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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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エピローグ

袁閃月(えんせんげつ)並びに劉陽華(りゅうようか)の二名を、万代宮の祖霊廟の管理人に任命します。なお、これまで管理していた天帝廟も掛け持ちです。よろしく頼みますよ」


 蚩尤との戦いから一か月ほど経過した後、閃光と陽華は冥府の一角にある疫凶の執務室に呼び出され、辞令を受けていた。


 皇帝の住まいである万代宮の祖霊廟は、すなわち歴代皇帝の霊を祭る廟を意味している。しかも、万代宮は天地開闢以来全ての王朝において宮殿と定められていた。そして王朝が代替わりしても、前王朝の祭祀までは絶やす事が無かった。つまり、万代宮の祖霊廟は歴史上存在する全ての皇帝を祀る場なのである。


 その祖霊廟の管理人に、冥府の役人としてはまだまだ新米の二人が選ばれたというのは、前代未聞の大抜擢である。


 歴代王朝の要人の一部には、死後冥府に出仕している者もいる。そしてそれらの者は滅ぼした側、滅ぼされた側という関係もあるために複雑な感情が入り混じっている。そのため、祖霊廟の管理人を選任するのが難航し、近年は空白になっていたのである。それでも、都中に点在する神々を祀る廟の力で都全体の加護は保っていたし、宮殿内であるから手入れも行き届いていた。そのため特に問題は起きていなかったのである。


 今回の蚩尤の復活未遂事件は、その隙を突かれたとも言える。正式な管理人がいればその力により、蚩尤が復活するために用意してあった疫病で死んだ者達の遺体を、浄化する事で阻止できた可能性は高い。


「でも疫凶さん。俺達で良かったんですか? 蚩尤は何とか退治したとはいえ俺達はまだまだ未熟ものなんですが」


「そうです。それに蚩尤を倒せたのは私達の力だけではないと思うのですが。これでは力不足ではないでしょうか?」


 二人は不安事項を口にした。断る気は無いのだが、確認の念押しである。管理人になった後、修練を怠る気は無いが何か起きた時に力不足であれば手助けを頼まなくてはならない。


 蚩尤を倒せたのも周囲の手助けがあってこそだ。


 器を失って魂だけになった蚩尤を再封印したのは、外で待機していた神々であった。蚩尤の本質はその魂と神格にあり、単純な力だけで言えば肉体を失ってからの方が強い。多少消耗したとはいえ魂の状態の蚩尤を、閃月や陽華はどうする事も出来なかったはずだ。最終的な決着は、神々に丸投げしたと言っても良い。


 もちろん、神々に任せられる状況を作り出したのは閃月と陽華の功績だ。肉体を得た状態の蚩尤に対して、神々は世界の法則により手出しする事は出来ない。二人が蚩尤の魂を器から追い出さなければ神々は手をこまねいて見ているしかなかったのだ。


 だが、蚩尤の器を滅したのも閃月と陽華だけの力ではない。蚩尤の体に最も多くの損傷を与えたのは雷神による稲妻だ。命中させるお膳立てを整えたのは閃月や陽華の功績であるが、二人だけではどうにもならなかった。


 また、最終的には自爆覚悟で二人の体を通じて雷撃を蚩尤に浴びせる戦法を敢行した。この時蚩尤よりも先に滅びそうになった二人を支えた何かが確かに存在していた。


「ああ、その事ですか。その事も、今回の任命と関係しているのですよ」


 閃月と陽華の意見を聞いて、疫凶が笑いながら返答した。


 蚩尤との最終決戦で、二人を支えたのは宮殿内の人間たちの祈りである。単なる祈りとは馬鹿に出来ない。祈りは神々の力の源だ。人間が存在しない頃から生きている神もおり、人間の祈りに依存しない事もあるにはある。だが、その場合人間に対して何の恩恵も与える事は無い。人間を守護しているのは祈りに応えての事なのだ。


 万代宮には皇帝一族をはじめ、一万を超える文官や武官、使用人たちが勤めている。小さな都市に匹敵する数の祈りは相当な効果があったはずだ。


「そうなんですか。でも何で俺達のために祈ってくれたんです?」


「それは簡単な事ですよ。皇帝が夢の中であなた達が人々のために戦っているから、それを祈りで応援するようにと神託を得たのです。後は宮殿中の者に命令すれば済む話です」


「ああ、それが今回の管理人の話に繋がるんですね?」


「そうです。あの後皇帝は祖霊廟の守護神としてあなた達を祀るように命令を下しました。あちらからの御指名ですから、応えてやろうという結論になったのですよ」


 ここまで言った疫凶は、もちろん今回の事件の功績や実力、将来性も考慮しての事だと付け加えた。


「ところで、以前あなた達は生前の関係について話していましたが……」


「あ、実は生きていた時からの知り合いかと思いましたが、勘違いでした」


「でも仕方ないですよね? 皇帝がそう言っていたんですから。間違いないと普通は思いますよ?」


 二人は冥婚によって死後に結婚したのであり、生前は何の面識も無かったはずである。その認識を覆したのは皇帝が捧げた祭文であった。そこには、二人が仲睦まじい恋人同士であり、協力して反乱軍と戦って相打ちになった事が記されていた。そのため、死後にはあまり夫婦らしくない関係であったが少しは生前の自分達を省みるべきかどうか悩んでいたのである。


