ファントム
あの赤い山には、ファントムがいる
いつからか学校で、そんな話がささやかれるようになった
今は誰もいないお屋敷…誰もいない町並み…
山肌にくっつくように建つそれらは、遠くからみると可愛いミニチュアみたいで…
度胸だめしに、クラスの何人もが探検しに行ったと聞いた
「そこで見たんだよ…誰もいないはずの教会から聞こえる音楽…お屋敷の窓を走る影…唸り声…」
教室でどこからともなく聞こえてくる話に、エミリアはうんざりしてため息を吐いた
背中まであるとび色の髪と薄茶の瞳を持つ彼女は、13歳
季節は10月。彼女はロイヤルアカデミーに入学して2ヶ月ほどの1年生で、紺色のダブルボタンの制服を着ていた
「そろそろ学校から禁止が出るわよ」
そんなエミリアに話しかけてきたのは、同じく1年のニナだ
肩で揃えた金色の髪に青い瞳、丸い大きな眼鏡、そしていつも抱えている本が、彼女をより真面目に冷たく見せている
「ニナは嫌いそう」
ポツリと言ったエミリアに「大嫌いよ」と、ニナは断言した
「大体あの山は…」と、ニナが言いかけたところで鐘が鳴り、真面目な彼女は口を閉ざした
エミリアは、山…どころか、あのお屋敷は…と思い、考えないように頭を振った
お昼になると食堂で、ニナはいつもより饒舌に喋った
「音楽はどうせ古い楽器が軋んで鳴ったのを誇張してるのよ。人影は屋敷を購入したくて見てた人かもしれないし、うめき声は有名じゃない」
「有名って?」
パンを千切りながら、エミリアが聞く
ニナは「竜の呼吸音」と言って、パンを2つに割る
「創世記にあるでしょ? 赤い竜に乗り、赤い山の赤い土に降り立った」
「あ、あそこなの? どこの山も赤いから…」
エミリアは言いながら、ニナが竜と言ったことに違和感も持っていた
ニナはパンを齧って飲み込むと、「教科書に書いてあった」と何でもないように言った
エミリアは信じられないといった目で、ニナを見つめた
「何? 教科書だって本でしょ? 読んだら悪いの?」
「ううん」
反射的にエミリアは首を振った
控えめに言ってニナは、本の虫だ。創世記も教科書も、ニナならきっと全部読んでいるだろう
エミリアにとって創世記は絵本になっているものしか知らないし、教科書を読むなんて信じられない
ただ2人とも、ファントムに浮かれるクラスメイトにうんざりしてるだけだ
「もっと寒くなったら…ファントムも落ち着くよね?」
「そうね、さっさと冬になればいいんだわ」
ニナは冷たく言って、スープを啜った
もしかしたらクラスで度胸だめしをしていないのは、私たちだけかもしれない
エミリアは、そんなことをぼんやりと思った