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影虫

いつき、こんな所で何してんの?」


その声に反応して目を開けると、くすんだ色をした髪を束ねた少女がこちらを覗き込んでいる。ちらりと彼女を見てから、また瞼を閉じる。


「聞いてる?」

少女が頬をぺちぺちと叩いてくる。耐えきれずにベンチから起き上がり、周りを見渡す。


「勝手に出るなよ、ココ。お前目立つんだから…」

ボソッと呟くと、ココがむすっとした表情で、俺の脛を蹴り上げる。

「いって!何すんだよ!!」

「樹がいつまでたってもベンチで寝てるから心配になったんだよ。」

「だからって、手を出すなって!」

「出したのは足」

「そういうことじゃねぇよ!暴力を振るうなって言ってんだ!」

「じゃあ無視しなかったらいいでしょ」

それはそうだが無視する理由が俺にはある。だけどそれを言うのは面倒だ。

「それで、樹は学校行かないの?」

「ここ学校だよ。」

「え?ここ学校なの?でもみんなお揃いの服とか着てないよ」

「制服な、ここ大学だから。制服着てたのは高校までだ。」

「そうなんだ。大学と高校って何が違うの?」

「高校までは、普通に決められたことをやるけど、大学は自分が学びたいことを学ぶんだ。」

「へぇー、なんで高校までは学びたくないこと学んでたの?」

「それは…良い大学に入るためだよ。」

「いい大学に入るために、その年までやりたくないことやってたの?変わってるね。」

「やめろよ、そんな言い方されると、今まで勉強してたのが馬鹿みたいじゃないか。」

「馬鹿なのは間違いないんじゃない?」

「うるさい!とにかく、いい大学に入ったのは、自分が学びたいことを学んで将来に生かすためだ。」

「大学って何年あるの?」

「4年だよ。院に行けばもっと長くなるけど。」

「4年のために12年間勉強してたの?最初から自分が学びたいことやってたらよかったんじゃない?」

「ほんと、やめろって…。」

少し意地悪く言ってみると、ココはくすっと笑いながら言った。


「それで、何してたの?」

ココが周りを見渡しながら、話題を戻す。ここは研究棟と講義棟の間に置かれたベンチで、建物に囲まれていて、日も差さず、湿っぽくて過ごしにくい。薄暗い公園の隅よりも、もっと過ごしにくい場所だ。

「次の授業まで時間があったから寝てたんだよ。」

「時間が空く?学校に来てるのに?よく分かんないね、他にやることないの?」

「ないよ。」

「でも、他に寝てる人見かけないよ?」

痛いところを突かれる。確かに、他の人は友達と過ごしたり、各々自由に過ごしているだろう。でも、俺は未だに友達ができていない。

「実はいるんだよ。沢山部屋があるだろ?そこでみんな寝てるんだ。」

嘘をついた。でも、あながち嘘でもないかもしれない。まだ5月だし、友達がいないのは俺だけじゃないだろう。みんな、俺が知らないところで過ごしているのかもしれない。

「でも、もっといい所あるんじゃないの?もっと日当たりのいい所あったよ?」

「ここが好きなんだよ。」

日当たりの良い場所は人が集まりやすい。特にこの時期は春の陽気に誘われて外で過ごす人も多いだろう。できれば一人でいるところを見られたくない俺には、ここがちょうどいい。

「ねぇ、樹は本当にここで寝てるのが好きなの?」

湿った地面を踏みしめ、ジワリと水が上がる感触を感じながら、ココが疑問を投げかけてきた。

「好きでも嫌いでもない、ただ…落ち着くんだよ。」

「へぇー、落ち着く場所ってなかなか見つけるの大変だよね。」

「分かるのか?どこでも爆睡できるお前が。」

少し意地悪く聞いてみると、ココはにっこりと笑う。

「もちろん!私は人よりこだわりが強いんだよ!」

その笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜ける。なんでこう、こいつには振り回されるんだろう。まあ、今更か。


