廻路
春と夏の狭間にある5月。空はどこまでも澄み渡り、雲一つない青が広がっている。新緑は陽の光を浴びて輝き、風は湿気を含まぬまま心地よく街を吹き抜ける。冬の名残はすっかり消え、けれど夏の暑さにはまだ遠い。外に出るにはこれ以上ないほどの好天だった。
世間はゴールデンウィークの真っ只中。行楽地はもちろん、近所の公園やショッピングモールにも人が溢れ、どこも活気に満ちている。道行く人の笑い声、車のクラクション、遠くから聞こえるイベントのアナウンス。こんな日は外に出て、爽やかな風を浴びながら散歩でも——
「ねえ、この漫画の続きは?」
現実に引き戻すように、ココの声が響き、チラリと視線を向けると、ココが本を片手にこちらを見ている。
「あ?それまだ続き出てないぞ」
「えー…こんな良いところで終わるとか、生殺しだよ…」
「そんな見たいなら本誌の方で見ろよ」
「今から読んだって話飛んじゃうじゃん」
「じゃあ我慢するんだな」
「えー…じゃあ次いつ発売かだけ教えてよ」
「めんどくさいなぁ」
そうは言うが読んでいる漫画を置き、発売日を調べる為スマホを弄る
「あれ?それ先週出てたわ」
「ほんと!?じゃあ今から買いに行こう!」
俺は時計を見ると時刻は夜の11時、当然本屋など閉まっている時間だった
「もう本屋やってないから、また明日な」
「えー!今読みたいの!」
「仕方ないだろ、やってないんだから」
「じゃあコンビニは!?コンビニに無いかな!」
「あー、コンビニならあるかも知れないけどなぁ…」
もう家から出る気の無い俺は適当に返す
「お願い、どうしても読みたいの…」
ココが潤ませた瞳でこちらを見つめる。ココとは長い付き合いで気安い仲だが、お願いされるとどうしても無碍にできない。世の中のお父さんもこうやって娘を甘やかすんだろうな。
「あーもう!分かったよ、近くのコンビニだけだぞ、そこに無かったら諦めろ」
「やった!早く行こ!!」そう言ってココは外に走り出す、俺は上着を羽織りその後を追うようにして玄関に向かう。
「早く早く!」ココは俺を待ちきれないのか、はしゃいで走り出す。
「お前先行くのは良いけど、道分かるのか」
「わかんない!」
近くのコンビニまで歩いて10分程度。正直ものすごく近いわけでも無いから、こんな時間にで歩くのは避けたかったが、ココのはしゃぐ姿を見て少しだけ足早に歩みを進める
「コンビニでお菓子買っても良い?」
「ダメ」
「一個だけ!」
どんどん要求が図々しくなるココにため息が出る。
「…好きにしろ」
「やった!何食べよっかな!樹はチョコかスナック系どっちが良い!?」
「…スナック系かな」
「じゃあスナック系にしよ!!」
そんな軽口を叩きながらしばらく歩くと、煌々と光る建物が見えてくると、ココが走り出しコンビニの中に入っていく。ココの後を追い店内に入ると日中であれば聞こえてくる、挨拶はなく店内は静まり返っていた。
店内を歩きココの姿を探すと、ココはお菓子コーナーの前で、小さなカゴを持ってお菓子を見つめている、そのまま歩みを進めると、こちら気づいたのかお菓子を見つめながら口を開く。
「ねえ!どれ食べる!?」
「これとかどうだ?」
俺は棚から真っ赤なパッケージのスナック菓子を取りココに手渡すと、ココはそのまま手に持ったカゴに入れる。
「攻めるねぇ!樹が変化系で攻めるなら私はオーソドックスに行こうかな!」
そういうとココはポテトチップスをカゴに入れる。
「確かにうすしおも捨てがたいよなぁ、ただしょっぱい物食べるてると、甘い物も食べたくなるんだよなぁ」
「わかるー」
俺はチョコレートを手に取りカゴに入れる。
「お菓子食べてると喉乾くよね?」
「炭酸キメとくか?」
「キメる!」
そう言ってドリンクコーナーに行き各々好きな飲み物を手に取る。
「帰りにホットスナック食べながら帰らない?深夜のホットスナックってちょっと背徳的で好きなんだよね」
「それわかるわ、あれなんなんだろうな」
満足した俺たちはレジに向かうが、休憩中なのだろうかレジには誰もいなかった。
「すみませーん」
俺は声を掛けるが反応がない、もう一度呼ぼうとすると——
「ここお会計自分でやるみたいだよ?」
既に二つの唐揚げを手に持っていたココが顎でカウンターの端を指す。そちらを見るとセルフレジが置いてあり、その隣にはホットスナックもあり、セルフで取り出せるようになっている。
