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サンダル

ゴールデンウィークも終わり、大学に向かう。今年のゴールデンウイークも何もしなかったなと

歩道を歩いていると、道の脇にサンダルが片方だけ落ちていた。


何がどうなったら、サンダルを片方だけ落とすことがあるんだろうか。

酔っ払いが脱いで捨てた? 落とし主は気づいてない? それとも、誰かがわざとここに置いた?

気にはなるが転がっている汚れたサンダルを拾う気にもなれず、そのまま通り過ぎた。


大学に着くと、今日の講義の教室に入る。

ゴールデンウィークの間に仲が深まったのか、固定のグループがいくつかできあがっていた。何をどうしたら一月足らずでそれほど仲を深める事ができるのか、俺には不思議でならない。

そう思いながらも俺の定位置に向かう。

俺がいつも座るのは、壁際の中間の席。一番後ろの席を選びそうと思われるかもしれないが、後ろは扉が近く、人通りが多い。それに人気なせいで人が固まりやすい。

その点、中間は人がまばらで席が取りやすいし、教授の目も前後に行きがちで、案外気にされない。

席について一息ついたところで──


「おはよう」

そう言って、誰かが隣に座った。

「藤井さん、おはよう」

「この前はありがとね、紗羅ちゃんもあれから変な事は起きなくなったって」

先々週に“かげむし”の事で相談に乗ったことを思い出す。

「別に大した事はしてないよ、俺は知ってる事を話しただけで、実際解決したのは二人だろ?」

そういってカバンの中を漁り、講義に向けて準備を始める。

「いっき君はいつもそうだね」

「恩着せがましいと思われるのも嫌だからな」

「いっき君はもう少しそう思われるくらいの方が良いよ」

そう言うと藤原さんはこちらに改めて向き直す。

「いっき君からしたらさ、この間の事も、よくある事の一つかもしれないけど、普通の人からしたら、一生に一度起こるか分からない体験なんだから」


一生に一度の出来事。


それを意識した瞬間、言葉に詰まった。

「……悪いな」

結局、それだけ返すのが精一杯だった。藤井さんは少し驚いた顔をした後、ふっと微笑んで「ごめんね、そこがいっき君の良い所でもあるんだけど…なかなか難しいね」とだけ言うとまた俯く。


「……あれってココちゃんが教えてくれたの…?」

「……そうだよ」

「……元気にしてる?」

「…元気だよ、昨日も一緒にゲームしてた」

「そっか…それはなによりだね」

二人は以前友人だった、はたから見たら仲のいい姉妹のようでもあった、そんな二人は高校最後の年に起きた出来事で袂を分かつことになった。分けさせられることになった。


そのまま講義が始まり、俺たちは何事もなかったかのようにノートを開いた。


授業が終わり思い思いに片づけを始める。

この後はどうしようか…時間的には昼になるけれど昼ご飯を用意していないから、食堂かコンビニか…

「いっき君はお昼どうするの?食堂?」

隣に居た藤井さんが立ち上がりながら言った

「どうしようかな…」

「特に無いなら一緒に食べようよ、沙羅ちゃんも一緒だから」

「いいのか?」

「この前のお礼もしたいし、今日はおごってあげるよ」

「それは流石に悪いから」

「いいの、いいの私にはこれくらいしか出来ないから」

彼女はそういってこちらに笑いかけると、食堂に向けて歩き出す。

大学に入って初めて誰かと一緒にご飯を食べることになった。入学した当初一度だけ誘われたことはあるが、お昼になりそいつの元へ向かうと、そいつは別の人とご飯を食べていた。

そんなことを思い出しながら食堂に入ると、中はお昼を食べるために集まった学生で混雑していた。

「この時間はやっぱり混むな…」

「うーん、沙羅ちゃんが先に来て席にとっといてくれてるはずなんだけど、流石にこの状況じゃ無理かなぁ…」

思い辺りを見渡すと、一つのテーブルが目に映る。4人掛けのテーブルに一人所在なさげに座る小柄な女性。しかし他の人が席に座らないよう、水の入ったコップを4つ置く強かさが見え隠れする。

