ななうえ ~婚約破棄したい王子は婚約者に無理難題を押し付ける~
魔女視点で物語は展開します。
よろしくお願いいたします。
「僕の婚約者ならば隣国の母国語を流暢に喋れなければいけない」
そう言葉を発したのはこの国の第一王子、ジャステイン。
「隣国の母国語……ですか」
そう返答したのは、ジャステインの婚約者、ルシカ。
ここは王城の庭の一角。バラ園で囲まれた広々とした東屋は乳白色をベースに金で装飾された椅子とテーブルが設置されており、テーブルの上には色とりどりの菓子が並べられている。
そして……ジャステインの横にはルシカではなくジャステインの従妹、ラミュールが座っていた。
おいおい。婚約者との親睦を深める茶会に第三者を同伴させるとはどういう了見だい。
コホン。
そしてアタシは……この世界に生きる偉大なる魔女キュワム、御年千二十五歳。つい最近アタシのもとに相談に来たルシカの様子を遠見の双眼鏡で覗き見中さ。
ルシカは藍色の髪、切れ長の目、固く結んだ口というパッと見冷たい印象を持たれる伯爵令嬢だ。
反対にラミュールはピンクゴールドの髪、大きな垂れ目、微笑みを携えた口というパッと見温和な印象を持たれる公爵令嬢だ。
そしてジャステインはこの国の第二王子で、金髪碧眼の眉目秀麗な男である。
「完璧に喋れるようになるまで茶会はなしだ」
「仰せのままに……」
この国、ダーテルン国は四方を大小様々な国に囲まれた大国だ。隣国の母国語をと言うのなら四ヵ国語を習得しなければならない。完璧に喋れるようになるまで茶会はなしと言うが、優秀な教師をつけたとしても次に茶会が開かれるのは何年後になることか……。
金輪際、茶会はなしと言っているようなもんさ。
アタシは双眼鏡を置き先日のルシカの話に思いを馳せた。
「殿下は私との婚約を嫌がっておいでです」
東の砦、辺境の地を治める伯爵の娘のルシカ。アタシは数百年に渡りこの地の領主の相談に乗っていた。ルシカも幼い頃から父親に連れられこの山奥に来ていたのさ。
「戦争回避のための婚約だろう? 我儘な王子だね」
東隣の大国が虎視眈々とこの地の鉱山を狙っているのが明るみになり軍事力を強める為の政略的な婚約だった。王家の持つ騎士団は周辺諸国にも知れ渡る程の強さを誇っているからね。
「どうやら想い合った令嬢がいるようで……」
「自国が攻めてこられるって時に恋愛に現を抜かす莫迦がいるのかい」
「大国の侵略がなければ結ばれたお二人だと……」
困ったように眉を下げ微笑む少女はアタシが淹れたハーブティーに口をつけフウ~っと息を吐く。
「それで、お前さんはどうしたいのさ?」
アタシの問いかけにルシカはカップを置きコテンと首を傾げた。
「それを相談しに来たのです。魔女様、どうしたらいいと思いますか?」
「断れない婚約なんだろう?」
「王家としても辺境伯領としても破棄できない婚約ですね」
「答えは出ているじゃないか」
片眉を上げニヤリと笑えばクスリと笑うルシカが答えた。
「ええ! 全力で頑張ります!」
茶会からひと月後、ルシカはジャステインの居る東屋を訪れた。今日もラミュールが横に座っている。何様のつもりだい、この小娘は!
