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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第3章「天帝廟の怪異」
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第31話「人々の願い」

 袁閃月(えんせんげつ)劉陽華(りゅうようか)は三人の妖怪変化出身の部下を従え、天帝廟を管理する事になった。


 管理と言ってもそれ程やる事は多くは無い。おんぼろの祠ではあるが、これを修繕する事は閃月達には出来ない。出来ないというより、やってはならないのだ。神々も管理する天帝廟であるが、それを建立したのは紛れも無く人間たちである。そして、人間たちには神々や鬼の姿を見る事が出来ない。


 この状態で閃月達が勝手に天帝廟を修繕したら、一体どうなるであろう。


 人々は何もしていないのに自動的に修復された天帝廟を奇妙に思い、これは、天界の神々の恩寵なのか、それとも狐狸(こり)のいたずらかと噂するだろう。


 なお、今の天帝廟には(きつね)(やまねこ・たぬき)も住み着いているのだが、もちろんそういう問題ではない。


 ともかく、天界や冥界といった神仙の世界と、現世の人間たちとが交わらないのがこの世界の掟なのだ。もしも何か関わるとしたら、人間が修業を積んで神仙の世界に足を踏み入れるとか、神に祈りを捧げるなどだ。逆に神々は神託であったり自然現象にその意思を込めたりと、一定の規則に基づいて行わなければならない。


 閃月と陽華の様に、死んで冥界の住人となって関わるというのも、その道の一つである。


 なので、天帝廟の仕事は基本的に人々の願いを聞くことに絞られる。それ以外にも悪い妖怪などが乗っ取りに来たのなら、それを追い払うのも重要な任務であるが、その様な事態は中々起きるものではない。


「閃月様。今日届いている願いは三件です」


「ああ、ご苦労。読み上げてくれ」


 天帝廟の仕事は、基本的に閃月と陽華が交代でする事にしている。この日は、閃月が天帝廟に来る順番であった。到着した閃月を出迎えたのは、狐の変化である胡幕である。他にも(やまねこ)(たぬき)を正体とする部下もいるのだが、今は何処かに出かけているらしい。


「では読み上げます。『おらに嫁をください』錦鳥(きんちょう)地区在住の周旋さんの願いですね」


「どうしようも無いな。俺だって生きている時に女と縁がなかったのに、どうすれば嫁が貰えるかなんて分らんぞ。この願いを届ける先も不明だしな」


 人々から願いがあった場合、神々のとる方法は大体の場合三つに分けられる。


 一つ目は、自分の能力の範疇で願いを叶えてやる事だ。例えばそこに祀られているのが水神であるなら、雨乞いの願いなどは自然現象を超えない範囲で直接叶えてやる事が出来る。


 二つ目は、関係する部署にその願いを回してやる事だ。先程の例で言えば、閃月は雨を降らせる能力など無いが、近くの水を司る神に対して直接その願いを届けてやる事が出来る。以前閃月は、雷を望んだところに落とすために雷神の役所に落雷の要請をしたのだが、それと似たようなところがある。


 三つめは、無視する事である。冗談の様であるが、実のところこれが一番多い。そもそも、現世を生きる人々の中で、神に願ったからといってそれが聞き届けられた者は極めて少数であろう。それはつまり、願いはほとんど却下されているという現実を示しているのだ。そもそも、神々が現世に過度な影響を及ぼすのは推奨されていない。それ故何らかの事情が無い限り願いが聞き届けられる事はないのである。


「分かりました。これは却下ですね。それはそうと、閃月様は奥方がいらっしゃいますから、嫁のとり方ならご存じなのでは?」


「……無駄話しないで、次いこうか」


 胡幕は閃月と陽華の二人が、死んだ後に勝手に夫婦になっていたなどと知る由もない。


「では、二つ目ですが、おや? どうもこの方は妖怪に悩まされているようですね」


「何だと? それは放ってはおけないな」


 あまり人間の暮らしに介入しない神々ではあるが、妖怪がらみとなれば話は別である。同じ超常の世界の存在として積極的に人々の安寧を守るために戦うのである。


 そもそも、閃月と陽華には普通の神々の様に何か特別な能力があるのではない。そのため、何か願いを叶えるとして直接期待されるのは、妖怪退治位のものである。


「では読みます。『最近、死んだはずの女の姿をした化け物に追いかけられたり、墓場から蘇った化け物に遭遇します。何か悪いものに取りつかれているかもしれません』」


「ん?」


 何か聞き覚えがある話だ。


「えっと、この方の住所は書いていませんが、呉開山という人で……」


「はい、次」


「え? よろしいのですか? どう見ても妖怪がらみですよ。場合によっては命に関わる事も……」


「構わん。そいつは死んでもいい奴だから」


 閃月と陽華の善悪の判断基準はかなり極端だ。そのため、悪人だと判断した場合救いの手を差し伸べるどころか、逆に止めを刺してやろうとする事すらある。呉開山は閃月と陽華の基準からすると紛れも無く悪人であり、わざわざ救ってやる価値を見出せない。


 それに、閃月の知る所では呉開山の訴えの内容は、全て解決済みである。未だに悩んでいるのは良い薬であるとすら言える。


「最後に三つ目ですが、『麺豊(めんほう)地区の例祭の成功を祈願します』ですが。これは一体?」


「麵豊地区って言ったら、この錦鳥地区から二つほど離れた区画だな」


「となると、この願いは管轄外ですね。どうされます? これも却下と言う事で処理しますか?」


 管轄外な上、取り立てて差し迫った願いではない。これは無視しても特に問題は無さそうである。


「いや、麵豊地区の神様に届けてやる事にしよう。麵豊地区の神様だって、自分の管轄地域の民が祭りの成功を祈っていると知れば悪い気もしないだろう。それに、近くの神様たちに挨拶もしたかったところだしな」


 後半が主な理由である。閃月は願いの書かれた書状を持って、麵豊地区の祠に挨拶しに行くことにしたのだった。

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