理論派の直観
朝だ。俺は、なぜか森の中にある木造の建物で目を覚ました。
「……え、どこだここ?」
ああ、そっかここは学園の予備学科か…
布団じゃなくて藁。壁じゃなくて板張り。Wi-Fiなんてあるわけない。スマホ?雷でバッキバキだ。あんなら柳に切られて真っ二つ。てか充電器ないし。
ガチで意味がわからん。
「おはよう、龍ヶ崎くん」
扉が開いて、柳が顔を出す。相変わらず感情が読めない顔してるけど、妙に爽やかだ。
「……お、おはよう?」
昨日のあの雷ぶっぱ事件から一晩。俺はなんとなく“こっち”の世界というか、“あっち側”に足を踏み入れてしまったんだと思う。
時は少し戻って、適正試験の時。
「予備学科行きとする」
そう宣告された時の俺の心境は、「終わった……」と同時に、「よかった」だった。
「で、ここが予備学科ってやつかよ」
森の奥にある古びた訓練場。それに、魔法で水が流れる噴水(←普通にきれい)とか、自動で動く木馬(←地味に怖い)とかが並んでる。
一言でいえば、“剣と魔法の落ちこぼれ組の特訓所”みたいな感じだった。
「今日から“魔法理論”の授業が始まるってさ」
柳がぼそっと言った。
「魔法理論? なんだよそれ、魔法って感覚で使うもんじゃないのか?」
「普通に楽しいと思うよ。理解できるかは別だけどね」
そう言って彼が取り出したのは、”魔力量の推移を時間軸で微分する式”とか”詠唱と発動速度の相関”みたいなクッソ分厚い教科書だった。
「なんだよこれ……ガチの物理じゃねぇか……」
でも、その瞬間、なんかビビッときた。
「え、てことは……強くなる方法、理論で組み立てられるってこと?」
「そうだよ。力任せじゃない。“理解”が鍵だ」
なんもわかんないけど、俺はこの世界で生きなきゃいけない。そして帰らなきゃいけないあの世界に…
だったら、とりあえず理屈で生き延びてあの世界に帰ってやる…
「君たちは今日から“魔法理論”の基礎を学ぶ。これは魔法の根本的な力の理解であり、すなわち――生き延びるための力よ」
予備学科の教室。木造の椅子、黒板じゃなくて石板、先生はおばあちゃんみたいな人。何なら魔女とでも言うべきか。
名前はマリア先生。年齢200歳とか言ってたけど、
ボケてんのかマジなのかわからん。
「魔法は“感情”や“気合”で撃つものではない。感情は不安定、気合は自己満足。私たちが使うのは、定量化された魔力量と、詠唱内容、そして発動タイミングの論理的構造よ」
先生の言葉はすごく硬い。が、聞いてるうちに俺の脳のどっかがピクリと反応する。
「詠唱の構造は、“起動語句”“対象指定”“発動トリガー”の3段階に分かれるわ。たとえば――」
マリア先生が小枝を拾って、黒板にチョークで書くように魔法陣を描いた。中心には、円周率とルート記号みたいなものが描かれている。
「……理系っぽ!」
思わず声が漏れた。
「いいかい? これは“円形展開術”といって、魔力量の分散と放射方向を制御する。つまりねぇ……」
うん。内容はめっちゃむずい。てかもはや物理の授業。
でも、その時だった。
「はい、では誰か、この術式を使って、10メートル先の標的に“火の玉”を撃ってみなさい」
「え? 俺ら初心者なんだけど?」
誰かがそう呟いた瞬間、マリア先生がニヤリと笑う。
「予備学科は常に実践。安心しなさい、失敗しても死ぬだけよ」
「こっわ!!!」
教室を出て予備学科訓練場へ着く一目見ると弓道場のようなところだった。隣には普通学科と書いてある大理石でできている訓練場があった。
とりあえず、柳がやることになった。こいつ、静かにしてるけどめっちゃ優秀だからな。予備学科に来るべきではなく上の学科の人だもん。
彼はスッと手を上げて、詠唱を始める。
「フレア・インパクト、座標10m、発火1.2秒――起動」
その瞬間、火の玉がびゅん!と飛んで、標的の木の的を焦がした。
「おぉぉおお!」
教室がどよめく。
「すげぇ……」
「詠唱で秒数指定できるのか……?」
俺は、震える手で教科書を見返した。
いや、これは理屈だ。全部、数式が裏で動いてる。俺の得意分野だろ。
「やれる……かも」
「じゃあ次、龍ヶ崎くん」
「えっ」
マリア先生がにっこりと微笑んだ。やめてくれえぇ。
でも、俺は手を上げた。怖かったけど、この世界で生きるには、頭を使うしかない。
教科書をめくり、さっき柳がやった詠唱と魔法陣を見て、全体の構造を再確認する。
「フレア・インパクト……ってことは、熱エネルギー生成系。必要な魔力量は初速の2乗に比例。詠唱の1.2秒で発火……てことは……」
指先に力を込めた。魔力の流れがほんのりと感じられる。
「フレア・インパクト……座標9.8m、発火1.3秒――起動」
――ボンッ!
木の的の手前、地面が軽く焦げた。
「おしい! 惜しい!龍ヶ崎くん、 初めてにしては凄い!」
「お、おおおおおお……!」
ビビってたけど、どこかで体が喜んでいた。
これ、いけるかもしれない。
俺の中で、火花が走った。これは、ただのファンタジーじゃない――理論で切り開ける戦場だ。
そして俺は、この世界で、“頭脳”で戦う術を手に入れていく。