第51話「墳墓への侵入者」
蓬王朝禁軍による悪神蚩尤の墳墓における逮捕劇は、半刻とかからず終了した。元よりそれほど大きな墳墓ではなく、そこに立て籠った反乱者達の数は大したものではない。そこに千人を超える軍勢が攻め込んだのだ。一たまりもあるまい。
「しっかし、あっけない決着だったな。これだけの戦力差があったらどうしようもないけど」
「あの人たち、これからどうなるのかしら?」
縄に巻かれて連行されて行く反乱者達を見ながら、袁閃月と劉陽華がそんな言葉を交わした。
蚩尤の墳墓に閃月や陽華だけではなく都中の神々が集結したのは、反乱者達をどうこうするためではない。神たるもの生きる人間には手が出せないため、復活した蚩尤に対処するためであった。だが、禁軍は逆だ。彼らは蚩尤などという神の事など知らないだろう。いや、知っていたとしても、そんなものおとぎ話か何かと認識しているに違いない。あくまで反乱者達を捕縛しに来たのである。
そして反乱者達が処罰されるのは、蚩尤を復活させて蓬王朝を転覆させようとしたからではない。蓬王朝の法によると淫祀邪教そのものを排除する項目は無い。あくまで他の犯罪を犯した時のみその項目により罰せられる。今回の場合、彼らは内乱罪といったところだろう。そして人も何人か殺めている事を閃月と陽華は確認している。先に冥界に旅立った反乱者達の仲間の罪状は、冥府の裁きで明らかになっているのだ。
先ず確実に、死罪になるだろう。
「これで、事件は解決って事で良いのかな?」
「そうなんじゃないの? まだ生き残りがいるなら動きがあるかもしれないけど、これだけ捕まってはそうそう動けないんじゃないかしら」
反乱者達は、今日の蚩尤復活だけでなく数多くの事件を起こして来た。僵尸大量発生事件もそうだし、畢方による大火災もそうである。そして何より、閃月と陽華が死んだのも彼らのせいなのだ。生前の記憶が曖昧なため恨みが湧いてくるわけではないが、彼らの反乱を阻止した結果死んだのである。そう思うと感慨深いものが二人の胸中に湧きあがって来た。
未だ実感が湧かないが、二人は反乱を防いで蓬王朝転覆とそれに伴う民の犠牲を最小限に抑えたのである。どの様にして二人が反乱者と戦ったのかは全く不明である。何しろつい先日まで、生きていた時に面識は無かったと思い込んでいたのだ。それが、二人は協力して反乱者と戦うほどの恋人同士だったなどとは夢にも思わなかった。
今でも真実では無いのではと思いもするのだが、皇帝がそう言っているのだから間違いあるまい。
そうこうしている内に、禁軍は全ての反乱者を引き立てて去って行ってしまった。元よりこの幽鬼地区は蚩尤の妖気により人が立ち寄らない地域だ。その影響もあってか足早に撤収していく。要件が済めばこんなものである。
「私達も帰る?」
「うん。そうだな。疫凶さんに報告しないといけないからな」
この光景を見て、閃月と陽華も天帝廟に帰ることにした。既に先輩にあたる神々は帰還している。皆、自分の守る廟があるのだ。理由もなく長期不在にするわけにはいかない。神々は余程の理由が無ければ人々の願いを直接聞き届ける事は無い。だが、その存在そのものが世界の安定に寄与しているのだ。その効果は、廟に居てそれを維持している時が一番高い。つい先日都を守る土地神の廟が焼失したせいで都はおろか王朝が滅びそうになったのもそういう事なのである。
帰る途中、二人は口を開かなかった。蚩尤の復活という蓬王朝だけでなく、天界や冥界を揺るがす大事件は解決した。だが、別の問題は解決していない。
二人は冥婚により結婚した夫婦である。そのため、死んでから出会った仲であり、死んでから冥界に行くまでの間の意識が無いうちに遺族が勝手に見合いや結婚を決めてしまったようなものだと考えていた。つまり、自分達の意思ではないと言う事だ。
それが、夫婦としてはあまりに晩稲な態度に繋がり、子作りなどとてもとてもという状態だったのである。
だが、生前から面識があるどころか恋人で会ったのなら話は別だ。冥婚は二人の意思を無視しているどころか、遺族が二人の意思を尊重してくれていたという事なのだ。ならば、二人が関係を深めたとて何もおかしくはない。何せ二人は既に夫婦なのだ。
障害は無くなった。
もっとも、理性と感情とは別の話である。理性では自分達は夫婦であるし、元々恋人であったのだから、それに相応しい関係を築いたとしても問題が無いし、むしろ関係を進展させるべきだと理解している。この時代、子孫を繁栄させる事は孝行であり、一族の繁栄を思うならそうすべきだという感覚が二人にもある。だが、それでも元々恋人同士だったという実感が湧かないし、若すぎる二人には気恥ずかしい思いが強い。この様に感情面では関係の進展を阻んでしまうのだ。
普通の男女の関係なら、この理性と感情による進展や阻害は逆に働くのが常なのだが、こういうややこしさが二人にはあった。
さらに言えば、既に二人はお互いを憎からず思っているのも、複雑な心情に拍車をかけている。
さらにさらに加えて言えば、二人の世話役たる疫凶が無神経に「子作りまだ?」と挨拶の様に聞いてくるのも逆効果となっているのであった。
まあその様な訳で、蚩尤復活の事件は解決したが、二人の関係はまだまだ解決の糸口は見えない様であった。
蚩尤復活の事件は解決……それは果たして本当であろうか。
誰も居なくなった蚩尤の墳墓に、ある一人の男が入って行くのであるが、禁軍も閃月と陽華もおらず、これを止める者は誰もいない。
事件は本当に解決したのであろうか。




