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ヤマト奇談集  作者: flat face
河内王朝
31/33

中蒂姫

中蒂姫はデザインをpixivにアップしています(https://www.pixiv.net/artworks/136950291)


   一


 ()(しま)(本州・四国・九州)の諸国が連合した大和(やまと)(せい)(けん)は、諸王であった豪族たちが君主たる(おお)(きみ)を支えていた。

 豪族たちは国政を分担して大和政権を分権化し、大王の一族である()()(うぢ)も幾つかの集団に分かれていた。

 (くさ)(かの)(みや)(おう)()もその一つで、(くさ)()(日下町)に本拠を置き、副都の(なに)()(上町台地)がある(かわ)(ちの)(くに)を勢力圏とした。


 大和政権は八洲に土着の()(じん)を代表する()(こく)と認められ、大王は超大国の(しん)(たん)(中国)から王号や将軍号を授与されたが、日下宮王家の長たる(おお)(くさ)(かの)(みこ)(へい)西(せい)(しよう)(ぐん)の称号を授けられていた。

 大日下王は大王と同様、震旦の(あや)(ひと)のように(ずい)とも名乗り、海上交通に利権を有した。

 「()()(宇治市)の大王」と呼ばれた()(ぢの)(わき)(いらつ)()を父に持つ彼は、大王に推されることもあった。


 しかし、大日下王に野心はなかった。

 母の(かみ)(なが)(ひめ)が息子を擁立しようと本人そっちのけで奔走していたため、大日下王は却って争い事から遠離り、屈託なく育って純粋だった。

 それ故に他の候補を押し退けて即位しようとはせず、髪長媛が没した後は、大王の地位を巡る争いから完全に身を引いていた。


 もっとも、政治と無縁ではいられず、大日下王は親子ほど年の離れた(なか)()(ひめ)と政略結婚をせねばならなかった。

 中蒂姫は大日下王の姪で、彼の妹である(はた)(びの)(ひめ)(みこ)を母とし、父は大王の(みづ)()(わけ)だった。

 瑞歯別は四人兄弟の三男で、彼の没後に大王の地位は四男の(わく)()に受け継がれた。


 瑞歯別の遺臣たちは勢力の減退を恐れ、中蒂姫を日下宮王家に嫁がせた。

 中蒂姫には恋人がいたけれども無理に別れさせられた。

 その恋人とは若子の三男たる(あな)(ほの)()()で、瑞歯別の遺臣たちは中蒂姫が穴穂王子と結婚し、若子の勢力が更に増すのを厭った。


 恋人と引き離された中蒂姫は傷付いていた。

 だが、大日下王は中蒂姫に優しく接し、彼女も恋心こそ抱かなかったが、彼を慕わしく感じるようになっていった。

 すると、大王の娘としての責任感から根が真面目な中蒂姫は大日下王の妻に相応しくあらんと努力した。


 彼女は華やかな美女ではなかったが、二つの眼は湖沼のごとく澄んでおり、両の乳房は大きく、清純にして楚々たる姿態は魅力的だった。

 裸になった中蒂姫は、大日下王と抱き合って悶えた。

 彼女は悦楽に陶酔し、組み敷かれた体を仰け反らせた。


 中蒂姫は娘の(わか)(くさ)(かの)(みこ)と息子の(まよ)(わの)(みこ)を産んだ。

 彼女は穴穂王子の恋人であった頃は(なが)(たの)(おお)(いらつ)()とも呼ばれ、若子から実の娘のように可愛がられていたが、これからは日下宮王家のために生きようと決心した。

 中蒂姫は穴穂王子への想いに蓋をした。


 しかしながら、穴穂王子の方は中蒂姫を諦められなかった。

 中蒂姫が他の男に嫁ぐのを止められなかった穴穂王子は、自身の無力さを呪い、力を追い求めるようになった。

 彼は従兄たる(おし)(はの)()()と組み、長兄である太子の(かるの)()()を冤罪で失脚させた。


 そうして穴穂王子は二十代目の大王となり、押磐王子を後継者とした。

 それは押磐王子との密約によるものだった。

 穴穂王子としては大王の権力を得られるのならば、自身の死後にそれを誰が継承しようと構わなかった。


 父の稚子が進めていた集権化も、穴穂王子こと(あな)(ほの)(おお)(きみ)は豪族たちから支持を獲得するために後退させた。稚子は震旦の皇帝に倣い、全ての権力を大王に集中させようとしていた。ただ、それは豪族たちの力が削られることを意味した。