「隣国の母国語を流暢に喋れるまでは茶会はなしだと言ったが?」
「はい、殿下。やっと北に位置する秘境の地ムスール国のスール語を習得できました」
ムスール国とはこの国の北に隣接する高山に住む少数民族のことだ。高山ということもあり閉鎖的で他国との関りを嫌う国さ。
「はぁ? 僕は隣国との親睦を深める理由で喋れるようになれと言ったのだ! そんな使うかどうかも分からない言葉を覚えて何になる」
「フフフ。ジャスの言う通りですわ~僻地の蛮族の言葉など適当に喋っても合っていることすら分かりませんし?」
二人の言葉にルシカの横に立っていた男がゴホンと咳払いをして数枚の書類をジャステインの前に差し出した。
叩きつけてやればいいものを……。
「ルシカ様は完璧にスール語を習得なさった上、ムスール国との貿易にも成功されたのです」
「おいおい宰相、あんな僻地と取引してどんな得があるのだ?」
「何を仰いますか! ムスール国でしか採取できない薬草で万能薬が出来るのですよ! 門外不出の薬草を取引できるのはわが国だけです!」
ムスール国には高山特有の土壌と気候でしか成長しない薬草がある。だが他国では希少な薬草であっても少数民族の者たちにすればただの雑草。直ぐに生い茂る薬草は必要な分だけを残して全て処分していたのさ。
ムスール国がルシカを受け入れた際、お土産として渡したのが切掛けでこの取引がなされたという訳さね。
ちなみにこの国からは果実と干し肉を提供するらしい。
「おおお! それは凄いな」
「ジャス?」
「あっ……ゴホゴホ。そんなことより、隣国全ての母国語を流暢に喋れるようにと言ったはずだが? ムスール国を除くと後三ヵ国残っているのでは?」
「はい。その三ヵ国は幼少の頃に習得済みで、その他の周辺諸国も五ヵ国ほど喋れます。スール語だけ習得していなかったのです」
「そうか……凄いな……まあ、お茶でも飲んでゆっくりしろ」
「ありがとうございます」
ルシカはアタシが祝福を与えなくてもズバ抜けた頭脳、強靭な精神と肉体を持って生まれた娘さ。多少やりすぎるところが彼女の可愛い欠点だろう。
そして三日後、王家主催の舞踏会に呼び出されたルシカは待合室でジャステインと向かい合っていた。何時ものようにジャステインの隣にはラミュールが居座っている。ホント、何様だコイツ?
「僕の婚約者ならば誰をも魅了するダンスが踊れなければならない」
「誰をも魅了するダンス……ですか」
「それが出来なければ舞踏会には出席させない」
「仰せのままに……」
舞踏会からひと月後、西の盗賊団を撲滅させた騎士団を労う宴が開かれた。ルシカとジャステイン、ジャステインにもれなくついてくるラミュールも宴に呼ばれていた。
王城の大広間には豪華な料理や酒が並び、大道芸人や歌い手たちが会場を盛り上げている。
「そう言えばルシカさん? 社交ダンスは上手になりましたの?」
ラミュールがジャステインにもたれかけながらルシカに話しかけてきた。
「社交ダンスは師範の称号を持っていますので、それなりには踊れると思います」
「師範なのか? 凄いな!」
「ジャス?」
「うっ……」
「でしたら……ここで誰をも魅了するダンスを見せてくださらないこと?」
「畏まりました。このひと月弟子入りした南の島の伝統芸能……魅惑の舞をご披露いたします」
「「魅惑の舞!?」」
魅惑の舞ってのは南の島に伝わる踊りの事だ。老若男女を虜にするその踊りは神をも魅了する幻の舞と言われている。
踊れるようになるには相当努力が必要だったじゃないか?
ルシカは控室に入り予め用意していた衣装を纏い、結い上げていた髪を解き頭の上でひとつに括り、真っ赤な口紅とキラキラ光る桃色の粉を瞼に塗り、手首と足首にはシャンシャンと音のなる鈴をつけた。
ちょいと露出度高めなのがいただけないね。
会場の灯りが消えテーブル席のろうそくだけが辺りを照らす。シンと静まり返った会場にシャーンと鈴の音が響いた。
鈴の音と共に暗闇の中から桃色の光がゆらゆらと揺れ動きテーブル席に近づいてきた。瞼に塗った粉は暗闇で光る代物だったのかい。
そして……ルシカの手に握られた物が騎士たちの頬を撫で上げていった。
「ひゃあ!」
「うわっ!」
「はぅん」
次々と撫でられていく騎士たち。恐怖か快楽か分からない声が端から端まで続いた。
成る程……アタシにしか見えないだろうがルシカが手に持って奴らを撫でているのは南の島にのみ生息するリルリル鳥の羽だね。ひと撫でされれば至極の快感を得られるという代物さ。乱獲され絶滅寸前だったところを島長によって徹底的に保護された。これまた門外不出の羽を一体どうやって手にしたんだろうね~?
