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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第4章「蚩尤の叛き」
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第45話「畢方寄せの札」

 袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)は冥府にある疫凶(えききょう)の執務室を訪れていた。二人は現世の天帝廟で管理人を務めているのだが、疫凶の手紙で呼び出されたからだ。


 閃月も陽華も天帝廟の勤務以外に冥府での職務もある。そのため、定期的に冥府を訪れるので別についででも良かった。召喚状には期限は書いていなかった。だが、疫凶には日頃から世話になっているため、即座に出頭したのである。


「よく来ましたね。別にすぐに来なくても良かったのですがね。……ところでお二人は」


「子供がどうとかいう話なら帰りますよ」


「おっと、本題はその件ではないので帰るのはご遠慮下さい」


 疫凶は冥界に来て間もない二人の世話を色々と焼いてくれている。本人は一介の獄卒を名乗っているが、時折見せる実力の片鱗、周囲の者の態度からして只者ではない。その様な実力者がある意味後見人になってくれているからか、二人は右も左も分からない冥府でも楽しくやっている。


 まあ、二人の遺族が現世から送り込んだ大量の冥銭のおかげもあるのだが、金の力だけでは限界がある。二人の人柄や仕事ぶりもあるのだが、疫凶のおかげでもあるため大変感謝している。


 だが、挨拶代わりの様に子供はまだかと言われるのは、どうかと思う二人であった。まるで、親族の集まりの際に子供はまだかとせっついてくる親類の様である。もっとも、閃月も陽華も生前結婚はしていないので直接言われてたことは無く、まだ若すぎたために見合いの圧力も無かった。


 まさか、死んだ直後に冥婚で強制的に結婚させられているとは夢にも思っていなかったのであるが。


「それで本題は、僵尸(キョンシー)の出現についてです」


「何か分かったんですか?」


 先日閃月と陽華は現世において、僵尸が大量発生した事件を解決したが、これは前代未聞の事件であった。何しろ千人を超える僵尸が白昼堂々と出現し、人々を襲おうとしたのだ。規模や状況からして異例の事である。そのため、事件解決後も冥府や天界の神々は調査をしていたのであった。


「先ず、何故麵豊地区だけ僵尸が発生したか分かってますか? 僵尸は都のあちこちに埋葬されているにも関わらず、です」


「確か、土地神様への信仰が薄れ、麵豊地区への加護が弱まったからですよね? 他の地区は担当の神様が抑えていたから僵尸は暴れなかったんでしょう?」


 疫凶の確認に陽華が答えた。まだ神様代行の初心者である陽華と閃月にとって理解しきれていないのだが、そういう事だと聞いている。


「その通り。では、何故土地神である球冠様への信仰が薄れたんですか?」


「それは球冠様を祀る廟が焼け落ちたからですよ。畢方(ひっぽう)が起こした火事で」


 火事を引き起こす妖怪である畢方は、都に大規模な火災を巻き起こした。これにより土地神の廟は焼失し、民家にも大きな被害が出た。もしもここまで大きな火災ではなく、廟だけ焼けていたならすぐに再建され、信仰も薄れる事は無かったに違いない。


 球冠様の廟の焼失と、民家の大被害という偶然重なった悲劇が、僵尸を目覚めさせたのである。


「と言う事ですよね?」


「そんな偶然、本当にあると思いますか?」


 閃月と陽華の述べた事に対し、疫凶は皮肉めいた口調で言った。


「それはどういう……」


「これを見て下さい」


 怪訝に思った閃月の問いを遮り、疫凶は机の上に何かを出した。


 それは一枚の紙である。だが、そこに何が書いてあるのか全く読み取れない。黒く炭化しているからだ。完全に焼けており、崩れ落ちないのが不思議なくらいだ。


「これは、球冠廟の跡から見つけた物です。これでは分かりにくいですが、ある高名な仙人に解析してもらいましたが、元はこの様な札でした」


 疫凶は、もう一枚の紙を机の上に並べた。こちらも炭化した紙と同じ大きさであるが、焼けておらず、文字が書いてあるのが確認できる。


「これは?」


「まだ修業を積んでいないお二人には分からないでしょうが、妖気の籠った札ですね。未熟ではあるが、効果を発揮する程度の力はあるようです。そして、この札は怪異を引き寄せる事が出来ます。例えば畢方の様なね」


「それじゃあ、球冠廟が焼失したのは、偶然じゃないって事ですか?」


「そうです。そもそもこの様な物が無ければ、畢方は土地神の祀られた廟に突入して火を放つ様な事はしなかったでしょう。自然と避けてしまいますからね」


 そしてこの類の札は、恐らく麵豊地区のあちこちに貼られていたであろうと疫凶は推察を述べた。


 閃月と陽華は事の重大さが分かった。事件はまだ終わっていないのである。あの事件が人為的に巻き起こされたものであるならば、その犯人は更なる手段に及ぶであろう。その時、これまで以上の犠牲が出るかもしれないのだ。


「そういう訳ですので、お二人は現世で勤める時はその事を念頭に置く様にして下さい。他の地域の神々にも通達は出しますが、お二人は当初から事件に関わりましたので直接言いたくてお呼びしました」


「分かりました。異変を見逃さない様に注意します」

「何かあったらすぐに報告しますね」


 閃月と陽華ははっきりと決意を述べた。二人は、これは自分達の解決すべき事件だと思っている。他の都を守護する神々は、初心者の二人よりも能力自体は高いだろう。だが、神としての経験が長いからこそ人間に対して達観してしまう傾向がある。冥府を統べる十王たる閻羅王の様に、一人一人の死人に対して心を配る高位の神もいるのだが、その閻羅王とて神々の視点における秩序を重視せざるを得ない。


 今、心から都の人々をこの事件から守ろうと必死な神々の世界の住人は、閃月と陽華だけであろう。後は、疫凶くらいか。


 二人は人間社会を守るという決意を新たに冥府を後にした。

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