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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第59話「慰霊廟」

 蚩尤の後を追い、袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)は目的地と思われる霊廟に向かった。その霊廟は、先代皇帝の時代に疫病で亡くなった者達の霊を慰めるためのもので、地下には数千人の遺体が埋葬されている。


 そしてこの、疫病で亡くなった遺体はただの遺体ではない。特別な呪術を施され、僵尸(キョンシー)として活動してしまうのである。埋葬された地域の神々の力でそれは防ぐ事が出来るので大事には至っていないが、一度僵尸として蘇ってしまうと生きた人間を遥かに超える怪力と、傷をものともしないその耐久力は脅威となる。以前閃月と陽華が解決した事件では、このせいで都の一区画が壊滅の危機にさらされたのだ。


 加えて、この疫病で亡くなった者の遺体による僵尸はただの僵尸ではない。千体を超える僵尸が集合し、巨人と化す事が出来るのだ。その不死身とも思える再生力は、羅刹を超える武力を身につけ、強力な宝貝(パオペイ)で武装した閃月も手を焼いた。おそらく土地神が手を貸してくれなければ負けていた事だろう。


「つまり、蚩尤は僵尸の体を集めて自分の器にしようとしているのね。多分、前に反乱を起こした一味も、それを狙っていたんじゃないかしら」


「なるほど、それならつじつまが合うな。だから、僵尸が葬られている霊廟の近くで事を起こそうと企てていたのか」


 霊廟の両隣の建物で、閃月と陽華はそれぞれ反乱者達と相対して死ぬ羽目になった。当時の記憶が薄れているので特に恨みはないが、若くして死んでしまったのだ。しかも、死んで目が覚めたと思ったら面識のない者と冥婚により結婚していたのだ。人生が大きく狂ってしまったと言えよう。


「あ、でも俺達は一応生きていた時から恋人だったのか。全然覚えてないけど」


「その事なんだけど……」


「なんだ?」


「いえ、今は蚩尤との戦いに集中しましょう」


「いやいや、逆に気になるじゃないか。教えてくれよ」


 閃月に促され、陽華は自分の推察を教えることにした。霊廟の手前で立ち止まり、二人して向き合った。


「あのね、反乱を起こした人たちの動きを調査していたら、私たちの死んだ時の行動も大体判明したのだけれど。私達、別々に行動していて、何かを打ち合わせて戦っていた様には思えないの」


「ん? でも、皇帝が捧げた祭文には、俺達が協力して反乱を防いだって書いてあったじゃないか」


 二人が管理する天帝廟に、皇帝自らが訪れてその様な趣旨の書かれた祭文を、大量の捧げものと一緒に奉納していた。ここには、二人が手を取り合って戦った事や、恋人同士であった事も合わせて記述されていたのだ。


 閃月と陽華はそれまで互いに面識が無いと思い、夫婦として振舞う事に抵抗があったのだがこれを根拠にもう少し夫婦らしくしようと思いなおしていたところだったのだが。


「多分だけど、私達が近くで死んでいたから、それで一緒に戦ったと勘違いしたんじゃないかしら。鬼籍を読めばそうでない事は確実なの。それに考えてみれば二人で反乱の企みを知ったのなら、別行動をとって阻止しに行くのは不自然じゃないかしら? だって私は戦う力が無いんだもの。そんな事をする位なら応援を呼びに行くはずよ。そうでないと言う事は、偶然巻き込まれて助けを呼ぶ暇も無かったって事じゃないかしら」


「じゃあ、俺達が恋人同士だったっていうのは何なんだ?」


「皇帝の早とちりじゃないかしら」


 陽華が気まずそうに言う。


 微妙な空気が二人の間に漂った。それはそうだ。面識が無いのにお前らは今日から夫婦だと言われ、少ししてから実は恋人同士だったのだと言われて、やっぱり赤の他人でしたと判明したのだ。


 もはや互いにどの様に接して良いのか分からない。


「ま、まあ。今はその事を考えるのはよそう。戦いに集中だ」


「そうね」


 気を無理矢理取り直して閃月と陽華は、霊廟の前に進んで行った。霊廟は石造りの小さな建物だが、その内部は地下に通じているはずである。そしてそこには千体を超える僵尸が眠っているはずなのだ。


「やはり蚩尤はこの中だな。霊廟の扉が壊されている」


 霊廟の入り口は分厚い鉄製の扉により閉じられていたのだが、強い力により無残に変形していた。人間にはこの様な事は出来ない。蚩尤の仕業だろう。


「まずいわね。この霊廟には一万人の遺体が安置されているらしいわ。ほら見て。慰霊文がそこの石碑に書かれているの」


 陽華が霊廟の脇に立っている石碑を指し示した。人の背丈ほどの石碑には、疫病により無くなった者への哀悼の言葉が刻まれていた。万代宮の中だけで一万人もの文官や武官、下働きの者達が無くなり、ここに葬った事が記されている。これはつまり、それだけ多くの僵尸が眠っており、蚩尤が器とできる肉体が多いという事を示している。


「疫病が蔓延した経緯も書かれてるわね。皇帝が国境を脅かす異国を防ぐための遠征に行き、それで遠征に成功したけど都に戻ってから疫病が流行り出したのね。疫病を持ち帰ってしまった可能性がある事を悔やんでいるわ。それにこの石碑の文は、当時の皇帝自ら刻んだみたいね。でないとこういう書き方にならないもの」


 民を守るために外敵と危険を冒して戦ったのに、その結果民を苦しめる事に繋がったというのであればその決断をした皇帝の気持ちはいかばかりであろう。また、ここには疫病で死んだ民への慰霊の言葉が刻まれているが、既に皇帝は代替わりしている。もしかしたら、この石碑を立てて程なくして皇帝自ら疫病により死んでしまったのかもしれない。


 なんともやりきれない気持ちが二人を襲った。

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