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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第3章「天帝廟の怪異」
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第33話「都の命脈」

 天帝廟に帰還した袁閃月(えんせんげつ)は、すぐに冥界に戻り冥府へと向かった。


 現世の都で出会った土地神が、どう話しかけてみてもまともな反応を示さない。これをどの様に扱えば良いのか相談するためだ。本来、閃月は現世の天帝廟の一つを任されたのであるから、そこに舞い込んだ厄介事は自分の力で解決すべきである。だが、神様代行の新米である閃月にはどの様にすれば良いのか皆目見当もつかなかったのだ。


 武人肌の閃月もそうであるし、文人肌の妻、劉陽華(りゅうようか)も同じである。ここは素直に何か解決方法を知ってそうな人物の下へ尋ねに行くしかないと結論付けたのだ。


 とは言っても死後それ程経っていない閃月達には、冥府での知り合いは多くない。多少は冥府で仕事をしていたが、閃月が勤めていた冥府の門番は羅刹たち力自慢の異形達が集う職場だ。知恵を借りるのにはどう考えても適していない。


 陽華が勤めていた記録室は頭脳労働者の文官達が揃っており、こちらには期待が持てそうだが、運悪くこの日は書庫の整理や書類の虫干しをしており、総出で作業に勤しんでいる光景を目の当たりにして尋ね事をするのには気が引けてしまった。


 なお、冥界に書物に害を与える虫がいるのか、カビなどが存在するのかは不明である。


「という訳で、ここに来ました」


「いや、私だって暇な訳じゃないんですけどね」


 閃月達が尋ねてきたのは、冥界に来て初めて会った人物である疫凶(えききょう)であった。この人物、閃月達には単なる獄卒だと称しているが、冥府を統べる十王の一柱である閻羅王から直接依頼を受けたり、多くの役人達から一目置かれているためどう考えても只者ではない。


 今は疫凶の執務室にいるのだが、内装は実に凝っている事から冥府でも高官であるとしか思えず、本来新人の閃月達がおいそれと話しかけて良い人物ではない。


 だが、疫凶はどういう訳か閃月達が死んで冥界に来てから何かと面倒を見てくれているので、こうしてその好意に甘えているのだ。


「で、どうしたのです? 私としてはお二方の子どもの話でも聞きたいんですけどねえ」


 疫凶も閃月達への対応は慣れたものである。いつも通りまだ若い二人には少々刺激の強い話題を口にして混ぜっ返していたのだが、閃月達の相談を聞いている内に顔色が変わっていった。


「なんと、球冠(きゅうかん)廟の土地神様がその様な事になっていると? それは拙い。一刻も早く何とかしなければ」


「そんなに問題なんですか?」


「まだ神仙の世界に足を踏み入れたばかりで世界の法則を知らないのだろうが、言っておく。これはかなり拙い。蓬王朝を揺るがす大事態だ」


 最近死ぬまで神や妖怪などの超常的な存在を信じていなかった閃月達は、事の重要性が理解出来なかったのだが疫凶の反応から状況がかなり悪い事を察した。


 疫凶の語る所によると次の通りである。


 球冠廟の土地神は、その名も同じく球冠と言い、都がまだ小さな邑だった頃からかの地を守護してきた存在である。


 球冠は天地が混沌から生まれた時からかの地に住まっていた神であり、本来その力は絶大なものであった。


 そもそも現在都がある地域は、地相的にも霊脈の流れ的にも類のない優れた土地であり、だからこそ歴代王朝が都と定めてきたのである。


 そして、それらの王朝や都の発展を影から守護してきたのが球冠なのである。


 大々的に祀られるのは、天帝などの有名な神であったり皇帝の氏神であり、球冠は土地神でありながらそれ程目立った存在ではない。小さな邑では他に祀る存在がいないため人々の信仰が集中するのだが、都はあまりにも大きすぎるため一柱しかいない土地神の存在が逆に薄れてしまっているのだ。しかも、発展するにつれて球冠を祀った廟から離れた地域が開発され繁栄がそちらに移ってしまったため、その傾向に拍車がかかっている。


 それでも球冠は欲深な神ではないため多少は扱いが悪かろうと文句も言わずに都を守護し続けて来たし、廟の周辺の住民は祭祀を絶やさなかった。


 だが、球冠を祀る廟が焼失し、それが再建されず祭が行われないというのは大問題である。


 土地神が祀られないと言う事は、その都市の命脈が霊的に断たれると言う事だ。このままでは、確実に都は滅びてしまう。


「滅びる? あれだけ繁栄している都が?」


「どうして滅びてしまうんですか? 戦争でも起きて異民族に攻め滅ぼされるとか、その位の事がないとそうそう滅びるとは思えませんが?」


 閃月達の疑問はもっともである。


 今の都の繁栄ぶりから、土地神を祀らなかったくらいで早晩滅びるなどとはにわかに信じがたい。それに、これまで何代も王朝が代替わりしても都は滅びる事は無かった。都の価値が分からない敵が灰塵と化すまで都に攻撃を加えない限り、滅びるなど有り得そうもない。


「蓬王朝を滅ぼせそうな異民族の集団は、現在のところ存在しません。先代の皇帝が遠征に成功してますからね。それに、疫病が蔓延したりもしましたが、これも滅ぼすには至りませんでした。ですが、土地神を祀らない事による影響は、その様な理屈では言いあらわせられないものなのです」


「じゃあ、そうなった場合、蓬王朝は滅びてしまうんですか?」


 生前の記憶はあまり無いのだが、閃月達にとって蓬王朝は生まれ育った国である。それが滅亡するのはあまり気分の良い事ではない。


「いえ、蓬王朝の命数はまだ尽きないはずです。恐らく都が滅びて大きな混乱が起きるでしょうが、それでも命数が尽きるまで滅びる事は無いでしょう」


「混乱するのに国は残る、と言う事は?」


「滅びるまでの間、蓬王朝の民はじわじわと苦しみ続ける事でしょう。飢饉が起きても民に施しが与えられる事は無く、街道は整備されず流通は滞るでしょう。治水をする者は無く家や田畑は水に没し、外敵や野盗どもが集落を襲っても軍が助けに来ることはありません」


「最悪じゃないですか」


 これならば、とっとと今の王朝が滅んで、どこか別の場所を都とした新王朝が出来た方がましである。


「どこか別の場所に遷都するとか、何らかの手段はあるでしょうがそれはかなり難しいでしょうね。今の王朝はあの都を核にした統治構造を築いているので、これを変えるのはまず無理でしょう」


 疫凶の言葉に閃月達は呆然となった。まさか、この様な重大な事態が迫っているとは夢にも思っていなかったのだ。


「これは、何とかしなければなりません。私も協力しますので、お二方もこの件を優先的に対応してください」


 蓬王朝出身の閃月達はともかく、どういう訳か疫凶も蓬王朝への悲劇を回避したいと思っている様だ。この後、解決のための方法を相談し終えた三人は、それぞれの役割を果たすために冥府のあちこちに散っていった。

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