第52話「疑惑の恋人関係」
蚩尤を奉ずる反乱者達が、蓬王朝の禁軍に一網打尽にされてから数日経過した。その間、袁閃月と劉陽華は天帝廟や冥府での仕事をこなしていた。最近は仕事に慣れ、処理するのも容易になって来た。大事件は解決したし、良い事づくめであろう。
だが、閃月と陽華は気まずい日々を送っていた。二人は生前から恋人同士である事が明らかになった。当の本人達にその記憶は全く無いのだが、二人の事を知る皇帝がそう言っているのだから間違いないだろう。だが、だからといってこれからは、夫婦らしい関係をもって生きていけと言われてもそんな気分にはならないのだ。一応れっきとした夫婦であるが、心情は複雑である。
この日の陽華は、冥府の書庫で事務仕事をしていた。元々陽華は生前文学で名を馳せていた。芸術的な才能と事務処理の技術は違うが、文字を扱うという点では共通している。陽華は既にこの仕事に慣れ、余裕をもって進める事が出来ている。更に、今処理しているのは陽華にも関係がある事だ。
「陽華さん、こちらに資料を追加しますよ」
「はい、ありがとうございます。李蜂さん」
先輩にあたる李蜂という女性が、陽華の後ろの台車にどさりと書類を置いた。陽華が進めている仕事は、冥府でも重要な事柄である。同僚も資料集め等に協力してくれている。
「あなたが死んだ時の話も関わっているでしょうけど、あまり深く考えない方が精神衛生上良いからね?」
「はい、分かってます。それに、死んだ時の事は全然覚えていないから、読んでいてもそれ程実感が湧かないので大丈夫です」
現在陽華が調べているのは、蚩尤を奉ずる一団が起こした反乱事件に関してである。
既に生前の閃月と陽華がその企みを打ち破って冥界に送っており、その大半が地獄行きになっている。だが、今回新たにその残党が皇帝に捕縛されたため、屍人の追加が来ることは明白である。王朝に対する反乱や、その過程で何人もの人々を犠牲にしたのだ。極刑以外ありえないだろう。また、現世の人間達は認識していないだろうが、妖怪の類を操って大火災などの惨事を引き起こしたのもこの一味である。あらゆる視点で死罪は免れない。
そして、彼らが冥府に来たのならこれを裁かなくてはならない。だが、この様に相当重い罪の審判には時間がかかる。特に妖術絡みの事件はそうだ。現世では妖術で人に害を成しても裁かれないが、冥府においては違う。
加えて既に裁きを受けて地獄行きになった者達との罰の均衡性も重要だ。片や焦熱地獄に十億年という判決を受けているのに、それよりも重い罪を犯した者をすぐに蟷螂に転生させる等の軽い扱いにしては冥府の名折れである。もちろん、気が遠くなるほどの長い間屍人を裁き続けて来た十王達が、そうそう過ちを犯す事は無いのだが、公正な裁きのためには下調べが必要だ。
そのための参考資料を陽華が取りまとめているのである。既に裁きを受けた者達と、生前どの様な関係で、どの様な罪を犯していたかは重要な基準となるからだ。
その様な訳で陽華はせっせと反乱事件の経緯をまとめているのであった。死者の生前の記録が書かれている鬼籍を読み込んで行くと、細部の動きが見えて来る。彼らが死んだ時に王宮でどの様に行動していたのかが、一人一人の動きも、何時どの様に死んでいったのかも分かっていく。
閃月と陽華は冥府の役人になったため、鬼籍からは記録が抹消されているのだが、陽華が反乱者の記録をまとめていると、閃月達の動きも輪郭が見えて来る。
ある時期、反乱の企てが発覚したのか、凄まじい勢いで反乱者達が切り捨てられていく記録があった。切った者の名前は削除されているので明確ではないが、かえって誰の事かを示している。閃月は反乱に気付き、一気に制圧していたのだろう。陽華の行いも削除されているが、まさか陽華が切り殺していったとは思えない。
陽華はてきぱきと情報処理を進めていき、事件の時誰が何処でどの様な動きをしたのか、生き残った者を含めてどの様な人間関係だったのか概ね判明した。これで誰が首謀者に近いのか分かるし、妖術の心得があるのは誰なのかも明確になるので十王による裁きは迅速になるだろう。李蜂も陽華の仕事ぶりを褒めてくれた。
だが、陽華には一つの疑問が湧いて来た。閃月は数々の敵を切り倒していったが、最終的に倒壊した建物に巻き込まれて最期を迎えたのは察する事が出来た。だが、陽華はどうであろう。また、反乱者達の死因を調べると、閃月と思しき人物に惨殺されたもの以外に、焼死や転落死を遂げた者がいる。転落死は火に追い詰められたと推察出来るのだが、それでは火を付けたのは何者であろうか。
火がついたのは、王宮でも閃月が戦っていたのとは少し離れた場所である。閃月が戦っていたのは望月塔という高い尖塔であるが、火がかけられたのは少し離れた紅江楼だ。近くはあるが、別の建物であり延焼したとは思えない。また、閃月が敵を食い止めるために火を付けたとは思い難い。そして、焼死した者の中に、名前を消された誰かを殺した記述があった者がいる。この名前を消された者が、火を付けたのではないだろうか。
閃月以外に名前を消された人物には、一人しか心当たりがない。
劉陽華自身である。
陽華が閃月と別行動をして、自爆覚悟で建物に火を付けたのなら話は通じる。状況証拠的にその可能性が高い。
それでも疑問は残る。
皇帝の捧げた祭文によると、閃月と陽華は生前からの恋人同士であり、二人で反乱の事実を知ると手を取り合って反乱を鎮圧しに行ったことになっている。だが、事実関係を調べると、二人は別の所で戦っていた可能性が高い。
それどころか、二人が恋人同士であった証拠さえ見当たらない。単に同じ時期に同じような原因で死んだだけではないだろうか。
判明した事実に、陽華は困惑するより他に無かった。




