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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第3章「天帝廟の怪異」
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第35話「妖怪と賭け」

 現世に赴いた袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)を出迎えたのは、()李侠(りきょう)(たぬき)梵盆(ぼんぼん)であった。二人とも、長く生きた動物の変化である。


 同じ漢字なので紛らわしいが、二人は別の動物出身である。たぬきなる動物は東の海に浮かぶ島国の海中国にしか生息していない。彼はそこから旅をしてこの蓬王朝の都まで来たのであった。


胡幕(こばく)さんは今情報収集で外に出ています。呼び戻してきますか?」


「いや、いい。とりあえず、今分かっている事を教えてくれ」


 閃月達の配下である胡幕達は、代わる代わる外に聞き込みに出ていた。彼らは元の動物の姿に戻ることも出来るし、人間に変化した姿の場合常人からは姿を消す事が出来る。直接話す事が出来ないのは残念であるが、ある程度の情報収集には問題がない。


「では報告するが、あまり思わしくないな。やはり火災に巻き込まれた地域が広すぎて、土地神の廟の再建どころではないらしい。もっと被害が少なければ、再建の話が持ち上がってもおかしくなかったのだろうが」


 火災を呼ぶ怪鳥である畢方(ひっぽう)による被害はまだ尾を引いている。生活の基盤が整っていないのに、祭祀などに気を回すのは難しいのだ。


「ん? 待てよ。そもそもこの件の調査は、祭が例年通り開催できますようにという願いが子の天帝廟に届けられたからだ。なら、祭の事を気にする人もそれなりにいるんじゃないのか?」


「そうだね。聞き込みの時には、祭の事を気にしている人も結構いたよ」


「じゃあ……」


「そうなんだけど、皇帝が自分達の生活を支援してくれている状況で、祭をやると言いづらいらしいんだ」


「……余計な事を、とは言えませんね……」


 当代の皇帝はまともな政治感覚を持っているらしく、御利益などあるかどうか分からない土地神の廟の再建よりも、苦しんでいる民の救済に力を入れている。これはこれで結構な事であり、名君と呼んでも差し支えがない。


 歴史上には民を省みず栄耀栄華に浸り、その徳の無さを豪奢な祭祀によって誤魔化す暗愚もかなりの数存在するのだ。もちろんその様な暗君は死後地獄に落ちる。


 しかし、今回ばかりは話が別だ。土地神を正しく祀らねば、現世に地獄が訪れてしまうのだ。


 もしかしたら、今回の被災で朝廷から何の支援も無ければ、自分達で復興を願ってささやかながらも例祭を行ったのかもしれない。だが、ここにお上が入り込む事で、その様なある意味身勝手な行為は出来なくなってしまったのである。


「しかし、祭をしたいという人がそれなりにいるのは、救いではあるな。その人達に何とか声を上げて貰えれば解決するかもしれない」


 別に、皇帝が祭を行う事を禁じている訳ではない。皇帝の責務として民を優先して救援しているだけであり、祭祀に関しては特に口を出していない。施しを受けている側の民が、支援を受けているのに祭などをすることに気が引けているから自粛しようとしているだけなのだ。


 恐らく、民が祭をしたいので土地神の廟を再建したいと申し出ても、皇帝はそれに対して気分を害する事は無いだろうし、支援の量を減らす事も無いだろう。そして皇帝がその様な反応をする事は、これまでの治世を通じて民も頭では理解しているはずなのだが、いざとなると思い切りが付かないのである。


「となると、民の側から廟を再建させ、祭をしたいと言わせれば、この件は解決するのよね?」


「そうなんだけど、それをどうやるかだな」


 閃月も陽華も考え込んでしまった。最終的な解決の方向性が分かっていても、具体的にどうすれば良いのかが全く不明なのだ。こうなると、現世の人と直接触れたり話したり出来ない鬼の身が恨めしくなってくる。


「戻りました。いやあ、途中で子供達に囲まれて、抜けるのに苦労しましたよ。悪い気分じゃないんですが」


「おかえりなさい。子供は犬とか猫もだけど、もふもふが好きだからしたないわね」


 狐の胡幕が帰って来て、その労を陽華が労った。そしてそれを聞いていた閃月はある事に気付いた。


「そういえば、お前達妖怪の事は、人間は見る事は出来るんだよな」


「そうですね。この前の蘇る死体の事件の時に私が人間たちを墓に案内した様に、動物の姿の時なら人間にも見る事が出来ます」


 以前、妊娠中の女性が死亡して墓に埋められた後、墓の中で子供が生まれるという事件があった。この赤子が気になった女性が夜な夜な墓から這い出るという怪異となってしまったため、これを解決せんと閃月達は現世の人間達に墓を調べるように騒いで回ったのだが、これが全く上手く行かなかった。


 死んで鬼となった閃月達の声を聞く者は誰もおらず、最終的に天帝廟をねぐらとしていた胡幕が死んだ女性の夫を誘導してくれたおかげで事件は解決したのである。


 今回も閃月達の言葉が現世の人間に伝わらないという点では、同じ問題が起きている。そして、狐や狸の姿は人間達には見えるのは変わらないのだが、言葉は伝えられないため今回は即解決とはいかないのだ。


「ちょっと聞くけど、妖怪の姿って、人間には見えるのか?」


「場合にもよりますが、見える場合は多いですね。特に妖気が強い場所なら、確実に見えると思います」


「そうか……」


 胡幕の返答に、閃月は少し考え込んだ。自分の考えが正しいのか思案している様だ。


「どうかしましたか?」


「あなた達、妖怪の知り合いは多い?」


 閃月は考え込んだままだが、陽華が代わりに胡幕達に尋ねた。陽華には閃月が思案している内容が何となく分かっている様だ。


「そうですね。この都に住み着いている妖怪には結構顔見知りがいますよ」


「俺も、故郷の泰山には同じ狸の仲間が大勢いるぜ」


 胡幕と李侠がそう答えた。


「梵盆は、この国の生まれじゃないから知り合いはいなさそうね」


「いえ、海中国からこっちに旅して来る時に友達がかなり出来たよ」


「そうなの……だそうよ。これなら何とかなるんじゃない?」


「そうか、なら俺に考えがある」


 閃月は、この事件を解決するための一つの策を語り始めた。それは、場合によっては危険をもたらす方法で一種の賭けだった。だが、他の解決方法は何も思いつかなかったため、結局閃月の案に決まった。


 胡幕達は顔見知りの妖怪達の所に赴き、閃月達は作戦の許可をもらうために冥府に帰還したのだった。

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