第41話「土地神の廟へ」
「何なのあれ、あんなのインチキじゃない」
少し離れていたところで、袁閃月と巨大僵尸の戦いを見ていた劉陽華は巨大僵尸のあまりの不死身ぶりに憤慨していた。
閃月はその卓越した武術の腕前と、手にした得物である金甲打岩鞭の威力で巨大僵尸を肉塊に変えた。両足が千切れ、頭部が粉砕されたのだ。普通の者ならこれで終わりだろう。
だが、巨大僵尸はその身に蓄えた妖気を使い、たちどころに再生してしまった。普通の生き物は、首を刎ねられるどころか少し刺されただけでも内臓が傷つけば死亡するし、大きな血管が損傷すれば次第にその動きを衰えさせて死に至るのだ。それに比べたら巨大僵尸のこの有様はまさにインチキである。
だが、閃月は怯む様子は見せず、勇猛果敢に攻撃を継続した。いや、巨大僵尸の不死身ぶりに怯むどころかその猛攻は勢いをましている。
今度は四肢や頭を叩き潰しても攻撃の手を緩めず、その無慈悲な殴打は全身を塵に変える勢いで続いた。金甲打岩鞭はその真価を発揮すれば岩山を一撃で粉砕する威力を秘めている。未熟な閃月にはそこまでの威力を発揮する事は出来ないが、それでも肉の塊をひき肉の塊に変えることぐらいは造作もない。今度は原型を留めず、辺りは血と肉の海へと変貌した。
「まさか、なんてこと……」
ここまで徹底的な攻撃を加えても、勝負はつかなかった。血肉の海は蠢き、一転に凝縮すると再び巨人の姿に戻ってしまった。全身を原形を留めずに粉砕したのに復活したのだ。どうすれば良いのか分からず、陽華は絶望した。
「陽華! 俺がここは抑えるから、何か対策を考えてくれ!」
閃月が背を向けたまま陽華に叫んだ。巨大僵尸の攻撃をまともに受けたら、羅刹とすら正面から殴りあえる閃月の耐久力をもってしても危うい。振り向いている余裕は無いのだ。
今はまだ巨大僵尸を破壊し続ける事により優勢に見える閃月達だが、いずれはその体力も失われる。破壊と再生の均衡が崩れて再生側が勝った時、巨大僵尸を止めるものは無くなってしまうのだ。そうなればこの麺豊地区の住民は元より都中に被害が出るだろう。それだけは避けねばならない。
しかし、どうすればいいのか。
「ねえ、胡幕。何か対策に心当たりある?」
「むう。この様な事態は聞いた事がありませんから、確かな事はおもいつきませんね」
陽華は長い時を生きた妖狐の胡幕に尋ねてみたが、物知りの胡幕も流石にこの様な異常事態への対策はすぐに思いつかない様だ。
「疫凶さんに聞けば何とかなるかもしれないんだけど……」
「確かに疫凶様なら何か対策を知っていてもおかしくありませんが、その時間はないでしょう」
冥府の獄卒たる疫凶は、その獄卒という自称に反して明らかに只者ではない。冥府を統べる十王の一柱たる閻羅王から直接依頼を受けたり、他の役人達から一目置かれた扱いを受けている。その疫凶ならこの異常事態を解決する手段を知っていてもおかしくはないし、場合によっては直接強力な術を用いて退治する事すら可能かもしれない。
だが、今から冥府に行って疫凶に相談する時間は無い。それに、疫凶は冥界でも一角の人物であるからこそ現世に与える影響は最小限にするように制限を受けている。だからこそ陽華や閃月の様な新米が派遣されているのだ。
「それじゃあ雷を落とすのも無理ね。手続きに時間がかかるもの」
以前の事件において、陽華達は雷神に雷を落とさせる事を解決手段として使った。この世界に落ちる雷は雷神達が世界の法則に従って発生させているのだが、雷神達を司る天界の役所に申請することにより、意図的な雷を呼べるのである。まあその申請にはかなりの金品も添えねばならぬのだが。
雷には悪を滅ぼす神聖な力が宿っている。そのため雷神を呼べば巨大僵尸に宿った妖気も雲散霧消するだろう。
だが、それを実現するための時間が足りないという現実はどうしようもない。
「最悪の事態を想定してですが、民を避難させた方が良いかもしれません。僵尸もあれだけの巨体を維持し続けるには妖気を消耗してなければなりません。妖気が尽きるまで被害を出さない様にすれば、大きな犠牲は防げます」
「それも仕方ないかもしれないわね」
普通の人間には鬼と化した陽華や閃月の姿は見えないのだが、この妖気が充満した空間では妖怪の本性も含めて見る事が出来る。陽華や妖怪達が手分けして避難を促せば、閃月が力尽きるまでの間に退避出来るだろう。
だがその場合、この麵豊地区の街並みにどれだけの被害が出るか分からない。元々畢方によって引き起こされた火災によって重大な被害が出ていた。そこに更なる被害が出たら、再起不能になるかもしれない。そしてこの麵豊地区が再起不能になってしまったら、都を司る土地神への祭祀が途絶え、都の滅亡、ひいては蓬王朝全体が厄災に見舞われるだろう。
「あら?」
最悪の事態を思い描いた陽華は、ある事に思い至った。これは、今回の事件の根本にも関わる事である。
「胡幕。これから麵豊地区を廻って避難させて!」
「はい。ですが、その場合町に被害が出ますがよろしいですか?」
「多少はね。でも、単に時間切れを狙うって訳じゃないわ。避難場所は、球冠廟よ」
陽華が指定した避難先は、土地神を祀る球冠廟であった。