パンと手を打ち鳴らす音と共に明かりが灯され、会場の中央には両手に扇子を広げたルシカが立っていた。その妖艶なたたずまいに会場の男たちはゴクリと喉を鳴らしている。
あの扇子は魔道具みたいだね。
シャンシャンと小刻みに手足の鈴を鳴らしながらも流れるように舞い王家の座るテーブルに近付くルシカ。国王にウインク、王妃に投げキッスをした後ジャステインの前に立ち扇子で王子の顎を持ち上げる。
不敬ともとれるルシカの態度だって言うのに、リルリル鳥の羽で骨抜きにされていた騎士たちは誰も動くことはできないらしい。
国王夫妻に至っては頬を赤らめ「美しい」と絶賛だ。
「殿下、この広げた扇子に息を吹きかけてくださいませ」
「へっ?」
ルシカに半ば意識を持っていかれていたジャステインは呆けた声を出し「ジャス!」と言うラミュールの声で正気に戻った。
「ふーーっと天に向かってお願いしますね」
「うっ……あっ……ああ。ふーーーー」
耳元でふーーっと息を吹き掛けられた上、甘い声で囁かれたジャステインは言われるがまま扇子に向かって息を吹き掛けた。
すると色鮮やかな沢山の蝶が扇子から現れてヒラヒラと優雅に飛び回った。会場がどよめいたのは言うまでもないさね。
さてさてアタシもルシカの踊りを堪能しようじゃないか。
地を蹴り、宙を舞い、体をくねらせ、静止する。嵐のごとく激しく、灼熱のごとく熱く、青空のごとく爽快で、果実のごとく甘い。
その技能と迫力に誰もが目を離せなかった。
ルシカの舞と連動するように蝶が舞い会場は拍手喝采雨霰ってなもんさ。
ジャステインはラミュールの睨みにも気付かず立ち上がって惜しみない拍手を送っている。
「素晴らしい! 僕の婚約者! 凄いよ!」
堕ちたね。
「ジャス!」
「あっ……ごめんよ、ラミュ。つい興奮して」
「わたくしとルシカさん、どっちが好きなの?」
「勿論、ラミュだよ!」
あらら……もう少しかかりそうだね。
その後もジャステインの無理難題は続いた。
「僕の婚約者ならば芸術に長けていなければならない」
と言えば城の壁に大きなドラゴンのトリックアートを描き皆を驚かせ……ジャステインは目をキラキラさせていたが……。
「僕の婚約者ならば菓子くらい作れなければならない」
と言えば本物の薔薇と見まがうほどの飴細工を披露し……ジャステインは保護魔法をかけたいと騒いでいたが……。
「僕の婚約者ならば身を守れる技を身につけなければならない」
と言えば既にソードマスター並みの剣術の腕を持つルシカは、王家の影に指導を頼みその技を全て取得した……ジャステインは顔を引きつらせていたが……。
そんなこんなで婚約から半年が過ぎた頃、ジャステインはとんでもない事を言い出したのさ。
「僕の婚約者ならば僕の大好きなラミュールを嫌いにさせてくれ」
「ラミュール様を嫌いに……ですか」
ここはジャステインの執務室。珍しいことにラミュールは同席していない。
「僕が他の女性に心を奪われたままなら、結婚したところで上手くはいかないだろう?」
「何とかなると思いますけど」
「…………どうか清楚で可憐で心優しいラミュを嫌いにさせてくれ!」
この小僧、ルシカの言葉を無視したね?
「仰せのままに……」
チッ、考えたね小娘。
実は全ての無理難題はラミュールが言い出したことなのさ。
最初は難色を示していたジャステインだったが「ジャスと結婚できなければ遠い国に輿入れさせられますわ~」と泣いてすがりつく小娘に、未だ初恋に翻弄されているジャステインは言うことをきくしかなかった訳さね。実際は子供の頃から「ジャスのお嫁さんはわたくしよ」「ジャスは清楚で可憐で心優しいわたくしが大好きなの」とすりこまれたのが原因なんだがね~。
そして、どんな難題をも軽く解決してしまうルシカに脅威を感じた小娘が無い頭を振り絞って考え付いたのが今回の難題ってことかい。
もう、東の大国の侵略はアタシが何とかするから婚約破棄していいんじゃないか?
