表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
48/62

第47話「神作家 劉陽華」

 袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)の生前の素性が明らかになった頃から、天帝廟に捧げられる願い事の種類に変化が生じてきた。


 二人を夫婦神として扱い、良縁や子宝への願いが多いのは前からであるが、新たな願い事が増えて来たのだ。


「『袁将軍、今度辺境地域の警備隊に配属される事になりました。将軍にあやかり是非武運に恵まれますように。錦鳥地区の住人、陳卓より』ふむ」


「閃月様、こちらには、『来月行われる御前試合で、袁将軍の様に優勝させてください。禁軍校尉、班旋より』だそうです。この地区の外からわざわざ来たようですね。供え物もかなり多いですよ」


 部下達の報告を受けながら、閃月自身も願い事に目を通した。最近増えた願い事には閃月に対して名指しのものがあり、その多くは戦いに関する事である。閃月は生前、驃騎将軍という高位の将軍位にあったようだが、この様な願い事が集まって来るあたりどうやら相当な実力者であった様だ。家柄で高位の役職を得る事もあろうが、その様な者がこれ程の信仰を集めるとは思えない。


「そっちも願い事来ているんだろ? やっぱり商売関係か?」


 人々の願い事が個別に届くようになったのは、なにも閃月だけではない。陽華にも届く様になった。だが、どうやら軍で功績を立てた高名な将軍であった閃月と違い、陽華はあくまで豪商の娘にすぎない。その豪商の娘という立場すら想像のものであるが、陽華個人に対して願い事が届けられる理由としては今一つだ。


「えーと、ちょっと違うわね」


「そうなのか? ならどんな願い事なんだ?」


 商売関係とは違うらしい。この蓬王朝が支配する社会において、女性の社会進出はまだまだである。もちろん、農村部では重要な働き手だし、都市部でも服飾関係等様々な分野を支えている。だが、それはあくまで裏方や下働きであり表立って活躍しているとは言えない。陽華が学問や詩歌、絵画に優れている事は閃月も理解しているが、だからといって生前に名が知られる程の活躍をしていたとは思えないのである。


「ちょっと見せてくれ『陽華様、締め切りに間に合いますように。助けて下さい。何でもします。『蓬都酒楼夢譚』作者、魏桃より』……何だこれ?」


「閃月様、こちらには『むかつく版元に呪いをかけて下さい。楽光より』……どういう事でしょう?」


 この他にも陽華への願い事は沢山あったが、「話の続きが思いつきません」だの「『後宮探偵 趙山東』は私の『宦官探偵 曼征路』の盗作です。あいつの作品を絶版にして下さい」だの、文学に関わる事ばかりだった。


「もしかして、生きてた時、小説家だったのか?」


「そうなのかもしれないわね。あまり覚えていないけど」


 以前陽華は都の恋愛小説事情について詳しく語った事がある。閃月はそれを聞いても恋愛小説に興味が無かったのでその後忘れていたのだが、願い事を見るにどうやら陽華は相当名が知れた作家だったのだろう。


 蓬王朝は平和が長く続いた事により、それまで詩歌が主流だった文学に小説という分野が発展してきている。それまで文学とは士大夫が天下国家を語るものであったため、俗な話を書き連ねる文章は小説と呼ばれて軽んじられていたのだが、面白いものは面白い。しかも金になる。そのため最近はかなりの小説が出版されるようになっていたのだ。


 そして、士大夫層が敬遠していたからこそ女性作家が相当数活躍しており、当初は男性向けの軍記物や神怪小説が多かったのが、女性の視点を盛り込んだ恋愛小説が流行したのである。女性の視点とは言うが、男性が読んでも面白い作品が多い。なので、この小説の流行は女性による社会進出に大いに影響を与えていたのであった。何しろ文学なら女性が裏方に回らず主体的に活動出来るのである。もっとも、小説に興味が無かった閃月はその辺の事情を全く知らないし、陽華も記憶が欠落している。


 それにしても、美しい筆致で綴られる文学作品であるが、陽華への願い事の内容を見るに裏ではかなりどろどろした世界が広がっている様である。まあ人間の営みとはそういうものであろう。


「これは願い事じゃないけど『劉陽華先生の『星帳棺』には勇気を貰いました。今生きているのは先生の作品のおかげです』だってさ」


「読者からの感想みたいね。自分で何を書いていたのか思い出せないのが残念だわ」


 願い事を捧げている作家は、どうやら女性作家が多い様だが読者層は老若男女を問わず、実に幅広い。生前は相当流行した作家だった様だ。


「うん? なになに『『碧宮憂旬譚』の最後で皇帝が丞相ではなく皇妃を選んだのは納得できません。神になったのなら、版元の夢枕に立って書き直して出版する様にして下さい』……???」


 閃月は自分の読んだ内容が理解出来なかった。これまでの歴史で皇帝や丞相に女性がついた事は無いはずだ。なのに、何故皇帝の恋愛の駆け引きの対象に丞相が入っているのだろう。そもそも、よく考えたら皇帝を題材にした恋愛小説など不敬ではないだろうか。


 陽華は生前の記憶に乏しくとも、本能的に何かを察した。


 が、特に閃月に説明する事は無かった。こういった独特の世界を門外漢に説明するのは非常に困難であり、場合によっては徒労に終わる。


 そんなある意味馬鹿馬鹿しい話を陽華達がしていると、不意に天帝廟の外が騒がしくなった。最近は天帝廟への参拝者も多くなってはいるが、これ程騒がしいのは例が無い。


 何事か、と二人は外に注意を払うと、聞き捨てならない言葉が聞こえて来た。


「皇帝陛下がこれより参拝される! 道を空けよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