「あれ?ここセルフあったっけ?」
ここのコンビニは何度か使っているが、セルフで会計した事がなかったからか覚えがない。そもそもセルフレジをあまり利用した事がないから視界に入っていなかったのかも知れない。こんな分かりやすく置いてあるのに、認識してない物は覚えられない。人間の記憶とは不思議な物だ。
「これどうやって使うの?」
「俺も使った事ないんだよな」
俺はタッチパネルを操作すると、なんとなく理解する。
「へぇー、これ樹にピッタリじゃん」
「俺は別に人見知りとか、人が苦手とかそんなんじゃないぞ?」
「それで友達が居ないなんて可哀想だよ、可哀想な怪物だよ」
「誰が怪物だ」
「可哀想は否定しないんだ」
適当な言い合いをしつつ、会計を終える。
袋を手にコンビニを出ると、夜風がひんやりと肌を撫でた。
深夜に外を歩くのは好きじゃないが、こういうちょっとした非日常感は、嫌いじゃないかもしれない。俺は袋に入っていた唐揚げをココに手渡すと「ありがとう」と言い食べ出す。
食べながらしばらく歩く、歩く、歩く??なぜだか行き比べて長く歩いている気がする。暗くて道を間違えたかと思いスマホを取り出し地図アプリを開き確認すると——
「あれ?」
現在地は自宅とコンビニの中間をさしていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
勘違いかと思いスマホをポケットに入れて再度歩く、歩く、歩く…
おかしい…いつまで経っても着く気配がない。
「なあ」
「なに?迷子になったの?」
「迷子じゃ…いや迷子なのか?さっきと同じ道歩いてる筈なのに全くつかないんだけど」
「あー、樹にはそう感じてるのか」
「俺には?お前は違うのか?」
「私は元々道わかんないけど、でも流石にこれだけ歩いてたら樹がおかしい事は分かるよ」
「お前はどう感じてるんだ?」
「感じるというか、私からしたら樹がぐるぐる同じ所回ってるように映ってたよ?」
「早く言えよ!」
「家に帰りたくなくなったのかと思って」
「そんな思春期の中学生みたいな事しねぇよ…」そういうのは家に居づらいとか、家族に会いたくないとかだろ、俺は今一人暮らしだ、そんな悩みあるわけが無い、寧ろ久しぶりに実家に帰りたくなってるくらいだ。
「それで今のこの状況はなんなんだ?」
「樹の話聞いてる感じ、廻路に迷い込んだかな?」
「なんだそれ?」
「廻路と書いて廻路、字の如くぐるぐる同じ所を歩かされるんだよ」
「歩かされる?意志があるのか?」
「ごめんごめん言い方悪かったかな、廻路に意志は無いよ、ただ迷子になって無駄に歩かされるだけ」
「へぇー、それで対処方は?」
「簡単だよ、樹は迷子になったらどうする?」
「人に教えてもらうか地図を見る」
「そう、今の場合地図を見ながら帰れば良いんだよ、私は道わかんないから」
「それだけ?」
「まぁ試しにやってみてよ」
俺は言われた通り地図アプリを開き、常に地図を見ながら歩き出す。
しばらく歩くと自宅のアパートの前に出た。
「ほんとに着いたな」
「でしょ?廻路の場合道が変化してるわけじゃなくて、本人の認識がズレるだけだから、今回みたいに何かに案内されれば着けるんだよ」
「そういうもんなのか」
「怪異なんて、分かればなんて事ない物ばかりだからね」
「お前がそう言うなら、そうなのかもな」
家に入っていくココの後ろ姿を見ながら、今回の出来事を思い返していく。
そう言えばコンビニの中で誰一人会わずやけに静かだった事を思い出す。
「え?店内で音楽流れてたし、人も居たよ?」
「?…これも廻路の影響か?」
「廻路にそんな特徴ないけど?」
ココの認識が正しいのか、俺の認識が正しかったのか、それとも意識していないから認識出来ていなかったのか。今となっては確認する気力も無いがほんの少し後味が悪くなる。
俺は部屋に入り机に大量のお菓子が入った袋を置くと、机に開かれた漫画が目に映る。
「……あっ」
「明日も休みだしゲームしながらお菓子食べよ!」
ココを見るとお菓子を机に広げてゲームの準備をしていた。
そういえば先週も、深夜に漫画を買いにコンビニへ行ったはずなのに、お菓子だけ買って帰り、気づけばゲームをしていた。
思い返せば、似たようなことを何度も繰り返している気がする。
……これも廻路の影響だと思いたい。