今日はジャステインの兄、ジャンハル王太子の第一子の生誕を祝う夜会が行われていた。この国の殆どの貴族がお祝いに駆け付け、会場はごった返していた。
そして何時ものごとくジャステインの横にはラミュールが陣取っている。お前たちの所為で周りの者たちがヤキモキしているじゃないか。婚約は周知の事実だからね~。
そこへ優雅な足取りでルシカが颯爽と現れた。国王夫妻に挨拶を終えた後王太子に祝辞を述べジャステインの下へと近付いた。
それを遮ろうとラミュールがジャステインの前に立ちはだかってきた。
「ちょっとルシカさん? わたくしがジャスに嫌われるまでジャスに近付かないよう言われているでしょう?」
「初耳ですが?」
「そこまでは言ってないぞ?」
「ジャス?」
「何事だ!」
そこに見かねた国王が声を掛けてきた。いくら可愛い息子や姪だとしても王家のお祝いの席での騒動は見て見ぬふりはできないからね。
「何を揉めているのだ?」
「父上……えっと実はラミュールが……」
「伯父さま! どうしてジャスの婚約破棄を認めてくださらないの」
説明しようとしたジャステインの言葉に被せるように、目に涙をためながら懇願する小娘に周りの皆が同情の顔をのぞかせる。
「戦争を回避するための政略的な婚姻だと言い聞かせたではないか!」
「犠牲になるジャスが可哀そうですわ!」
「犠牲って……ジャステイン、そんなにこの婚約が嫌だったのか?」
「嫌ではありませんが、ラミュールと離れ離れになるのは嫌です」
「拗らせおって……」
全く同意だ、国王。ここは私の出番だね。
ポンッ!
「きゃあ!」
「うわっ!」
アタシの登場に周りが騒ぎ始めたよ。
「魔女様!? どうされたのですか?」
ルシカの言葉に会場中が騒然となる。この国でアタシと面識があるは東の辺境だけだからね~。噂では知っていても初めて見るアタシの姿に貴族たちが目を見開いてる。
「お初にお目にかかります、偉大なる魔女様」
国王がすぐさま挨拶をしてきた。その目は恐怖なのか期待なのか泳ぎまくっているよ。
「アタシの可愛いルシカが、この小僧と小娘に振り回されているようだから助け船を出しにきたのさ」
「小僧って僕の事か?」
「小娘ですって!」
「黙れ、二人共! 魔女様に対して礼を欠くではない」
そうそう。怒ったアタシは世界をも滅ぼすよ~後々面倒だからやりはしないけどね。
「この半年間静観していたけれど、相談を受けた身としては黙っていられない状況になってね~」
「黙っていられない状況とは……?」
「どうやら初恋を拗らせた小僧が小娘を嫌いにさせてくれなければ結婚はできないとルシカに無理難題を押し付けてきたんだよ」
「なっ!」
「何てことを……」
国王夫妻に睨まれ項垂れるジャステイン、その後ろでしたり顔のラミュールがほくそ笑んでいる。
「だからね、アタシが魔法で何とかするから婚約解消したらいいよ」
「それは……願ってもみない事ですが……宜しいので?」
「いいよ。可愛いルシカがないがしろにされる姿を見るのは気分が悪くなる。アタシが国境にパパッと透明な壁でも立てて侵入できないようにするさ」
「えええ! 私が相談したときは無理だって言ったじゃないですか」
居たのか東の辺境伯。
「アタシの魔法の代金は鉱山ひと山だよ? 本末転倒だろう」
「ぼったくりです。魔女様~!」
うるさい! 厳つい顔で泣きつくな!
