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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第2章「閻羅王の情け」
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第28話「夫婦相和す」

 劉陽華(りゅうようか)袁閃月(えんせんげつ)の視線の先には、多くの人だかりが出来ていた。


 その中心では、一人の男が女の体を抱きしめていた。抱きしめていると言っても、それほど色っぽい光景ではない。


 女は土にまみれているし、その肌には生気が感じられない。そして何より、二人の間には赤ん坊が挟まり、泣き声を上げているのだ。


 だが、これは仕方の無い事だ。男に抱きしめられている女の名は孫鈴と言い、既に死んでから何日も経過しているのだ。生気が感じられないのは当然の事なのである。


 周囲で彼らを見守る者達の中の幾人かが、体を拭くための布や赤子に飲ませるための牛の乳を持って来ている。孫鈴が埋葬されてから幾日か経っている。埋葬後に出産された子が、何故生きているのか彼らは不思議そうにしているのだった。


 まさか、冥界から毎夜蘇った孫鈴が墓から這い出て、冥銭で乳を購入して赤子に与えていたなどど、想像出来る者はおるまい。


「良かったわね。これで、孫鈴さんも現世に戻って来ることは無いでしょ」


 陽華が少し目を潤ませながら言った。


 孫鈴は母親としての本能で、我が子を助けるために現世に舞い戻っていた。だが、これは冥界の掟を破る行為であり、このまま続けば本来彼女には有り得ない程の大きな罪を背負ってしまい、地獄で苦しむ事になりかねなかったのだ。


 それを何とか回避できたのだ。後一日遅れていたならば手遅れであったし、最後は運に助けられた。


「ケンッ!」


 陽華達のそばで、一匹の狐が誇らしげに鳴いた。孫鈴の事を知らせるために、現世の人間たちに何度となく話しかけた陽華達だったが、死んで鬼となっている彼女らの言葉を聞ける者は誰もいなかった。


 この狐を除いては。


「お前には、何か礼をしなければな。冥府で掛け合ってくるから、ちょっと待っててな」


 狐に礼を言い終えた陽華達は、任務の成功を報告するために墓地を後にした。目指すは冥界との通路になっている天帝廟である。そこをねぐらにしている狐も二人に続く。


「あの二人、本当に愛し合っていたんだろうな」


「そうね。だからこそ、二人の愛の結晶の赤ちゃんの事が気になって、ゆっくり死んでられなかったのかもね」


 しばらく墓穴に眠っていた孫鈴は、既に腐敗が始まっているため、お世辞にも綺麗な状態ではなかった。夜に蘇っていた時は、不思議な妖気の力で外見を保っていたのだが、実態はかなり不気味であった。だが、孫鈴の夫はそんな事をお構いなしに抱きしめていた。


 これ程までに愛していた妻を、再び失う事になる彼の気持ちはどんなものなのだろうと、陽華達は少し心配になった。喪失感で再び仕事が手に付かなくなったり、最悪後を追ったりしないのだろうか。


「でも、きっと大丈夫よね。今あの人には、守るべき存在がいるんだもの」


「そう信じたいな。いや、きっとそうだな」


 生まれる前に、妻と共に死んでしまったと思っていた我が子が、実は奇跡的に生きていたのである。きっと、強く生きてくれるだろうと信じることにした。


 それにしても、夫婦や親子の絆がこれ程強いとは、陽華達はこれまで考えた事も無かった。なにしろ、家族への思いのために世界の法則さえ捻じ曲げて、現世に帰還してしまうぐらいなのだ。


 陽華達には生きていた頃の記憶があまりないのだが、おそらくここまで強く家族の事を思っていたとは信じられない。それとも、子が親を思う気持ちは、親が生まれた時から存在しているため当たり前に感じてしまうため、これ程激しくはならないのであろうか。


 そう言えば陽華達の両親達は二人を埋葬する際に、皇帝の葬儀に匹敵する程の財物を捧げたらしい。だからこそ、陽華達は銭の力で冥府に仕える事が出来ているのだ。それ程強く彼女らの親は陽華達の事を愛していたのだろうか。


 家族の絆と言えば、陽華と閃月はれっきとした夫婦である。死後に両親達が冥婚により二人に婚姻関係を結ばせ、冥界でもその様に帳簿を処理している。


 生前は面識も無く、そのため愛情などもともと存在しなかった二人の関係であった。


 今ではどうなのだろうか?


 武人肌で野外活動の経験が多い閃月と、文人肌で箱入り娘の陽華では、育ちも嗜好もまるで違う。だが、死んで冥界に来てから二人は、事件解決のために共に行動し、時には共に笑い、怒ったりした。


 今ではお互いの事をどう思っているのであろうか?


 期せずして帰路についた二人は、同じ様な事を考え、自問自答していた。


 二人が生前暮らしていた蓬王朝の社会では、恋愛結婚は稀であり一族同士の関係を深めるための婚姻が主流である。だが、恋愛結婚でないからといって夫婦が不幸だとは限らず、結婚後に深い愛情で結ばれる者も多い。


 そう考えれば、死んでから知り合った二人であっても、不思議な縁により夫婦となったからには相和すのが良いのかもしれない。


 冷静に互いの事を評価したならば、それぞれの武芸や芸術の才能は尊敬に値する卓越したものだ。それに、人格だってそう悪いものではない。


 彼女らはまだ十代半ばであるため男女の仲には疎く、素直に異性に接する事が出来ない面がある。だが、そろそろその様な子供じみた真似は卒業する時が来たのかもしれない。


 そんな事を考えている二人は、天帝廟から冥界に通じる通路を通り、自分達の屋敷に戻った。


 任務完了の報告を閻羅王にしたならば、今夜は少し心を割って話し合うのも良いかもしれない。


「おや? よくぞ戻られましたね。その様子だと成功したようで何よりです。お疲れでしょう。今日は私の方から閻羅王にこの件を伝えておきますので、ゆっくり休み、何なら今晩は子供でも作られてはいかがですか?」


 屋敷に戻った陽華達を、冥府の獄卒である疫凶(えききょう)が出迎えた。


 二人を労う前半の言葉はありがたいが、後半の言葉は余計なお世話であった。疫凶は屋敷からたちまち叩き出されてしまう。


 そして、何となく気まずくなった二人の関係の進展は、ひとまず保留になってしまったのである。

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