収穫祭
11月が近づくと、誰もファントムの話をしなくなった
学校には、私有地のため侵入を禁止するという張り紙が所有者のサイン入りで出された
エミリアは教室の移動中に立ち止まって張り紙を見つめた
「もともと王族の土地なのだから当然よ」
金髪に青い瞳をしたニナが、丸い眼鏡をくいっとあげて言う
「竜の…音?」と、エミリアは何だっけ? というように首を傾げた
「山を通る風が、そう聞こえるの。竜のいびきや、ブレス音みたいに…」
2人が立ち止まっていると、他の生徒も何かあるのかと立ち止まり始める
「収穫祭?」
ふいに後ろから声をかけられ、エミリアは彼女を見る
豊かな金の巻き毛に青い髪、ぽってりとした唇に長いまつげの目立つ彼女はクラスメイトで…とエミリアが考えていると
「ステラ」と小声で彼女が呟いた
それから「ミナ! 収穫祭の張り紙出てる!」と後ろに向かって呼びかけた
「行こう」と、ニナはぼんやりしているエミリアの手を引いた
後ろでは、生徒たちが「収穫祭」と口々に呟く
収穫祭は、実りをくれた神さまへ感謝の祈りと死者の仮装をする日だ
夜は学校中にランタンが灯り、投票で選ばれた上位仮装者が練り歩いて、先生たちににお菓子を貰いにいく
そして彼らは聖夜祭に行われる、王宮の舞踏会にも招待されるのだ
「ニナは…」と、エミリアは言いかけて口を噤む
ニナは、そんなエミリアに楽しそうに笑いかけた
「私も意外と楽しみよ、収穫祭」
エミリアはそんなニナの様子に、驚いて目を丸くする
「てっきり図書室にでも引きこもるのかと…」
ニナは「それもいいわね」と言って、「でも、引きこもるならむしろ今よ」と断言した
そして断言した通り、2人で放課後に図書室へ行くとニナは本を幾冊か取り出しては積んでいく
「ニナ…」エミリアは、ニナの積み上げた本に呆れて思わず声をかけた
「死者の仮装なら何でもいいんだから、人気のあるお姫さまとかにしよう?」
「あ、ごめんなさい。候補はもう絞ってあるの。調べるうちに気になることが増えて、曖昧なところを再読したりしたいのよ」
呆気にとられるエミリアに、ニナは積んだ本の中から、二つほど取り出して渡した
「2人だから姉妹で美しさが対象的だったお姫さまとか。わがまま姫と従者、とか…」
ニナはエミリアのことも考えて、絵本にもなっている有名なお話から候補を考えてくれたらしい
「もちろん目立たない方が私」と、嬉しそうに言う
エミリアは本を一つ開き、少し考えてからニナの美しい金の髪を見た
「美しい方の姫は金髪碧眼だわ。反対の姫は余り明記されてないけど…昏い髪色に昏い瞳、俯きがちで陰気な女」
とび色の髪に薄茶のエミリアは読み上げて、「これがいいわ」と言った