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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第3章「天帝廟の怪異」
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第36話「変化祭」

 都の外れの地域である錦鳥地区の墓地に、袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)は揃って立っていた。


 いや、二人だけではない。彼らの目の前には、異形の集団が集っていた。


 一見人間の様に見えるのだが、その瞳が猫科の様であったり、口から牙がはみ出していたりする。とても普通の人間には見えない。これらはまだましな方だ。甚だしい者は長い鉤爪を有していたり、肌には鱗が見えていたりする。


「ご主人様、声をかけた者は大体揃ったようです」


「そうか、ご苦労。まだ到着していない者は、これから来るのか?」


「さて? 妖怪、とりわけ私たちの様に動物から変化した者達は、人間の様に定刻に間に合おうという概念に乏しいのでして。これだけの者達が約束通り来ただけでも重畳かと」


 そう。閃月達の目の前に集っている者達は、皆妖怪なのである。


 彼らは閃月達の配下の狐の胡幕達が集めた妖怪達で、閃月が考える作戦を実行するためにこうして集まって来たのだ。


 それにしても、彼らが人間への変化の中途半端ぶりを見るに、完全に擬態している胡幕、李侠、梵盆立ち天帝廟に仕える妖怪の能力の高さが伺えるというものだ。


「しかし良いのか? これからこの者達を都で()()()()()()()()()。問題になったりしないのか?」


 狸の李侠が少し不安げな面持ちで問いかけて来る。それもそうである。無闇に暴れる妖怪は、天界から派遣された神将などに対峙されかねない。そこまで大事にならなくとも、ここに居るような低級の妖怪であれば、人間社会にいる高位の道士であったり、都に点在する廟を司る神々に討ち取られてしまう可能性もある。


「それは問題ないわ。冥府で疫凶さんを通じて、これから起こす騒ぎの事は前もって話を通しているの。だから、私たちの言う通りの範囲で暴れるなら、討伐隊が派遣される事はないの」


「それに周辺の廟にいる神様には仁義を切って来たから、こっちも大丈夫だ」


「なるほど、確かにそうでなければ、これほど大勢の妖怪がここまですんなりと入り込めるはずもありませんな」


 天界や冥界は、妖怪そのものを敵視して無闇矢鱈に討伐する事はない。だが、人間社会で大騒ぎを起こす事は良く思っておらず、これだけ大勢の妖怪が都に入り込んで来たならば、通常は何らかの対応がされるだろう。また、都に点在する廟は、神の強弱から在不在まで様々であるが、彼らも座視する事は先ずあり得ない。


 この前大火災を巻き起こした畢方(ひっぽう)の様に、誰にも止められずに入り込んで来る者もあるが、これは例外的なものだ。畢方は災害を司っているだけあって低級な様かいとは訳が違うし、通り魔的に唐突に出現して去っていくのだ。これを止めるのは容易ではない。


「それで、これから皆で天帝廟の前まで暴れながら進んで、そこから麵豊地区の土地神様の廟まで行けばいいんだね?」


「その通りだ梵盆。お前達には、皆の先導やはぐれない様に監視を頼む。あと、やり過ぎさせない様に頼むぞ。特に死人は絶対に出させないようにな」


 閃月の考えた作戦はこうである。


 先ず前提として、都の住人達に土地神の廟を再建させるように意識を仕向けなくてはならない。そうでなければ、土地神への祭祀を怠った影響で都が崩壊してしまうからだ。


 意識を変えるために、こうして妖怪達を集めて怪異を起こそうというのである。


 普通の人間達は、閃月の様な冥界の住人であったり、神々の姿を見たり声を聞く事は出来ない。だから、いくら警告を発しても誰も気が付かないのである。


 だが、ここにいる妖怪達は別である。妖怪たちは現世の存在であるため人間からも見えやすいし、特にここに居る妖怪たちは元々動物である。動物形態ならば絶対に見る事が可能なのだ。


 そして、この様な妖怪達が街を練り歩き、それを民が目撃すればどう思うであろう。


 神にすがりたくなるのではないだろうか。


 天帝廟の前まで行って折り返すのは、神の加護により妖怪たちが防がれたという風に民が解釈する事を狙っての事だ。その後麵豊地区の壊れたままの土地神の廟の周りで妖怪たちが暴れ回ったならば、これは神を正しく祀っているかどうかの差と思うであろう。


 その様に不安の種を植え付ける事に成功すれば、後はしめたものである。恐らく最低限の廟の再建を果たし、土地神のための例祭を執り行うであろう。


 このために、胡幕達に頼んで知り合いの妖怪達を集めさせたのだ。報酬は特に用意していないのだが、皆長生きしているだけあって基本的に娯楽に飢えている。普通では不可能な都で徒党を組んで暴れ回るという誘いに対して、二つ返事で応じる者が大半であった。


「よし、そろそろ出発しよう。念を押すが絶対に人に危害は加えるなよ。もしそんな事をしたならば、俺が成敗しなくちゃならないからな」


 閃月は手にした金属製の鞭をかざしてそう言った。この鞭はただの鞭ではない。金甲打岩鞭(きんこうだがんべん)という宝貝(パオペイ)で、岩山すら粉砕する恐るべき兵器である。


 素手であっても冥府の羅刹を打ち負かす閃月の武術である。これを使用したならばここに居る低級の妖怪など殲滅する事は容易いだろう。


 もちろん、わざわざ頼んで来てもらった立場だ。閃月とて妖怪達を退治などしたくはない。


 秩序などには縁の無い妖怪達ではあるが、少しだけ背筋を正して緊張が走った。そして、閃月と胡幕を先頭にして、町の中に妖怪の行列が進んでいった。

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