第37話「百鬼夜行」
袁閃月と劉陽華は、錦鳥地区の墓地から町の中に出て行った。もうそろそろ日も暮れようという頃であり、通りには仕事を終えた民が帰路を急いでいる。この中の何割かは酒場にでも行くのかもしれない。
その人の群れの中に、閃月達は突っ込んで行った。彼らの後ろには、動物の姿をした妖怪達が続いている。
「な、なんだこりゃ?」
「こいつら……でか過ぎないか?」
死して鬼になっている閃月と陽華はともかく、動物形態の妖怪達の事は普通の霊力の無い人間にも見る事が出来る。そのため、都ではあり得ぬほどの動物の群れを目の当たりにした都の民は恐慌に陥った。
しかも、ただの動物の群れではない。狐、狸、犬、蛇、牛、虎、等々その種類は多種多様だ。単一の種類なら何かの拍子に群れを成して都に突入して来ることもあり得るかもしれないが、こんなまとまりのない群れなど有り得るはずはない。
加えて一匹一匹も普通の動物には見えない。彼らは皆出身動物の姿をとっているのだが、妖怪になるために気が遠くなるような年月を生きてきたのだ。それは普通の動物の寿命もさることながら、人間の寿命さえ超えるほどだ。中には何百年と生きながらえ、天地の霊気を貯め続けてきた者さえいる。どう見ても普通の動物には見えない。
神や妖怪など信じない者もこの時代には多くいるのだが、その様な者ですら何か怪しげなものを感じ取っている。
「お? 何かいい感じに騒ぎになって来たな」
「そうね。これなら皆神様に頼ろうって気になってくれるかも」
閃月達の作戦は、妖怪達を町中で暴れさせることにより人々の信仰心を呼び覚まし、焼失した土地神の廟を復興させようというものだ。この様子なら、効果は出ていると言えそうである。
「よっし、この調子ならいけるかな? 皆! 妖怪の姿になれ!」
町中に妖気が満ちてきたのを感じた閃月は、引き連れた妖怪達に怪異としての本性を現す様に指示をした。彼らは動物が生まれた時の姿ではあるが、妖怪としての本性は別にある。それは角や鉤爪を有した人間の姿であったり、翼を生やした牛の姿であったりと、超常的な外見をしている。
普通の人間にはこの様な妖怪の事を見るのは難しいのだが、強い妖気が満ちている環境なら話は別だ。以前閃月達は水落鬼という妖怪が生前の恨みを晴らさんとして人間を襲った事件を解決した事があるのだが、この時被害にあった人間は水落鬼の姿を見る事が出来た。これは水落鬼の妖力が並外れて強かったからだ。加えて、生前に加害者と被害者であったという縁があったからでもある。
ここに都を練り歩く妖怪達は、水落鬼に比べたら低い妖力しか持っていないが、何しろ数が多い。この場に満ちる妖気は、人里離れた幽玄な山奥に匹敵するだろう。
つまり、妖怪が見えやすい環境が整っていると言う事だ。
「ぎゃあぁぁ! バケモンだ!」
「逃げろ、逃げるんだ!」
「か、神様、どうかお助けを……」
閃月の読みは当たり、効果は覿面だった。妖怪の姿を目の当たりにした都人達は、叫びながら逃げ出したり、放心状態になってその場にへたり込み、神への祈りを捧げ始めたりした。
誰一人平静な者はいない。
「よっしゃぁ。楽しいなぁこれ」
「普段こんな事出来ないからな!」
「へへっ、食っちまうぞぉ? こら!」
怖がる民を見て、妖怪達は乗りに乗っている。閃月が許さないために直接的な暴力に訴える者はいないが、予想以上の反応を得られて十分満足しているようだ。いつもは単独行動をしているため、ここまでの反応をされる事は無いし、上手く脅かす事が出来たとしても修業を積んだ道士や仙人が聞きつけてやって来て、退治されかねない。今回は閃月が冥界や天界に事情を話しているため、直接生命を脅かさなければ特に罰せられる事は無い。都付近に住まう仙人にも通達がいっているはずだ。
天界や冥界と繋がりがない、まだ未熟な道士が騒ぎを聞きつけてやって来る可能性はあるのだが、それは問題無い。未熟な道士であれば閃月が打ち倒すことは容易いし、ある程度修業を積んだ道士なら閃月と言葉を交わす事も可能だ。そうなったとしたら、この事件の根本的な事情を伝える事が出来るので、それはそれで解決するのである。
「天帝廟まで着いたな。ここから進路を変更して麵豊地区に向かうぞ! 絶対に天帝廟の敷地に入るんじゃないぞ!」
天帝廟の前まで来て折り返すのは、妖怪達が神を祀る廟に入れなかったという演出のためだ。もしここで妖怪達が天帝廟に入ってしまったら台無しである。神など頼りにならないと思われてしまったら、どれだけ妖怪達が暴れても、土地神の廟を再建させようとは思わないはずだ。
「ねえ。何か感じない?」
麵豊地区に向かう最中、陽華が閃月に不安そうな面持ちで話しかけた。
妖怪達の群れを引き連れて大通りを進んでいると、恐慌に陥った民の騒ぎ立てる声が響いてうるさいのであるが、精神を集中させてみると確かに何か妙な感じがする。
「妖気が、これまで以上に高まっている?」
あちこちの妖怪に声をかけ、その中には行進の開始に間に合っていない者もいたはずであるが、多少合流したところでこれだけ妖気が高まるのは解せない。
警戒を強めた閃月は、懐から宝貝の鞭を取り出して備えた。




