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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第58話「蚩尤の企み」

 雷神に頼んだ回数だけの落雷が終わり、動かなくなった蚩尤を袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)は油断なく観察した。


 外見は黒焦げであるが、中身は太古から世界の裏で暗躍し続けた神である。警戒するに越したことはない。また、器となっている人間の肉体はこれで滅したかもしれないが、神としての魂はこの程度では滅びたりするはずがない。蚩尤は今回稲妻を落とした雷公達よりもずっと神格が高い。雷神の長たる九天応元雷声普化天尊なら多少は存在に影響を及ぼせるかもしれないが、下っ端の雷公の落雷では人間の器を破壊するに留まるだろう。


「――」


「ちっ! まだ息があるか!」


 蚩尤の体が少し動いたように思えた。それは単にぼろぼろになった体が崩れ落ちようとしているだけなのか、本当に動いたのか判別するのは難しい。だが、まだ動ける可能性がある以上、放っておくわけにはいかない。止めを刺すべく閃月は金甲打岩鞭を振りかぶって突進した。例え中身が大いなる神であろうと、これだけ落雷による損傷が蓄積していれば、閃月の振るった一撃は致命傷になるに違いない。恐らくその体は完全に破壊されるだろう。


 器である体を破壊しても憑りついた蚩尤の魂が抜け出るだけで、完全に倒す事は出来ない。だが、人間の体から出てしまえば神々が手出しをする事ができる。今、万代宮の外には蚩尤討伐のために神々が待機している。閃月と陽華が蚩尤の魂を肉体から追い出した瞬間に、全軍が殺到する事になっている。


 蚩尤は本来強力な戦神であるが、不完全な復活で無理をしながら活動を続けていた。妖力を消耗した状態なら容易く神々が再封印する事が可能だろう。また、蚩尤を復活させようという人間達の一味は、生前の閃月と陽華の手によって大打撃を受け、残党も皇帝の手勢で壊滅させられている。つまり、再封印された蚩尤を再び蘇らせようという者はいないのだ。


 まさにこの瞬間、閃月の一撃が太古から続く神々の争いに終止符を打とうとしていた。


「うう……明明……すまなかった……」


「……!」


 既にまともに動けぬと思っていた蚩尤が、ある女性の名を口にした。それは、閃月にとっても陽華にとっても実に感慨深い女性の名だ。


 彼女は二人が冥界に来てから最初に解決した事件の関係者だ。裕福な家の娘だったが、悪い男に騙されてその命を落とす事になり、その無念から鬼になって冥界を彷徨っていたのである。そして、彼女を騙した男こそ、今蚩尤が憑りついている肉体の本来の持ち主である呉開山なのだった。


 かつて事件を解決した時、呉開山は反省する様子をまるで見せていなかった。その後も、墓荒らしをして金品を強奪するなど碌な事をしておらず、間違いなく悪人であった。だが、今この時、明明に対する謝罪の言葉を口にした。


 落雷により消耗した蚩尤の支配が緩み、呉開山の意識が表に出て来たのだろうか。そして死を目前にして、今更ながら懺悔の心が生まれたのだろうか。


 閃月に迷いが生じた。


「だめ! そいつが改心なんてする訳無い」


 閃月に比べて陽華の方が冷徹であった。生まれつきの性格なのか、生前に数々の恋愛小説を書き、様々な恋愛事情を収集した経験からなのか、それとも閃月よりも明明と長く話し、呉開山の本質をより深く理解しているからなのかは分からない。ただの勘なのかもしれない。だが、呉開山がこの場面でこの様な言葉を口にする訳が無いと断言できる。


 呉開山の意思による言葉ではない。それはつまり、


「馬鹿め、我がこの程度で器の主導権を失うとでも思ったか?」


 一瞬の事である。それまでまともに動けなかった蚩尤は即座に態勢を整え、閃月が反応する暇もなく強烈な拳を鳩尾に叩き込んだ。吹き飛ばされた閃月は陽華を巻き込み、木にぶつかって止まった。一抱え程もある幹が完全に折れており、その衝撃の強さを物語っている。


 これまで蚩尤との一騎討ちで消耗していた閃月も、肉体的には常人と変わらぬ陽華も強烈な攻撃を受けてしばらく動けなくなった。


「くっ、この体ももう限界か? 止めを刺してやりたいが時間が惜しい。我に相応しい器を手に入れた後、真っ先に殺してやろう。楽しみに待っているがいい」


「待て……」


 双方消耗しているが、それでも蚩尤の方が神格が高いだけに回復が早い。また、蚩尤にとって肉体は借りものの器にすぎない。どれだけ傷を負おうと、痛みを遮断して無理やり動かす事が出来る。閃月が止める間もなく、蚩尤はこの場を立ち去って行った。


「くそ、何処へ行ったんだ」


 何とか体を動かせるようになった閃月は、陽華を助け起こしながら悪態をついた。すぐにでも蚩尤の後を追い、蚩尤の目論見を止めねばならない。


「ねえ、蚩尤が向かって行ったあの方向、何があると思う?」


「それは……確かあっちには、望月塔があったはずだ。占星術に使う建物とかであまり人が寄り付かない場所だ。確か、それで反乱を企てている連中が籠っている情報を聞いたんで、確かめに行ったんだ。まさか本当にいるとは思わなかったけど」


 陽華の問いに対する閃月の答えには、生前の記憶が無意識に入り込んでいた。そこで反乱軍と相討ちになって閃月は死んだのだ。ある意味思い出深い場所である。


「そうよね。それで、その建物の近くには紅江楼という建物があるの。昔は宴会場だったらしいけど、今では焼失してしまっているけど」


 そこは、生前の陽華が反乱軍を道連れに火を付けた場所である。


「それじゃあ、そのどちらかの建物に蚩尤が復活するための何かあるって事か? だから、あの辺で反乱を起こそうとしていたと」


「あの二つの建物は少し離れて隣り合っているけど、その間にもう一つの建物があるの。それは、昔の疫病で亡くなった人たちを埋葬している霊廟だって」


 都では先代の皇帝の時代に疫病による大量の死者が発生している。それは、貴族も庶民も含めた大規模なものであり、数万を超えた犠牲者が出た。そして、この犠牲者にはある特徴があり、先日それに関連した事件が起こっていた。


「まさか、疫病で死んで僵尸(キョンシー)になった人々の体を器にして、蚩尤は復活しようとしているのか?」


 閃月と陽華は、二人してこの結論に至ったのであった。

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