第27話「天帝廟の狐」
結論から言って、劉陽華と袁閃月の作戦は失敗した。
彼女らは雷神に頼んで意図的に落雷を発生させる事で、孫鈴の墓に異常がある事を生者達に知らせようとしていた。しかし、同時に周囲で大火災が発生してしまったのだ。これにより、この辺りに住む民たちは消火活動や避難に追われ、墓地の異常どころではなくなったのだ。
しかも、雷神によって粉砕された墓の近くの木以外も炎上したため、例え火災が収まって事態が落ち着いた後に墓を訪れた者がいたとしても、墓の異変が紛れてしまっているために気付く者はいないだろう。
これも、火災を発生させる妖怪の畢方の仕業である。
雷公である田影の言によると、最近は畢方以外にもこの様な妖怪が都に発生する事が頻発しているらしく、戦乱を呼ぶ人頭の雄鶏である鳧徯や白い首と赤い足の猿である朱厭などが出現したそうだ。
そして、それらの凶兆の出現に呼応する様に、内乱が発生したのだが、皇帝の対応が適切だったらしく、早期に鎮圧されたとの事だ。
だが、それらの事は二人にとってどうでも良いことである。
今重要なのは火災によって、せっかく起こした落雷による人々への啓示を失敗したと言う事なのだ。
幸い都の官吏達や民衆の消火活動が迅速だったため、延焼は抑えられてすでに火は鎮圧状態にある。だが、再度落雷で啓示を与えようにもそれは出来ない。雷を落とすためには雷神を司る天の役所への申請が必要なのだが、今から冥界に戻ってそれをしていては間に合わないだろう。
今、陽華達で何とかしなければならないのだ。
「そういえば、神を祀る神聖な場所だと、神通力の無い普通の人間でも、神の声を聞ける可能性が高まるって聞いた事があるの」
途方に暮れていた陽華だったが、ふと冥府における職場の先輩が雑談で言っていたことを思い出した。陽華達の声が生者に届かないのは、陽華達が死んで鬼になっているからなのであるが、もしかしたら神聖な場所なら届くかもしれない。神の声も、鬼の声も、普通の人間には届かないという意味では同じ様なものである。
陽華達はすぐに行動を開始した。向かうのは、いつも冥界から現世に来る時に利用する天帝廟だ。
この天帝廟はおんぼろではあるが、冥界との通路を繋ぎやすい事が示しているように、由緒のある神聖な力を秘めている。
天帝廟に行くと、火災を逃れてきた人々が集まっていた。日頃廟に供え物をしにくる老婆やねぐらに使っている狐もいるのだが、いつもは閑散としている廟内が人で溢れている。
「もしもし、私の声が聞こえますか!」
天帝廟に到着した陽華達は、すぐに避難してきた人々に声をかけて回った。これだけ人が多いのなら、誰かが気付いてくれるのではないかという期待が湧いてくる。
だが、そう上手くはいかなかった。
誰に話しかけてみても、何の反応も示さない。多少確率が上がったところで、そうそう鬼の声を聞ける者など見つかりはしないのだ。
避難民の中には孫鈴の夫も混じっており、彼ならばと期待を込めて話しかけてみたのだが、何の反応も見せなかった。
また、いつも天帝廟の供え物をしにくる老婆なら、もしかしたらと考えてみたのだが……
「もしも~し。お婆ちゃん!」
「ひぃ!」
いつも天帝廟にいたために多少なりとも神通力に近い能力を身につけたのか、それともお迎えが近いために鬼の声が届いたのかは不明なのだが、確かに老婆に陽華達の声は届いた。だが、虚空から急に声が響いてきたために、度肝を抜かれた老婆はその場に卒倒してしまった。
「あ……」
周囲の者達に介抱される老婆を見て、陽華達は気まずい思いになった。幸い命に別状は無い様だが、これでお迎えが早くなったかもしれない。
悪い事をしたものだ。もし彼女が冥界に来てしまったのなら、陽華達は銭をはたいて出来るだけの便宜を図ってやらねばなるまい。
とはいえ、今は命に別状が無かった老婆に心を配っている暇はない。孫鈴の魂と、未だに墓の中で生き延びている彼女の子どもの命が危険に晒されているのである。
まだ、他に話しかけていない者は無いかと廟内を見回した陽華は、こちらを見ている視線に気づいた。常人なら鬼である陽華達を見る事は出来ない。一体何者なのか。
「もしかして、あれ」
「まさか、狐ですって?」
陽華達を見ている者、それは天帝廟に住み着いている野良狐であった。
「君、私たちの事が見える?」
「ケンッ!」
近づいて恐る恐る尋ねた陽華の言葉に対し、肯定する様に狐は鳴いた。
この狐は、天帝廟をねぐらとしていたために特別な力を得たのであろうか。
それとも、狐は妖怪に成り易いと言い伝えられているのが本当であったのだろうか。
それとも、その両方か。
真相は不明であるが、この狐だけが死人である陽華達の声を聞くことが出来るのであった。
「頼みたいことがあるの。聞いてくれる?」
狐は、頼もしそうな声でコンと鳴いた。




