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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第57話「魔を滅する雷撃」

 双方に強烈な一撃を食らわせあった後、袁閃月(えんせんげつ)蚩尤(しゆう)の戦いは接近戦へと移った。閃月が手にするのは岩をも砕く金甲打岩鞭(きんこうだがんべん)、対する蚩尤は徒手空拳だ。普通なら閃月の振るう鞭を防御する事は不可能だ。神の魂が憑りついた事によって強化されているが、元は単なる人間の肉体だ。最初に与えた閃月の一撃も、決定打にこそならなかったが怪我を負わせる事に成功している。普通なら倒れるまで乱打すれば勝利できるはずであった。


 だが、蚩尤は向かってくる鞭の打撃を身を翻して躱し、鞭の軌道を手刀で逸らし、時には自ら踏み込む事で間合いをずらし、攻撃を次々と防いでいった。


 神技ともいえる凄まじい体術である。いや、もちろん蚩尤は零落したとはいえ神である事には間違いない。だが、これ程の武術を身につけた神はそうそういない。


「元人間の癖に、中々やるではないか。冥府の小役人をやらせておくにはもったいない。今からでも遅くない。頭を下げれば我の配下にしてやろうではないか」


「冗談!」


「左様であるか。残念ではあるが仕方あるまい。ならば貴様を倒してしまうまでだ。我が戦神と呼ばれたのは何も武器を発明したからだけで無い事を、その身をもって知るがいい」


「こいや!」


 流暢に話す蚩尤に対し、閃月は短節に返答した。これが、二人の今の実力差を物語っている。蚩尤はまだまだ余裕を保っているが、閃月は既に会話に意識を割くだけの余力が無い。その事が、傍から見ていた劉陽華(りゅうようか)にも見て取れた。


 余裕そうに見える蚩尤であるが、蚩尤の神格そのものに余裕はあっても、器はそうではない。器となっている人間は呉開山という単なる小悪党であり、そう長くは蚩尤の魂を受け入れる事は適わないだろう。つまり、時間稼ぎをするだけで勝利できるはずなのだ。


 だが、実力差は明白である。このまま戦い続けたとして、時間切れまで保つ事が出来るとはとても思えない。何かの手立てが必要だ。


「胡幕、これを届けて」


 陽華は戦いの場から少し離れると、建物の陰で控えていた妖狐に書状を手渡した。胡幕は頷くと、それを咥えて何処かへ走り去っていった。


 そして陽華は閃月の戦いを見守るために戦いの場へと戻った。陽華は戦う術を持たない。今は閃月の戦いを見守る事しか出来ないのだ。二人で考えた作戦を発動させた今、その作戦が成功するまで閃月が持久するより手立てはない。


 決戦が長期化すると、閃月にも疲労が見える様になって来た。閃月は持久力が劣っている訳ではない。かつて冥府の門番たる羅刹達を、角力の連続勝負で倒した事すらある。また、先日は再生を続ける巨大僵尸を完膚なきまでに叩きのめし続けた。その持久力は並外れていると評価できる。


 だがそれは所詮人間として並外れているだけだった様だ。神の力の片鱗を見せただけの蚩尤であるが、こちらは全く衰えを見せない。次第に閃月を追い詰めていき、時折反撃を食らわせる様になって来た。それだけ、閃月の猛攻が緩んでしまっているのだ。


 閃月はじりじりと後退して行く。


「閃月! 負けないで!」


 陽華が声援を送るが劣勢は止まらない。閃月はどんどん後退していき、宮殿内に生えている一本の大木に背中がぶつかってしまった。


「折角死んでも自由に動けたのになぁ。残念だがここでお前は消滅だ。なに、お前の連れ合いもすぐに後を追わせてやろう」


 閃月を追い詰めた蚩尤は、残忍な笑みを浮かべて止めの一撃を繰り出そうと手刀を構えた。


 だが、それは出来なかった。


 手刀が閃月の喉笛を突き破ろうとした瞬間、辺りに閃光が迸り、少し遅れて轟音が轟いた。


 稲妻が蚩尤に直撃したのである。そしてそれは一撃で終わらなかった。二撃、三撃と蚩尤を襲い、さしもの蚩尤も地面に倒れ伏した。


「やったわね!」


 蚩尤が倒れるのを見た陽華は、喜んで空を見上げた。雲が殆どない夜空であり、雷が落ちるなど到底信じがたい。月光が煌々と輝く夜空には、翼を生やした人影達が悠々と空を舞っていた。


 彼らは雷公である。天の理に則って雷を地上に落とすのを役割とする神であり、その稲妻は大木を一撃で引き裂き、家屋を炎に包みこむ。また、その雷撃は邪悪な者を滅する神聖なる霊気を孕み、邪悪な妖怪には効果覿面である。そして、邪神にも威力を発揮するのだ。


「やったな。計画通りだな」


「結構お金を浪費しちゃったかしら?」


「構わないだろう。この前皇帝から更に供え物を貰ったし」


 閃月は陽華の所まで後退し、雷に打たれ続ける蚩尤を油断なく見張った。


 これが二人の作戦である。雷神は自然の法則に則って雷を地上に落とすが、例外も存在する。悪人に天罰を下したり、天の意思を人々に暗示するためなどだ。この様な理由がある場合、天然自然の法則によらなくとも雷を落とす事がある。言わば「青天の霹靂」というやつだ。


 そしてこの様にある意図をもって落雷を発生させる事について、天界に存在する雷神達の役所に要請する事も可能なのだ。仙人や修業を積んだ道士にも出来るし、冥府の様な他の役所からも出来る。更に言えば、その申請を許可するかは内容の正当性も考慮されるが、袖の下も要因となる。全く正当性が無ければ却下されるが、ある程度不備が無ければ袖の下の多寡で優先的に発動される。


 閃月と陽華は実家が葬儀の際に埋葬した大量の財産を使い、大量の雷をこの万代宮に落とす事を申請したのだ。発動に関して部下の胡幕を通じて近くで待機していた雷公に伝え、事前に申請してあった木の前まで閃月が誘導し、蚩尤に雷を浴びせたのである。


 直接生き物に命中するような落雷は、申請が通る事は稀である。だが、ある地点を指定してそこに落とさせる事は比較的通り易い。その場合、そこに()()生き物がいてもお構いなしに雷が落ちるのである。


「やったか?」


 申請した雷が落ち終わった時、蚩尤の体は黒焦げになっていた。流石に神とは言えど、これだけの雷撃には耐えられなかった様だ。

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