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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第56話「戦神蚩尤」

 袁閃月は手にした金甲打岩鞭(きんこうだがんべん)で、蚩尤を袈裟懸けに殴打した。金甲打岩鞭は修業を積んだ者が手にすれば、岩山すら一撃で粉砕する強力な宝貝(パオペイ)だ。閃月は霊的な修業を積んでいないので金甲打岩鞭の効果を十分発揮できないのだが、それでも人間の十倍はある身長の巨人を肉塊に変えた事がある。その一撃は決して侮れないものだった。


 太古の大神たる蚩尤が吹き飛び、城内に林立する建物の一つに激突した。蚩尤が衝突した壁は大きくひび割れており、常人なら確実に絶命するであろう。


 だが、脆弱な人間に憑りついているとはいえ、流石に神の魂が入り込んでいるだけの事はある。何事も無かったかのように地面に立った。


「ほう。貴様、冥府の役人の癖に、人間に入り込んだ我の体に触れられるとは驚いたぞ。神と人との世界が分かたれて以来、普通の神は人間に直接力を振るうのに制限が出来たからな」


 この事が、本来蚩尤を討伐しようとしていた神々がこの場に居ない原因である。蚩尤が普通の邪神として復活したのなら、それは神と神の関係性の話だ。問題なく戦う事が出来る。蚩尤は強力な戦神でありその戦いには多大な犠牲を払う事になるだろうが、それでも戦う事は出来た。だが、今こうして人間の体に入り込んでいる時は、直接討伐する事は出来ないのである。


 だが、冥府の鬼として神々に近い存在である閃月は、何故かこうして蚩尤を直接殴りつける事が出来た。


「簡単な事だ。この万代宮は、遥か昔――神と人とが交わっていた頃から存在し、今でも当時の空気を残している場所だ。なら、ここでなら昔と同じように神と人とが接点を持ちやすいって事だ」


「それだけではあるまい。それならば他の神も待ち構えているはずだ。他にも要因はあろう?」


「流石に察しが良いわね。そうよ。理由は別にもあるの。私達、この万代宮にお墓があって、この前からそこで神として祀られているの。だから、この宮殿の敷地内なら、少しだけ特別な事が出来るのよ」


 直接人に力を振るう事に制限を受ける神々だが、自分の管轄場所なら多少は力を及ぼしやすくなる。祈りを捧げに来た者に啓示を与えたり、その行動が良いものとなるように精神に霊力で働きかけたり等だ。ささやかではあるが、それでも自分の管轄外の人間に対してよりは、かなり影響を与える事が出来る。


 これは、二人の世話役である疫凶の発案だった。何故疫凶が閃月と陽華の墓が万代宮にあるのを知っているのか不明だが。神が直接止める事が出来ない今の蚩尤に対し、どうやって対処するかについて話し合っている時に提案してきたのだ。


 博奕的な要素がある提案だったが、効果は覿面だ。見事こうして蚩尤に打撃を与える事に成功している。


「ふっ、だからどうした。まさかつい最近まで人間だったお前らが、我に勝てるとでも思っているのか?」


 そう言い終わるが早いか、蚩尤は先程自分が叩きつけられた建物の石壁に無造作とも思える動作で手を突き込み、一抱え程もある石塊を閃月目掛けて放り投げた。


「ちぃ!」


 閃月は手にした金甲打岩鞭でそれを打ち払う。命中すれば常人なら血と肉の塊に変じさせる程の質量と速度を持つ石塊だったが、閃月はそれを砂へと変貌させた。


「ははは、やるではないか。もっとあるぞ、楽しんで行け。そら!」


「後ろに来い!」


 一つ投げただけでは飽き足らず、蚩尤は次々と石塊を投擲した。自分から攻勢を仕掛けたい閃月も、これには防戦一方となる。また、陽華は特にこれといった戦闘能力が無いため、彼女の事は庇わざるを得ない。


「ふむ。もう弾切れか?」


 万代宮の敷地内に存在する建物は、その多くが巨大であるが、決して無限ではない。蚩尤は相当な量の石塊を投げ続けたのだが、ついに手ごろな塊は無くなってしまった。


 攻撃の切れ目を見逃さず、閃月は反撃に移った。懐から一本の縄を取り出し、それを蚩尤に向けて放った。この縄は、妖縛縄(ようばくじょう)と言いこれも強力な宝貝である。その名の通り妖気を持った存在を縛り付ける縄であり、これを逃れる事は相当高位の妖怪であっても出来はしない。完全な状態の蚩尤であれば効果はないだろうが、今の状態なら十分通じる。


 たちまち蚩尤は妖縛縄に絡めとられ、動きを停止した。開幕の金甲打岩鞭による一撃は見事命中していたが、吹き飛んだと言う事は、その分相手に加わった力が傷を与えること以外に使われたと言う事だ。今度は妖縛縄で停止させる事によって、完全な威力を発揮しようという目論見である。


 だが、


「甘い! この程度の技で我を抑えられると思ったか?」


 蚩尤は妖縛縄に絡めとられたまま足を一歩踏み出して、その勢いで体を回転させた。その勢いは縄を通じて閃月にも伝わり、今度は逆に閃月が宙を舞う事になった。


「何だと?」


「まさか我の事を単なる神通力頼りの古い神だと思っていたのか? 我こそは戦神蚩尤、この世の武器やそれを扱う武術の創始者だ。お前如きの技、破るのは造作も無い事だ」


 膝を着いて着地した閃月を、蚩尤は傲然と見下ろした。


 予想以上の相手の強さに、閃月と陽華は長期戦を覚悟したのだった。

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