああ。やばい。ちょっとテンション上がってきた」
血が騒ぐってのはこういうことか。
理屈で世界が動いてるなら、俺にも戦う道がある。剣がダメでも、数式で切り拓ける世界なら…!
「いいか、授業は戦場だ。サボるやつは魔法に呑まれて死ぬ。理論を理解しない魔法使いはただの爆弾魔だ。わかったら、各自で自己観察開始!」
「「「はい!」」」
俺は、目を閉じて自分の中に意識を向ける。何も見えない。ただの暗闇だ。
けど、その先に“何か”がある気がする。
そして、微かに光る流れが──俺の中を走り出した。。
目を閉じ、自分の中の魔力の流れを視ようとする。
……でも、何も見えない。
「くっそ、何が“視る”だよ……イメージしろって言っても、そもそも魔力って何だよ……!」
周りをちらっと見れば、柳はもう半ば瞑想モードで、呼吸に合わせて淡い光が肌の表面にまで滲み出ている。
「お前、ちょっとチートすぎんだろ……」
視界の片隅では、タオルを頭に乗せて寝てるやつもいれば、必死に手を震わせてるやつもいる。
俺は、手を握って、力を入れてみた。
でも、何も変わらない。
焦りが押し寄せてくる。何もできないのか、俺は。
けど──ふと、物理の参考書で聞いた言葉が頭に浮かんだ。
「エネルギーは“波”でもある。観測できないなら、変化を見ろ」
「……そっか」
魔力が“流れ”なら、その流れに変化を与えれば、何かしら“見える”んじゃないか?
俺は立ち上がって、ポケットから取り出したペンを自分の腕に軽く押し当てる。ちょうど血管の走ってる部分。すると、一瞬、体の中で何かがざわついた気がした。
「……この刺激がトリガーになってる?」
何度か、場所を変えて軽く刺激を与えてみる。
──びくんっ
体の中を走る、微かな“抵抗感”。
「……いた。お前か、魔力」
目を閉じて、刺激を与えた時の“内側の反応”だけに集中する。物理的な刺激に応じて、体内の流れが微妙に変わってる。それを“差分”として認識していくと──
「……見えてきた」
暗闇の中、細い光の筋が浮かび上がってきた。
まるで、血管の中を走る蛍光インクのように。
「よっしゃ……!俺にも、流れてる!」
気づけば、隣で瞑想してた柳が目を開けて、こちらをチラ見していた。
「……お前、見えたのか?」
「見えた。というか……“変化”を観測して見たって感じかな」
俺はノートを取り出して、今体感したことを図に描き始める。刺激部位、反応時間、感覚の位置関係、そして光の走るルート──
「……まさか観察方法を“自作”するとはな。君、変な奴だな」
柳の口調に、ちょっとだけ“認めた感”が混じっていたのがわかった。
先生もこっちを遠くから、ちらっと見て、ニヤッと笑った。
「面白い生徒が入ってきたもんだな」
初日の授業が終わった。
疲労感と共に、寮へと戻る。昨日は柳と別れた後、寮の場所が分かんなくて中庭で寝てたらしいからベットあんのはガチで激熱!ここの寮は5人1部屋で小さい机、ベット、自分の名前が書いてあるタンスが各5つ、テレビ1つ。タンスを開けると何とも普通な制服が5着と運動着があった。おそらく今後はこれに着替えるらしいな。
同室になったのは、同じ予備学科のやつ。もちろん柳も同室だ。
みんな自分のベッドで黙々と片づけをしていたが、口数は少ない。疲れてるのか、それとも、他人に干渉しない主義なのか。
「ま、居心地悪くはないか……」
俺はベッドにダイブして、天井を見上げた。
真っ白な天井。機械式の照明がぼんやり光ってる。
「今日は……めちゃくちゃ濃かったな……」
ほんの一日前までは、何も知らないただの高校生だったのに、今は魔力だの詠唱だの、訳わからん世界に放り込まれてる。
剣を握った。雷を見た。
学長に怒鳴られて、柳と一緒に左遷されて、魔力の授業を受けた。
「あいつ、柳……すごかったな」
さすがにあいつ成績優秀って言われるだけあるな
でも、それでも──俺は、あいつの隣に立ちたいと思った。
才能じゃ敵わない。戦い方も知らない。
だけど俺には、俺なりの武器がある。
「理屈だ。理屈で理解すれば……俺にもこの世界を攻略できる」
科学も、魔法も、結局は法則で動いてるなら。
俺はそれをひとつずつ解き明かしてやる。
魔力の流れを“視た”あの感覚は、間違いじゃない。
ああいうアプローチができるなら、俺はこの世界でやっていける。
──たぶん、みんなが考えない方向から、真っ直ぐに切り込んでいく。
誰かの真似じゃなくて、俺にしかできないやり方で。
「この世界で生きるんだ、俺は」
小さな声でそう呟いた。
そのとき、隣のベッドから寝返りの音が聞こえた。
「……なんか言ったか?」
柳の声だった。
「いや、別に」
「ふん……気持ち悪いくらい真面目だな、お前」
柳は布団をかぶり直した。だがその声は、どこか少しだけ──笑っていた。
「おやすみ」
「……おやすみ」
この世界はもう、あの世界じゃない
でも、それでも。
俺は……