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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第48話「救国の夫婦」

 袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)の管理する天帝廟を突如訪れたのは、蓬王朝を統べる皇帝その人であった。


 蓬王朝は、神代の時代から数多く存在した歴代王朝の中でも最大版図を築いている。また、同時代に存在する世界中の国家を見渡してもこれ程繁栄しているものは、領土の広さをみても経済的発展をみても類を見ない。


 言ってみれば天帝廟を訪れた皇帝は、人類史において空前絶後の富と権力を手にした者なのである。


 二人が管理する天帝廟は、最近の怪異退治でその名を高めたものの、言ってみれば単なる都の片隅の薄汚い廟だ。隣の地区には同じく薄汚くはあるものの、実は都の土地神であり原初の時代の頃から存在する神を祀るという極めて重要な廟がある。それとは違いこの天帝廟は本当に大した事のない廟だ。天上を統べる天帝を祀ってはいるが、この天帝廟は別に全国の天帝廟を統べる存在ではない。


 この様な所に皇帝が来る理由は、どこにも無いはずなのだ。


 困惑する閃月と陽華を尻目に、皇帝である事を示す竜のあしらわれた黄色の衣を来た青年は廟の中に進み出て祭壇の前まで来ると、二人の書かれた肖像画を見ておいおいと泣き崩れた。号泣していると言った方が適切であろうか。


 皇帝とは天の意思を体現した者である。そのため皇帝は自分の心を露わにする事は稀である。時折心のままに振舞う皇帝も現れるのだが、それは大体において暴君である。


 それがこの様に感情を露わにするのはどうした事か。

 

 しばらく皇帝は泣き崩れていたのだが、それを見かねた家臣団が抱きとめ、何とか落ち着かせようとした。残念ながらそれは果たせずかえって興奮させてしまい、皇帝は振り払おうとして暴れ出した。手に負えないと感じたのか家臣団は屈強な近衛兵を呼び寄せて、強引に引きずって廟の外に連れ出してしまった。


 閃月も陽華もあっけに取られてその光景を見ていたが、驚くのはこれからであった。皇帝は強制退場したが、家臣団の一部は残っていた。そして残留した家臣団の長らしき者の合図で、廟の中に大勢の荷物を抱えた男達が入って来る。その腕には様々な宝物が抱えられており、たちまち天帝廟の中が宝物で一杯になる。


 小汚い建物には不釣り合いであろう。


 そして最後に祭壇の上に一巻の巻物を捧げると、一斉に一礼して出て行ってしまった。廟の中に静けさが戻って来る。まるで嵐の後の様だ。


「一体何だったんだ?」


「今の、皇帝陛下でしょ? よほどあなたの事を気に入ってたのね」


 閃月は生前高位の将軍だった様である。当然皇帝とも面識があるはずだし、若くして武官としての高みに昇ったのだ。実力もあったのであろうが、それも皇帝の寵があってこそだろう。


「と言われても、全然覚えてないんだよな。今も皇帝陛下の顔を見たけど全然思い出せないし。もしかして、皇帝陛下と面識があるのは、俺じゃなくてそっちじゃないのか?」


「それは無いでしょ。そちらは宮仕えで、私は単なる商人の娘だったらしいじゃない。執筆活動で有名だったらしいけど、いくら小説で名が知られても皇帝陛下と会う機会なんてないでしょ」


 陽華の言う事はもっともである。皇帝の住まう宮殿には女官も大勢勤めているが、家臣として緊密に皇帝とやり取りする可能性があるのは文官や武官の方である。そして基本的に女性はその様な官職に就く事は無い。


 そして最近でこそ小説は下層民を含めて大いに流行しているが、文学の世界では下に見られる事が多い。士大夫階層でも実は小説の魅力にのめり込み、こっそりと執筆している者もいるのだが、表だって活動する事は無い。偽名を使って作品を発表する者すらいるくらいだ。皇帝は表の世界の中でもその最上位に位置している。その皇帝が小説と関わるなどあろうはずがない。つまり、皇帝が陽華の事を知っているはずがないのだ。


「閃月様、この巻物随分太いですね。何をそんなに書き連ねているのやら」


 胡幕が捧げられた巻物を手にして言った。神に捧げる文句とは、美辞麗句を書き連ねて大げさなものである。おそらくその類いの大して意味の無い言葉が延々と描かれているに違いない。そう思って閃月は胡幕から巻物を受け取った。興味は無いが、生前に自分と面識があったらしい皇帝が、数々の供え物と一緒に置いていったのだ。読む義理がある。


 だが、閃月は手にした巻物に題名として『救国の英雄 袁閃月 劉陽華 夫妻』と書かれているのに気付いた。この救国の英雄という単語は、閃月のみならず陽華の事も示している。将軍として軍を率いていた閃月ならともかく、陽華が救国の英雄とは一体どうした事であろう。


「何か、心当たりある?」


「ある訳無いじゃない。私は戦えないし、多少学問を齧っていても学者とは違うんだから」


「だよな」


 題名だけ見てあれこれ論じていても仕方がない。閃月は巻物を広げて中身を確認することにした。そこには予想通り閃月や陽華を称える美辞麗句が並んでおり、内容が中々頭に入ってこない。


 だが、何とか読み進めてみると、閃月も陽華もこれまで予想していなかったある事が記述されていた。


 深い愛情で結ばれていた恋人同士である袁閃月と劉陽華が皇位簒奪を目論む逆賊の陰謀を嗅ぎつけ、その企みを阻止したものの二人して命を落としたというのである。


 閃月と陽華は驚愕した。お互いに死後に初めて出会ったと思っていたのだが、実は生前に恋仲であったというのだから。

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