 穴穂大王は豪族たちに権益の保障を約束し、日下宮王家を滅亡させるのに協力させた。

 彼は大日下王を殺し、中蒂姫を奪おうとした。

 本来、穴穂大王は太子たる軽王子の影に隠れ、日陰者であったことから無愛想なところはあったが、暴力に訴えるような人間ではなかった。


 けれども、中蒂姫との仲を引き裂かれ、彼女が大日下王の子を産んだたことで彼は変わってしまった。

 大日下王を逆恨みして中蒂姫を奪い返すだけではなく、日下宮王家そのものを滅ぼさねば気が済まなかった。

 豪族たちも日下宮王家の利権が魅力的だったので、それを奪えるならばと協力した。


   二


 日下宮王家を滅ぼす口実を作るため、穴穂大王は末の弟たる(わか)(たける)を利用した。

 幼武は乱暴者であると評判で、従姉たちとの縁談が持ち上がっても先方が難色を示してまとまらなかった。

 穴穂大王は兄として幼武の結婚を世話すると言い、大日下王の下に使者を派遣した。


 使いに選ばれたのは(さか)(もと)(うぢ)(ねの)使()()だった。

 坂本氏は最大の豪族たる(かつら)()(うぢ)の郎党だったが、根使主は定見がなく、うだつが上がらなくて僻みっぽかった。

 彼は何とか出世しようとして穴穂大王に媚びを売り、汚れ仕事も率先して引き受けた。


 穴穂大王は大日下王を罠に嵌めるには根使主が適任であろうと判断した。

 大日下王のところに遣わされた根使主は、彼に内密の話し合いを申し入れた。

 お人好しの大日下王はそれを快く了承した。


 根使主は幼武が若日下王を娶りたがっていると大日下王に告げた。

 ただ、何度も縁談を断られているので、話がまとまるまでは内密にしてもらいたいと説明した。

 大日下王は根使主の言葉を信じ、幼武と若日下王の縁談を名誉と捉えた。


 人を疑わぬ彼は、幼武の悪評は誇張されたものと思っていた。

 縁談を受け入れた大日下王は、結納品として(おし)(きの)(たま)(かづら)という宝冠を根使主に預けた。

 しかし、根使主は穴穂大王の下に戻ると、大日下王は縁談を断ったばかりか、剣に手を掛け、大王を侮辱したと公の場で報告した。


 それは穴穂大王が日下宮王家を滅ぼすための芝居だった。

 穴穂大王は兵を起こして大日下王を殺した。

 家臣の(なに)(わの)()()()()()()が大日下王のために殉死したが、中蒂姫と若日下王および眉輪王は生け捕りにされた。


 穴穂大王と中蒂姫は久方振りに再会した。

 大日下王の愛撫を受けた中蒂姫は、女盛りの美しさを匂うばかりに漂わせていた。

 穴穂大王は血が滾るのを抑えながら、中蒂姫に大日下王を無実の罪で殺したと正直に明かした。


 それは穴穂大王に残っていた最後の誠実さだった。

 中蒂姫は慕っていた夫をかつての恋人に殺されたと知り、どうしたら良いのか分からなくなった。

 だが、穴穂大王の告白に彼女は押さえ込んでいた感情が溢れ、体中が熱くなって下半身が疼いた。


 穴穂大王は中蒂姫の手首を掴むと、彼女を閨に引っ張って裸にした。

 彼は乳を吸うように彼女の大きな胸に顔を埋め、その湿地帯に股間の竿を押し込んだ。

 中蒂姫は体が甘く溶けるかのごとき恍惚を味わって激しく悶え、全身を痙攣させて果てた。


 夫の仇に身を任せる罪悪感から逃避するかのように彼女は穴穂大王との媾合いに没頭した。

 穴穂大王も中蒂姫を妻とし、彼女の豊満な肢体に溺れた。

 どちらも堅物なところがあるだけに穴穂大王と中蒂姫は一度、堕落したら後は止まらず、昼間から人払いをし、淫行を楽しむようになった。


 穴穂大王は若日下王を(しら)(ひこの)()()に、眉輪王を(くろ)(ひこの)()()に預けた。

 白彦王子と黒彦王子は穴穂大王の弟だった。

 中蒂姫も若日下王と眉輪王に合わせる顔がなかったので、その処置を受け入れた。


 そうして穴穂大王と中蒂姫は心置きなく快楽に耽り、国政は豪族たちが壟断するようになっていった。

 このことは震旦にも伝わり、国をまとめられていないのではないかと疑われた。

 穴穂大王は西(せい)(れき)の紀元後四六○年、(こう)の名で(そう)に使いを出し、自分が稚子の正統な後継者であることを強調したが、四六二年に与えられた将軍号は(あん)(とう)(しよう)(ぐん)だった。


