第49話「蚩尤の系譜」
皇帝が天帝廟を立ち去った後、袁閃月と劉陽華は冥界に戻り、冥府にある疫凶の執務室を訪れていた。
天帝廟に二人の事を知る者が祭祀に訪れる様になり、生前の事の片鱗が明らかになったからだ。特に皇帝が捧げていった二人を称える祭文には国を守るためにどれだけ尽くしたかが書かれていた。
そして何より驚くべき事は、死後に冥婚によって婚姻関係になり、生前は面識が無かったはずの閃月と陽華は本来恋仲であったというのだ。生前の記憶が曖昧であったため互いに初対面だと思い込んでいたのだが、実は深い仲であったのである。
「疫凶さんは、俺達が何で死んだか知っていたんですか?」
「ええ、知ってましたよ。敢えて教える必要は無いと思い黙っていましたが、その通りです。あなた達は蓬王朝を揺るがす反乱を未然に防いだのです。その功もあるからこそ、死後の裁判を省略して冥府に仕える事が許されたのです。あなた達の力が無ければ、罪なき者が大勢死んでいた事でしょう」
「それで合点がいきました。前に閻羅王に会いに行った時、途中で私達に恨みのある亡者たちがいました。あの者達が反乱者で、私達に食い止められたのですね?」
「その通り。反乱自体もさることながら、大きな犠牲を民に出すような事を企てた事が罪だったので、あれ程罪の重い者が裁きを受ける区域にいたのです。まあ、全く反省は無かったようですが」
閻羅王の宮殿で裁きを受けるために列を成していた亡者たちは、甲冑を纏っていたり官服を着用していたりと多種多様であったが、そのいずれもが地位の高そうな意匠の物を身につけていた。これは反乱を企てた一味が、朝廷でも高位に位置する文官や武官によって構成されていた事を意味する。もしも閃月と陽華が反乱を阻止せねば、皇帝の命を奪い、戦果は蓬王朝全土に広がったかもしれない。
権力争いの是非はともかく、それで犠牲になる民の痛みは防がなくてはならない。
「その者達は、俺達に『やはり繋がりがあったのか』と言ってきてました。つまり、俺達は生前から知り合いだったと言う事なんですね?」
「ん?」
生前の事に関して判明した「二人は命を犠牲に反乱を防いだ功労者」、「二人は生前から知り合いであった」の二つの内、後者に関しても疫凶に確認のため尋ねた。確認する内容が「恋人同士であった」と直截的な表現でないのはやはりまだ気恥ずかしいからだ。
だが、疫凶の反応は微妙であった。まるで突拍子も無い事を聞かれた様な反応である。
「あれ、違うんですか? 皇帝陛下が捧げて行った祭文の中身からすると、そういう事なんですが」
「さあ? 私はそこら辺はよく分かりませんね。まあそういう事ならそれで構わないじゃないですか。じゃあ折角ですから子作りでもされては?」
「何が、じゃあなのかよく分かりませんけど?」
「それに、それどころではありません。私達が反乱を防いだという事を手掛かりにして調べてみたら、僵尸や畢方を使って現世を混乱させようとした事件の事が少し分かって来たんです」
「ほう? そうですか」
畢方による都の土地神を喪失しかけた事件や、僵尸の大量発生で生者が虐殺されそうになった事件は、いずれも黒幕がいると目されていた。偶然などで起きる事故の類では無かったからだ。そして、これだけの大事件を起こそうとした犯人の事を、反乱を起こそうとした者達と結び付けるのはごく自然な事であった。
そしてどの様にして調査したのか。それは、以前の事件で調べた鬼籍をあたったのだ。
鬼籍には生前の行いや死因等が書かれている。閃月と陽華が反乱を阻止して死んだのなら、二人に関する鬼籍の近くには反乱に関わった者についての記述があるはずだと判断したのだ。思い起こしてみれば、以前調査した時に反乱を起こして死んだ者が確かに記述されていたのだ。
そして反乱者達の記録は見つかった。大半の者は単に反乱に関わった事や死因についての記述のみであるが、反乱集団の中でも地位が高そうな者には更なる記述があった。
「どうやら彼らは、蚩尤という神を奉ずる一族を中核としているようです。その事を知らずに反乱成功後の栄達を目的に参加している者もいますが、その母体は蚩尤の一族です。その蚩尤と言うのがどの様な神なのかは分かりませんでしたが」
閃月と陽華の記憶には、蚩尤などという神は存在していなかった。もしかしたら、反乱集団の一族がでっち上げた架空の神なのかもしれないのだが。
「なるほど、蚩尤ですか」
「疫凶さん、知っているのですか?」
「ええ、多少は。蚩尤は蓬王朝の何代も前の王朝の頃から存在する神です。ちょうど神の時代から人の時代に移り変わろうという混沌とした時代において、天下を手中に収めんと暴れ回ったようです。最終的に敗れたようですが、その血を受け継ぐ者は度々歴史の中で暗躍してきました。おそらく何らかの呪術が太古から受け継がれているのでしょう。だから、最近の事件で様々な怪異を操れたのです」
疫凶は蚩尤に連なる者達がこれまでどの様な事件を起こして来たのか語った。その中には一つの王朝を滅ぼしたものさえある。単なる敗北者の末裔と侮る事は出来ないようである。
そして、これは冥界や天界としても対処せねばならないと、重々しく結論を述べたのだった。