 まあ全部皇帝の勘違いであったのだが。


「ああそうですか。誤解が解けて良かったです。そんなはずは無いと思っていましたので、どう説明したものかと思案していました。現皇帝は、優秀なんですがどうも思い込みの激しい所があるようで」


「ああ、何となくそんな気がします」


 天帝廟に閃月と陽華を弔いに来た時も、感情を露わにして滂沱の涙を流していた。上に立つ者はあまり自分の感情を出さない者が多い。個人的な感情に流されては判断を誤るかもしれないからだ。だが、感情を殺す事ばかりが正しいとは、二人は思っていない。


「ところで、もうそろそろ……」


「子作りの話ならしないでいいですよ」


「そういう事は夫婦で決めます」


「……そうですか。それもそうですね」


 これまで幾度となくしつこく繰り返して来た話題を、疫凶はあっさりとひっこめた。


 子作りの事など夫婦で決める。全くもってその通りである。だが、疫凶としては冥婚で何の縁も無い状態で結婚した二人の間を取り持つつもりで言っていたのである。そうでなければいつまでたっても二人の仲は進展しないと思っていた。


 しかし今二人は、はっきりと自分達の事を夫婦と言った。ならば何も言う事はあるまい。子供の事も、これからの二人の事も二人で話し合って決めていく事だろう。もはや疫凶が口を出す必要はあるまい。


「それでは早速現世に赴き、任務に就きます」


「そうですか。これまでより少し忙しくなるでしょうが、時々顔を出して下さいね。あと、狐や狸の部下達も宮殿の方でも使える様に手配してありますので、上手く使ってやってください」


「感謝します。それではまた、()()()()()


 暇乞いの挨拶をした二人は、疫凶の執務室を去って行った。部屋には疫凶のみが残される。


「もうばれましたか」


 部屋を出る直前に陽華が口にした通り、疫凶は蓬王朝の先代皇帝であった。当代の皇帝が夢の神託に素直に従ったのも道理である。何しろ夢枕に出て来た疫凶は、自分の父なのである。


 自らの成した遠征の直後に疫病が蔓延し、最後には自分も死んだ事を悔いて冥府では疫凶と名乗っていた。死後は生前の功績により冥府の役人として取り立てられ、能力を発揮する事で高位の役職にまで登りつめていた。


 そんな時に、袁閃月と劉陽華という少年少女が命を落とし、大量の副葬品と共に冥界に来るという情報を聞きつけたのである。聞けば二人は蓬王朝を覆す反乱を未然に防ぎ、結果命を落としたのである。しかも、遺族同士が意気投合して冥婚をさせているのだという。


 疫凶は蓬王朝の行く末を案じながら病に没した。皇帝とはいわば王朝やそこに生きる民の父である。それをこの二人は守ってくれたのだ。冥界では逆に二人の事を世話しようと決意したのである。


 二人が生前暮らしていた王朝の先代皇帝だと名乗れば、緊張して畏れ入ってしまうと考えて単なる獄卒だと自称していたのだが、ばれてしまっては仕方がない。まあ、もうそろそろ正体を明かそうかと思っていたところではある。


「しかし、逆にまた助けられてしまったようですね」


 王朝の中核である宮殿の祖霊廟の管理人となったのだ。二人はこれまで以上に民のために活躍する事だろう。まだ若い二人にその様な重責を負わせてしまうのは心苦しいが、その反面心強くもある。


 この先蓬王朝の命数が尽きた時は、自分達の生まれた国が亡ぶ様を目撃するだろう。また、新たな王朝が発展する時はその躍動する時代も間近に接する事になる。この先、蚩尤復活の様な新たな脅威が襲い来ることもあるだろう。


 だが、二人なら手を取り合って苦難を乗り越えてくれると疫凶は信じていた。


「末永くお幸せに」


 疫凶は袁閃月と劉陽華に辞令を下した事を業務日誌に記すと、筆を置いて窓の外を眺めた。


 太陽の無い冥界の空だったが、何故か明るく輝いている様に疫凶には思えたのであった。

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