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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第50話「事件解決?」

 蓬王朝の都の外れには、建物が何もない荒野の様な区画が存在する。


 都を囲む城壁の内部であり、紛れもなく都の一角なのであるが、どういう訳か建物が一切存在せず、無人地帯なのであった。都人はこの地域を幽鬼地区と呼んでおり、立ち寄る者はほとんどいない。


 正業を持つまともな市民は当然近寄らないし、守るべき市民が存在しないからこそ衛兵もほとんど立ち寄らない。そして恐るべきことに盗賊の類も住み着かないのであった。衛兵が立ち寄らないこの地域を根城にしたならば、本来悪党の活動には有利なはずである。それなのに住み着くのはおろか近寄りもしないのは、何か異様なものを無意識のうちに感じ取っているのだろう。


 幽鬼地区の中央付近には、小高い丘が存在する。草が生い茂り木がまばらに点在しているだけの貧相な丘であるが、奇妙な存在感を放っている。その丘の前に数多くの人影が集まっていた。


 彼らの多くは官服や道服を纏っており、青年から老人まで多種多様である。その先頭には、まだ少年少女と言っても良い二人が立っていた。


 袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)である。


「え~、皆さま。この度はお集まりくださり、大変ありがとうございます」


「気にするな。蚩尤の復活は、都に大きな被害をもたらすであろう。そうなれば、我らの責務を果たせぬからな」


 閃月の挨拶に、集まった者達の一人が答えた。


「都中の神様に集まっていただけると、大変心強いです」


「うむ。例え古の戦神として名高い蚩尤であろうと、これだけ集まれば倒せるに違いない」


「もうそろそろ復活するかもしれぬ。陣形を整えようぞ」


 閃月と陽華とともに集まっているのは、もちろんただの人間では無い。都の各地に点在する廟から集まった神々や、その代行者達なのである。


 閃月と陽華は、生前に悪神蚩尤を奉ずる逆賊を成敗し、その代償として命を落とした。そしてその一団の生き残りは蚩尤の復活により王朝の簒奪を狙っている。普通なら神の復活など出来ないのだが、彼らは太古から存在する蚩尤を奉ずる集団だ。常人には真似出来ない妖術を心得ている。その妖術によりこれまで都で怪異を引き起こしていた。


 彼らの詳しい狙いを調査するのは困難を極めた。神々といえど生者の営みに介入するのは難しいからだ。だが、死者は別である。死者は冥府の管理下に置かれ、鬼籍には生前の行いが記されている。また、十王の裁きの際に生前の悪行は曝け出されてしまうのだ。


 生前の閃月と陽華に冥府に送られた者に関しても、当然鬼籍に記述があった。かなり大量にあったので調べるのは困難を極めたが、陽華やその同僚の文官達で手分けして調査を進めた。また、反乱の中核となっていた者達は罪が重く、まだ十王の裁きを受けている最中であった。そのため、十王に頼んで生前の企みを暴いてもらったのである。


 その結果、都の幽鬼地区に蚩尤の魂魄が眠る墳墓があり、その復活を目論んでいる事が判明したのである。畢方を呼び寄せて大火災を起こしたのも僵尸を大量発生させたのも彼らの仕業であった。都が混乱すればするほど妖気が溜まり、蚩尤の復活を助けるためである。


 そして、今神々が集まっている幽鬼地区の丘こそが蚩尤の眠る墳墓であり、これを討伐するために大勢力が集結したのであった。


「今、蚩尤復活の儀式の真っ最中か。阻止しに行けぬのが忌々しいのう」


「仕方ない。いかに妖術の儀式とはいえ、それを成しているのは生きている人間。神の身で介入する訳にはいくまいよ」


 神々が墳墓の外で待機したままなのは、この様な事情があった。都に危機が迫っている事を明らかにした閃月と陽華は、都中の神々にその事を伝達した。蚩尤は強大な力を持つ神である。とても二人だけの力で解決できるとは思えないからだ。本当は復活する前にそれを目論む者を何とかしたいと考えていたのだが、相談した神々もそれは出来ないとの返答だったのである。だが、こうして蚩尤そのものには全力で対処してくれることになったのだ。


 集まった神の中にはかつての蚩尤との戦を知る者もおり、その時の経験からするとこれだけの勢力ならば確実に勝てるだろうとの事だ。


 決して安心し切って良いわけではないが、少しは心に余裕が出来る情報である。閃月と陽華は多少緊張しながら、蚩尤の復活に備えて待機した。


 一刻もしない内に蚩尤が墳墓から出てくるはずであった。だが、


 それ程時間が経たない内に、墳墓に向かって多数の人影が近づいて来た。増援の神々ではない。生きている人間だ。しかも、良鉄で出来た鎧で身を固めている。この都でこれだけの武装をした集団は一つだけである。


 皇帝の近衛部隊たる禁軍である。


 千人を軽く超える軍勢が蚩尤の墳墓の周囲を取り囲み、その内の一団が入り口の中に入って行った。


 そしてしばらくすると、中から禁軍の兵士達が再び姿を現した。彼らは手に縄を持っており、その縄の先には道服や鎧を着た男達が捕縛されている。


 この光景を見ていた神々はあっけにとられた。蚩尤の墳墓の中で捕らえられたと言う事は、この男達の素性は明らかである。


「もしかして、復活の儀式が成功する前に軍隊が阻止したって事なのかしら?」


「だよな。多分変な連中がこの地区に入って行ったとかの通報があったんだろう」


 通常この幽鬼地区に人が近寄る事は無いが、それはあくまで蚩尤の妖気により無意識で避けてしまうだけだ。怪しげな一団があるとかの情報があれば、断固たる意志をもってそれを軍隊が捕まえに行く事はあるだろう。しかも、最近反乱騒ぎがあったばかりなのだ。警戒して大軍を繰り出しても可笑しくはあるまい。


「儀式が成功してないって事は、我々がする事は何も無いって事になるな」


「なんと馬鹿馬鹿しい……」


「そう言いなさんな。戦いにならずに済んで良かったではないか。何せ相手はあの蚩尤だったんだぞ」


「そうそう。何よりも人間達が自分達の手で解決した事は、喜ばしいではないか」


 強敵との決戦が期せずして無くなり、緊張が一気に緩んで白けた空気が流れたが、決して悪い事ではない。戦わずに済むのであれば実に結構な事だ。


 人間達が解決したのなら、もう神にやる事は無い。自分達の担当する廟もあるため、解散する事になったのであった。

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