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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第60話「夫婦」

 霊廟に入るとすぐに地下へと向かう階段があり、袁閃月(えんせんげつ)は中へとずんずん進んで行った。


 劉陽華(りゅうようか)は直接蚩尤と戦う能力が無いため、外で待機している。また、作戦のためには外に居た方が良いのだ。


 星明りが届かないくらい地下に潜ると、階段は終わり広大な空間が広がっていた。地下だというのにその高さは人の背丈の十倍はある。これだけの地下空間を作り上げるだけの技術が、蓬王朝にはあるという証左である。歴代王朝の皇帝の中には、自らの眠る墳墓を極めて巨大に造営し、数多くの財宝や殉死者を埋葬させたという。だが、この地下霊廟に眠るのは、疫病により死亡した数多くの民であり、そのために王朝はその持てる技術や労力を割いたのである。


 そして、霊廟に埋葬された民の眠りを邪魔する様に、地下空間の中央部に巨大な何かが鎮座していた。それは死者を弔うための神像などではなく、禍々しい妖気を放ちながら脈打っていた。周囲の棺は残らず蓋が開放され、中身は空になっていた。


「遅かったか。いや、まだ完全に復活していない様だな」


 閃月の見立てによれば、霊廟中央の肉塊の正体は蚩尤である。霊廟に眠る一万を超える者たちの亡骸を使い、新たな肉体を構成しているのだ。かつて、彼らと同じ疫病で死んだ者達が僵尸となって暴れ出した時、最終的に一つの巨人に合体した事があった。おそらく、この霊廟に眠る者達の遺体にも、同じ様に肉体を合成できる様な呪術が施されていたのだろう。そしてそれは、蚩尤の器とするためだったのだ。


「来たか。貴様の言う通り、確かにまだ復活しておらぬ。新たな体が出来上がるまで動く事は出来ないだろう。だが、貴様にはどうにも出来ぬであろうが」


 閃月の姿を認めた蚩尤が勝ち誇る様にして言った。その姿は人間の背丈の十倍を超える巨体で、腕は六本、頭部には牛の様な角が生えた異形である。普通の人間の体に憑りついていた時ですら閃月の打撃は致命傷を与える事が出来なかった。今の姿ではなおさら効果は期待できまい。


「確かに今の俺の力では、お前を滅ぼす事は出来ないだろう。だが、それはさっきも同じだった。ならばさっきと同じ様に自然の力を借りるまでだ」


「先ほどと同じだと? 馬鹿め、この地下室に雷が届くものか」


「それはどうかな? 陽華、頼むぞ」


 閃月は一気に蚩尤と間合いを詰め、高々と跳躍すると蚩尤の角に取り付き、右手でしっかりと握った。そして左手には妖縛縄があり、その先端は地上へと向かっていた。


「何の真似だ? ぐああああああぁ!」


 肉体を合成中で身動きが取れない蚩尤は、閃月の動きを阻止する事が出来ず怪訝な顔をした。そして次の瞬間、蚩尤の体を激しい電撃が襲った。


「くっ、どうだ? こうやれば、地下でも雷を伝える事が出来るんだぜ」


「まさか? そういう事か! 貴様、己がどうなっても良いのか?」


「さてね。どうなるかなんて分からないが、お前には今から我慢比べをしてもらおう。この雷には全財産ぶち込んでいるんだ。百発は来るはずだから、じっくりと味わってもらおう」


「貴様!」


 閃月と陽華の作戦は、地上で戦った時と同じく雷撃を蚩尤に浴びせる事である。稲妻には魔を払う効果がある。これならば高い神格を持つ蚩尤にも影響が期待できる。陽華はこの雷の発動の合図をするため、地上に残っていたのである。雷神に対する落雷の申請書を部下の胡幕達に持たせ、地下に潜った閃月からの合図で発動させたのだ。


 閃月の握る妖縛縄の先は地上に通じており、その先端には金甲打岩鞭が結び付けられている。雷は金甲打岩鞭を目標に落とされ、妖縛縄を伝って蚩尤にまで届いているのだ。


 例え百発の雷が蚩尤に命中しようと、その程度で太古から存在する邪神を滅する事は出来ないだろう。だが、その器となる肉体は間違いなく滅ぼす事が出来るというのが閃月と陽華の見積もりであった。


「お、おのれ……」


 雷が十数発を超えた頃、蚩尤の片足が融解して地面にどうと音を立てて倒れた。神聖な気を流し込まれ続けた事により、合体していた死者の肉体の結合が一部解けたのであろう。このままいけば、蚩尤の肉体を完全に滅する事が出来ると思われていた。だが、


「ぬ? ふははは、馬鹿め。自分の力量を弁えずにこの様な作戦を立てるからそうなるのだ」


 一瞬悔しそうにしていた蚩尤だったが、自らに捕まっている閃月が気を失っている事に気付き、高笑いをあげた。閃月の手から妖縛縄が離れている。


 雷神による落雷は神聖なもので、蚩尤の様な邪悪な存在ならまだしも、閃月や陽華の様な存在には比較的効果が薄い。だからこそ自爆覚悟の作戦を敢行したのである。だが、流石に今回の作戦は無謀であった。耐性があったとしても十数発以上の雷を受けては閃月がもたない。既に死んで鬼になっているので、肉体に対する損耗ではない。だが、その魂や存在そのものに影響が出ているのである。この辺り、揺るぎない存在である蚩尤とは格が違ったのだ。


 このままでは続いて落とされる雷は蚩尤まで届かず、時間が経てば蚩尤が完全な肉体を取り戻して復活してしまう。そして、人の肉体と融合した蚩尤は、神の如き力を持ちながら人界の存在であるため、神々は手出しを出来ない。つまり、蚩尤を止める者はいなくなるのである。


 そうなれば、現世に地獄が誕生するだろう。


「まったく、無理するんだから。でも仕方ないのよね。さあ、起きなさい。私も付き合ってあげるから」


「……陽華か?」


 蚩尤が勝利を確信した時、地下霊廟に新たな人影が現れた。袁閃月の形式上の妻たる劉陽華である。


 陽華の声に閃月が目を覚ました。だが、消耗しきっており動く事は出来ない。硬直しているためか蚩尤の角はしっかりと握ったままである。


 陽華は閃月の手から離れていた妖縛縄を拾い、閃月の所まで歩いてくるとその手を握った。


 これで、雷撃が蚩尤に到達する経路が再び出来上がった。


「良いのか? かなり痛いぞ? 場合によっては消滅するかもしれない」


「私も戦ってるんだもの。少しくらい負担させてよ。一緒に戦う仲間だし、それに……」


「夫婦だからな」


 その時、再び雷公達による落雷が始まった。陽華と閃月の体を通じ、蚩尤を激しい雷撃が襲う。今度は閃月も陽華も気を失う事が無く、互いの手をしっかりと握りしめて離さない。


 手を握っているからと言って痛みが半減したりはしない。閃月にも陽華にも、平等に先程閃月が食らったのと同じ痛みが襲う。それでも二人は全く怯まない。雷撃が合計五十発を超えてもしっかりと意識を保ったままだ。


 不思議な事に、途中から二人の痛みが和らいできた。この感覚は、以前巨大僵尸討伐の時に民の祈りを受けた土地神が辺り一帯に祝福を与えた時と似ている。この不思議な感覚に励まされて、二人は更に続く雷撃にも耐えきった。


「お、おのれ……」


 百発近い雷撃を受けた蚩尤は、段々とその巨体を溶解させていった。


 そしてある時、地下霊廟に閃光が奔った。

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