「鉱山ひと山……それは王家としても払えませんが」
「払えないのなら金輪際この国とは絶縁だね」
「そっそんな……」
アタシの他にも魔女はいるがアタシほどの力を持った魔女はいない。その偉大なる力を失ったも同然という事さ。
「待ってください! ルシカ嬢はこれまでも僕の出す無理難題を解決してきました。今回もきっと成し遂げてくれるはずです」
おやおや。小僧、お前さんがそれを言うのかい? と言うか期待した目でルシカを見るんじゃないよ。
「そうですわ。わたくしの所為で魔女様と絶縁なんて心が痛みます」
どう見ても「やれるものならやってみなさい」って顔だな。
「いいだろう。アタシもルシカがどんな風に小娘を嫌いにさせるか見てみたいからね。だけど……嫌いになったと言う嘘は許さないよ?」
「はい。正直ラミュを嫌いになる事はないと思いますがルシカ嬢の能力は計り知れないので」
「ジャス?」
皆の視線を受け立ち上がったルシカは小僧の前に立った。
「期待を裏切るようで心苦しいのですが……殿下がラミュール様を嫌いにさせることは私にはできないと思います」
「えっ?」
「ふっ」
ルシカの発言に小娘以外が落胆の声をあげた。
「それはどうしてだい?」
「私はラミュール様の事を知ろうとラミュール様に張り付いて数日間観察していたのです」
「何ですって!? 一体どこに居たのよ!」
「使用人として雇われ気配を消してジッと見ていました」
王家の影に指導を受けていたからね~。
「その時の様子を絵にしました」
再現度の高い才能を持っているからね~。
ドレスの裾を少しめくり取り出した数枚の紙を小僧に渡した。
どこに仕舞っているんだい!
「一枚目はラミュール様の食事の様子です」
紙には小娘が酒を飲みながら手掴みで肉にかぶりつく絵が描かれていた。アタシは無言で複写して会場中にばらまいてやったさ。
ついでに騒ぎ出した小娘とその両親を透明な箱に閉じ込めてやった。こっちの声は聞こえるようにしといたから心配ない。
「二枚目が就寝時のラミュール様です」
薄目を開けた目は普段の半分くらいの大きさで、そばかすや吹き出物が顔中にでき、大きく開いた口からはよだれが流れていた。勿論、複写してばらまくさね。
ありゃりゃ。公爵夫人が失神しちまったよ。
「三枚目がご家族様とのお茶会です」
茶をカップごとメイドに投げつけ、見目の良い従者を椅子代わりにしている小娘とそれを笑顔で見守る両親が描かれていた。えげつない事やってるね~ほーら皆見てみな。
今度は公爵が倒れたみたいだ。血圧が上がったのかね~。
「マナーは皆無、着飾る事以外関心がなく、使用人に暴言を吐き体罰を与え、夜な夜な賭博場に出かけては散財し、見知らぬ男と夜を共にする」
毒舌ルシカ降臨。
「アタシも見ていたから事実だよ」
呆然とする小僧とざわつく会場。
「私にはどうしてもラミュール様が清楚で可憐で心優しい人には見えないのです!」
「うん……うん?」
うん……うん? 誰が見てもそうだね。
「殿下はアレを清楚で可憐で心優しい人に見えるのでしょう? アレを好きになれる人の心を変えることはできません!」
アレって言っちゃったよ。
「僕だって見えないよ! びっくりだよ! 百年の恋も冷めたよ」
「えっ? 魔女様本当ですか?」
「ああ。嘘は吐いてない」
わっと歓声が上がり会場は大盛り上がり、その片隅で国王と辺境伯が抱き合って泣いてやがる。
公爵家の奴らはアタシがこっそり家に転送してあげたさ。大量の絵と一緒にね。
そしてこの公爵家の醜聞を貴族の連中が黙っているわけがない。あることないこと噂され社交界では肩身の狭い思いをするだろう。
いっその事、遠くに嫁に出すのが無難だろうね~。
「ルシカ。君は僕の婚約者にふさわしい」
「私でいいのですか?」
「君がいい! 本当は半年前から惹かれていた」
半年前って、一目惚れだったのかい!
「一生、僕を笑顔にさせてくれ」
「仰せのままに……」
おいおい、そんなこと言ったらまたルシカが……。
「人には笑いのツボと言うものがあるそうです。さすらいの指圧師を探し出してそのツボの位置を伝授させてもらいに行ってきますので、ひと月ほどお待ちください」
ほらほら、会場がシンとしちゃったじゃないか。
「ふっ……」
「はい?」
「ふははははは!」
静まり返った会場に小僧の笑い声が響いた。
「殿下?」
「あはは……どうして……君の発想は……そんなに斜め上なの?」
腹を抱え涙を流しながら問いかけるジャステインにコテンと首を傾げるルシカだった。
「さすらいの指圧師は必要ない」
「えっと……」
「ルシカが隣にいるだけで僕は笑顔になれるのだから」
偉大なる魔女キュワムが宣言する。それは間違いよ。
おしまい
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