「そうだ、樹。」

「なんだよ?」

「最近、変なことない?」

その一言に、俺はふっと立ち止まる。

「どうしてそんなことを聞く?」

「いや、なんとなく気になってさ。」

ココは不意に真剣な顔をして、少し考え込むように空を見上げた。


俺は一瞬、口を閉じる。この少女はあの出来事をずっと気にしている。あの時のことは、俺がそう願いココはそれを叶えただけ。ココの責任では決してないのに。

「何もないよ、いつも一緒にいるんだから、お前が一番分かってるだろ?」

「…そうだね!樹のことは私が一番よく分かってる!」

ココは嬉しそうに顔を輝かせる。そんな姿を見ていると、遠くから人の声が聞こえてきた。



「ココ…」そう言ってココが居た方に目を向けるとそこには誰も居なかった。最初から俺一人だったかのように。

「いっき君」

声が聞こえた方に振り替えると明るい髪色のセミロングの女性立っていた。

「今良い?」

「藤井さんどうしたの」彼女は藤井葵ふじいあおい、この大学に入学する前から面識がある唯一の知り合いだ。

「ちょっと友達の事で相談があって…」彼女が後ろを振り向くとメガネをかけた小柄な女性が立っている

「あの…樹君…だよね?」

「ええそうですけど、えっと…」

「あ、あ!すいません!佐藤沙羅さとうさらって言います!」そう言って勢い良く頭を下げる

「え、あ、どうも伊吹樹いぶきいつきです」そう答えるとこちらも頭を下げる


頭をあげると藤井さんの方に向き直り口を開く

「それでどうしたの?」

「沙羅ちゃんの周りで変な事が起きてるみたいで…いっき君なら分かるかなって…」

そういって藤井さんが佐藤さんに目配せする

「その…なんて言ったらいいのかな…えっと、私の影がなんかおかしいんです…」

「おかしいって?」

「影がゆがんだり大きくなったり…他の影を飲み込もうとしたり…」

影がゆがむのも大きくなるのもイメージができる、日常生活でも影が伸び縮みすることはよく目にする、ただ…

「影を飲み込む?」

「はい…なんて言うか私の影と他の影に重なったとき、他の影が薄くなって私の影が濃くなってるというか…なんて言えば良いのか…」

「まぁなんとなく言いたいことは分かったよ」

「本当ですか?」

「でもうーん俺にはわからないかな」

「そうですよね…」

「まぁ何かわかったら教えるよ」

「お手数お掛けしてすみません…」

佐藤さんが再度頭を下げると2人は立ち去っていく


「どう思った?」

俺は先程までなにも無かった所に顔を向けるとココが隣でつまらなそうにベンチに座っていた

「多分“かげむし”かな」

「かげむし?」

「影の中に住む虫みたいなもん、影を飲み込むって言ってたけど実際には他の影にいた“かげむし”あの人の影に入り込んでるだけだよ」

「それは放っておくと何か問題あるのか?例えばその虫が暴れ出して危害を加えるとか…」

「特段無いかな、かげむし自体色んな所にいるしね」

「そうか、じゃあ放っておいても大丈夫そうだな」

「ただ影虫を食べる“怪異”が寄ってくる可能性はあるかもね」

「食べる?怪異ってそんな事もするのか?」

「怪異には怪異の生態系があるんだよ」

別の怪異が寄ってくるなら今のうちに対処しておいた方が良いのかも知れない。

「そういう生態の怪異なんてそう居ないから大丈夫だろうけどね。まぁどうしても気持ち悪いって言うなら、対処方が無いわけじゃ無いけど」

「どうするんだ?」

「影から追い出すんだよ」

「だからその方法を聞いてるんだよ」

「樹はせっかちだなぁ、偶には自分で考えてみてよ、私は青狸じゃ無いんだよ?」

ココが呆れながら言う

「俺だって丸メガネになった覚えは無い」

「影から追い出すんだから、その人の影を無くせば良いでしょ?」

「影を無くす?どうやって?」

「ほんと樹の頭には脳味噌入ってる?間違えて味噌入れちゃってんじゃ無いの?」

「馬鹿にしすぎだろ、今までこの手の話は突拍子もなさすぎて考えるだけ無駄って学んだんだよ」

「はあ…仕方ない答えを教えるよ、影をなくすには自分の周りに強い光源を何個も作れば良いだけでしょ」

「強い光を当たるだけで良いのか?それなら外歩けばどっかいくんじゃ無いのか?」

「丸メガネはほんと馬鹿だな、真上から太陽を浴びたって自分の足元には影ができるでしょ、ほんと樹の頭には味噌すら入ってないんじゃ無いの?」

「言い過ぎだ!!」

俺はあまりの暴言に声を荒げるが、心を落ち着かせて話の続きをする

「それで?その後どうするんだ?」

「なにも?かげむしが出ていくまで待ってたら良いよ」

「へぇー案外簡単なんだな、でも何もしてないのに追い出されるのもなんか可哀想だな」

「そんな事ないよ、樹だって部屋にゴキブリが出たら追い出すために薬品使ったりするでしょ?それと同じだよ」

「ゴキブリと一緒にするのは可哀想だろ…」

「そこに居るのに居ないもの扱いされて、その存在を否定する為にあらゆるこじ付けなんかされちゃったりして、認識されない方が可哀想ってもんだよ」

ココは空を見上げながらいつも通りの口調で言うが、その横顔は少し寂しそうでもあった。

「…よし、佐藤さんに教えにいくか」

そう言って俺はベンチから立ち上がり歩き出す

「そんな張り切って助けても樹はモテないよ」

ベンチの方からココの声がする、その声に反応するように振り返ると、そこにはもう誰も居なかった。

「馬鹿言え、そんなんじゃない」

誰も居ない空間に少し寂しさを覚えながらまた歩き出す。


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