 この称号は稚子の安東大将軍よりも格が低かった。

 腑抜けになった穴穂大王は、そのことを気にも留めなかったが、押磐王子は危機感を募らせた。

 もしも穴穂大王が豪族たちの支持を失って廃されれば、彼の後継ぎたる自分も巻き添えを食いかねなかった。


 穴穂大王は押磐王子から何度も諫言されたが、聞く耳を持たなかった。

 押磐王子は穴穂大王を見限り、彼から大王の地位を奪うことにした。

 しかしながら、簒奪者の悪名を背負って即位すれば、今度は自分が支持を失うかも知れなかった。


 誰か代わりに手を汚してくれる者はいないか。

 押磐王子が情報収集に努めていると、眉輪王を預けられた黒彦王子が穴穂大王の暗殺を計画していると聞き知った。

 眉輪王による父の仇討ちを手助けするというのが黒彦王子の大義名分だった。


   三


 穴穂大王と中蒂姫は欲望の赴くままどこはばかることなく交わった。

 神託を受けるための(かむ)(とこ)で行為に及ぶこともあった。

 二人は衣服をかなぐり捨て、抱擁して互いの唇を求め合いながら床に崩れ落ちた。


 中蒂姫が股を開けば、その女陰を穴穂大王が舐め回し、彼女に黄色い声を上げさせた。

 穴穂大王のものが硬くなり、彼はそれを中蒂姫の煮えたぎる坩堝に嵌め、そこを激しく突いた。

 仰向けになった中蒂姫は、穴穂大王に強く抱き締められ、その長い脚を彼の腰に絡み付かせた。


 彼女は獣のようによがりながら登り詰め、穴穂大王にも絶頂が訪れた。

 二人はそのまま眠りに落ち、荒い息もやがて静かになった。

 すると、その場に抜刀した眉輪王が姿を現した。


 女色に溺れる穴穂大王の宮殿は規律が緩み、警備も手薄になっていた。

 眉輪王は難なく侵入に成功し、寝ている穴穂大王を刺し殺した。

 穴穂大王は声も立てずに事切れ、中蒂姫を起こすことはなかった。


 黒彦王子と合流した眉輪王は、大日下王の無実と穴穂大王の非道を訴え、日下宮王家の復活を宣言しようとした。

 若日下王を預かる白彦王子の同意も取り付けており、黒彦王子を大王に据える形で事態の収拾が図られていた。

 ところが、眉輪王たちの計画を聞き付けた押磐王子がそれを匿名で幼武に報せた。


 幼武も大王の地位を狙っており、穴穂大王を弑した逆徒の汚名を眉輪王たちに着せ、まずは白彦王子を急襲した。

 まさか自分が襲われるとは思っていなかった白彦王子は呆気なく攻め滅ぼされた。

 黒彦王子と眉輪王は予想外の展開に驚き、最大の豪族である葛城氏を頼った。


 しかし、葛城氏の権勢を以てしても幼武には抗えなかった。

 幼武は父たる若子の理想を受け継ぎ、倭国の集権化を成し遂げるため、海外の先進文化を取り入れ、忠実かつ強力な私兵を組織していた。

 眉輪王と黒彦王子を保護した葛城氏の宗家は、彼らともども幼武に滅ぼされた。


 押磐王子も幼武を始末し、漁夫の利を得るはずが返り討ちにされた。

 そうして幼武が大王となり、彼は中蒂姫に日下へ里帰りするよう命じた。

 中蒂姫は実子の眉輪王に再婚相手の穴穂大王を殺された後、義弟の幼武に拘束されていた。日下に帰った彼女は、根使主の監視下に置かれた。


 大日下王の謀殺に貢献した根使主は、穴穂大王から褒賞として押木玉縵と日下宮王家の宮殿を賜っていた。

 処刑するには及ばないと判断したため、幼武は日下への帰郷という形で中蒂姫を根使主に監視させ、大王の寡婦でもある彼女を政界から排除した。

 白彦王子が攻め滅ぼされた際に囚われた若日下王を人質に取られ、中蒂姫は日下に帰らざるを得なかった。


 押木玉縵と宮殿を得て増長し、根使主はあたかも自身が日下宮王家の家長となったかのごとく振る舞った。

 前妻を亡くしていたこともあり、彼は中蒂姫を後妻とした。

 中蒂姫は穴穂大王の種で身籠もっており、その子や若日下王を守るため、根使主ひいては幼武の機嫌を損ねぬよう再婚を受け入れた。


 産まれた子は男子で、根使主の息子として()(ねの)使()()と名付けられた。

 根使主は中蒂姫を女奴隷のように扱い、性的な奉仕もさせたが、倭国の集権化を目指す幼武は、彼の増長をいつまでも放ってはおかなかった。

 日下宮王家の家宝たる押木玉縵が根使主のものとなっていることに若日下王が抗議すると、幼武はそれを口実に彼を征伐した。


 小根使主は変な野心を抱かぬよう根使主が実父であると教えられていたので、幼部のことを恨み、父から相続した屋敷は、大王の宮殿よりも素晴らしいと吹聴した。

 それを幼武は許さず、小根使主を捕らえて処刑し、坂本氏は根使主が前妻に産ませた子供に継がせた。

 中蒂姫は穴穂大王との子を失ったことに耐えられないで縊れた。



   註


*興が宋に使いを出し、安東将軍の称号を与えられる:沈約『宋書』

*中蒂姫が穴穂大王の子を身籠もる:近松門左衛門『浦島年代記』


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