夕日
夕日を背に、昼には降りた領主の屋敷がある丘を登る
エミリアは俯きがちに、スタンリーの影を追いかけて歩いた
領主の屋敷よりは少し低い位置に、今日の宿が見えてくる
その宿屋の前では見覚えのある馬車が停められ、マーティスが御者台に腰掛けて煙草をふかしていた
パイプを持ち上げて合図をしたマーティスに、スタンリーは夕日を見に行くのだと叫ぶ
マーティスはまたパイプをあげて、ひらひらと手を振った
「ちょっと待ってて」
スタンリーはそう言ってからマーティスに近付くと、2人で少し話していた
マーティスはおかしそうに笑って、手を振っている
そしてスタンリーの背を押すようにし、スタンリーはゆっくりとエミリアの方へ戻ってきた
「どうして宿に入ってないのか聞いたら、マーティスの身なりじゃ入れないって…」
スタンリーは納得いかないという風に、エミリアに言った
「羊飼いたちが眠る宿があるはずですが…」
エミリアは言ったが、スタンリーは首を振る
「彼らは小屋の隅を借りるみたいだから…」
エミリアは驚いたが、スタンリーは諦めたように息を吐いてまた歩き出した
「すぐそこだから、とにかく行こう」
領主の屋敷を過ぎてさらに行くと、幾本かの木々が行く手を遮った
おそらくここが頂上だろうと、2人は後ろを振り返った
丘の上に立つと夕日は一層眩しく、美しかった
2人が夕日を眺めていると、下から黒い影が1つ登ってきた
「こんにちは!」
声をかけてきたのは、どうやら皇太子殿下で、2人は慌てて深く頭を下げる
皇太子は黙々と登ってくると、2人の横に少し離れて並んだ
「おもてをあげて下さい。ここの夕日は綺麗でしょう?」
と言うので、2人は頭をあげて「はい」とか「えぇ」のような、何か返事を返した
皇太子は、カリーナの屋敷で行われた夜会とは雰囲気が違って見えた
おどおどした様子は一切なく、ただ夕焼けを眺めている
その遠くを見る目や立ち姿は堂々と…貴族然としていた
「あの遠く、影絵のように見える景色が好きなんです。ほら、羊飼いたちが家に帰っていきますよ」
皇太子は嬉しそうに言って遠くを指差し、「ねぇ」と2人に笑いかけた
笑うとやはりまだ幼さはあるが、やはり別人のようだとエミリアは思う
そして失礼にならないよう、そっと目線を夕焼けに戻した
「ダグラスの景色が凄く好きなんです。この夕焼けも、青々と続く丘も、羊飼いも…
特にこの丘は一番高くて、好きな場所です」
皇太子は「お2人がここを見つけられて良かったです。どうぞごゆっくり…」と、すぐに丘を下っていった
皇太子1人かと思っていたが、丘を下る影にどこからともなくもう1つの影が加わった
2人は日が沈むまで佇み、どちらからともなく踵を返した