俺達はその女性、佐藤さんの元へ近づくと

佐藤さんも気が付いたのかこちらに遠慮がちに手を振る。


「沙羅ちゃんお疲れ様、待たせちゃってごめんね」

「私もついさっき着た所だから全然大丈夫だよ…」

「佐藤さんお疲れ」

「樹君もお疲れ様です…」

俺たちは簡単な挨拶を済ますと席に着く

「沙羅ちゃんはもう何食べるか決めた?」

「うん、実はもう買ってるの」

そういって握っていた食券を藤井さんに見せる

「そうなんだ、私たちも食券買いに行きたいけど…」

食券機の前には行列が並び、俺たちの周りには料理を頼んだものの、席が空いておらず、うろうろと徘徊している学生が大量にいた。

「この状態で沙羅ちゃん一人置いてくのもな…」

「実はさっきも誰か来るかもと思って緊張してた……」

「うーん…私が食券買ってそのまま二人の分の料理貰ってくるから、二人はここで待ってなよ。いっき君は何食べる?」

「えー、じゃあラーメンで」

あまり高いものは申し訳なかった為、ある程度量があるが比較的安めのラーメンを頼む

「わかった、じゃあ待っててね」

藤原さんはそう言うと、佐藤さんの食券を手に取り、食券機の前に並ぶ。

急に二人きりになり間が出来る。佐藤さんの方を見ると緊張しているのかこちらをチラチラ伺っていながら、下を俯いていた。俺はこの間に耐えかねて口を開く


「急にあんなことになって大変だったな」

「あっ…いえ…この前はありがとうございました」

またも静寂ができる


「……樹君はすごいね…」

「なにが?」

「葵ちゃんに聞いたけど、樹君の周りではああいう事がよく起こるんだよね」

「いやそんなことは…」

「私は全然ダメ、あれに気が付いたとき怖くて、不安で、でもこんなこと相談したらおかしい子扱いされそうで相談できなくて…」

「……」

「だからそれを救ってくれた樹君はすごいね」

「いや、そんなことは──」

「おまたせー」

声の聞こえた方に顔を向けると、両手でお盆を持ち、お盆いっぱいに料理を乗せている藤井さんがいた。藤井さんは料理をテーブルに置き席に着く

「二人で何の話してたの?」

「…樹君はすごいねって話…」

佐藤さんが少し照れくさそうに言う

「あー、いっき君は前から、ああいうことに巻き込まれがちだから、経験値が違うよね」

そういって持ってきた料理を口に運ぶ。その姿を見て俺たちも目の前に出された料理を食べ始める。


俺はご飯を食べ終えた後、藤井さん達とは違う講義があったため、一旦分かれることにした。講義室までの道のりを歩く間に先ほどの事を思い出す。

佐藤さんは俺を特別な存在のように言っていたが、それは少し違う。

人は、いつだってあれらを目にしているし、共に生活している。

ただ、それを意識していないだけ。

意識しなければ認識できない。

けれど、一度知ってしまえば、それはもう意識の隅にこびりついて離れない。


藤井さんは元より、前回の件で怪異というものを知ったも佐藤さんも、これからはより強くそれを認識してしまう、それがこの先日常となるだろう。


──そう考えたところで、ふと朝のことを思い出す。

……サンダルだ。

あの汚れたサンダルはいつからあったのだろうか、あの汚れ具合からしてもしかしたら以前からずっとあったのかもしれない。ただ俺が意識していなかったから、認識できなかっただけ。今朝意識してしまった事で、これから先もあのサンダルを意識してしまうのだろうか。



最後の授業が終わり帰路に着く。


意識が変わると認識が変わる、認識が変われば見えている世界が変わる。


そう思うと退屈だったこの通り道も、昨日とは違う景色に見える。サンダルを見つけたことで世界が変わったのかもしれない。退屈な時間を楽しい時間に変えてくれた、サンダルに感謝した。そんなことを思い歩いていると、今朝サンダルを見つけた所にくる、無意識にサンダルがあったところに目が行くが──


「ない…」


今朝まであったサンダルがなくなっていた、落とし主が拾ったのか、誰かに捨てられたのか。仕方のない事だ端から見たらただのゴミ、それが正しい形ではないかと思うが、少し寂しい気持ちになる。

あのサンダル、あれはもしかしたら自分だけのために存在していたのかもしれない。

そう思うと、どうしても感情が湧き上がってきた。

まるで、世界がほんの少し変わる瞬間を目撃したかのような気持ちが、心の中で膨らんでいった。


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