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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第2章「閻羅王の情け」
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第26話「畢方の火祭」

 現世から冥界に帰還した劉陽華(りゅうようか)袁閃月(えんせんげつ)は、速やかに雷神に対する手続きを開始した。


 下っ端の雷公である田影が言っていた通り、現世における落雷は天界の雷神を司る役所が統括している。そのため、雷神達が何処に雷を落とすべきか協議する際、落雷の場所に関して要望を紛れ込ませておけば、望みの結果が得られる可能性があったのである。


 もちろん、雷神の数には限りがあるため、全ての要望が聞き届けられるとは限らない。特に、さしたる理由も無く生き物の上に雷を落とすことは、忌避される傾向にある。現世の人間たちが、天罰として悪人等の上に雷を落とすことを祈り、それが雷神達に伝わる事があるのだが、それが聞き届けられるのは極僅かである。もっとも、相手がよほどの悪人で願いが大量に届いたり、道士や仙人が正式な形式で落雷を要望する事もあり、全てが却下される訳ではない。


 であるが、今回の陽華達の要請は簡単に聞き届けられた。


 陽華達が落雷を要請しているのは、冥府から与えられた任務を果たすためである。そのため、要請については冥府からの正式なものと同様に扱われているのだ。特に今回の陽華達の任務は冥府を統括する十王が一人、閻羅王の意向により命じられているものである。役所は違えど、冥府と言う巨大組織を司る者の意思が介在している事は重要視される。


 要請は簡単に受理され、本来優先されるべき落雷の順番をすっ飛ばし、すぐに実行される運びとなった。このため、世界の何処かでは雷雲が上空に立ち込めているのに、全く雷が落ちて来ないという珍現象が起こっているかもしれない。


 本来あまりこの様な事は望ましくないのだが、実力者の意向が優先されるのは、現世も天界も冥界も変わらないのである。


 兎にも角にも、落雷の要請がすんなりと受理されたと知った陽華達は、速やかに現世に舞い戻り、孫鈴の墓の前で待機した。まだ昼間であるため辺りは明るいのだが、墓地であるためか人通りは全く無く寂しい限りだ。


 予定では、孫鈴の墓の近くに生えている大木に、十回ほど雷が落とされる事になっている。ここまで露骨に一か所に落雷があれば、人々も何らかの天意を察し、孫鈴の墓に何かあるのではないかと疑うだろう。ただでさえ孫鈴は毎晩墓から這い出ているため、埋葬された時期からすれば土の様子が明らかにおかしい。


 人々の注目を集める事が出来れば、誰かが異変に気付いてくれるだろう。


「間に合ってよかったわね」


「全くだ。あと一日遅れていたら、もう手遅れだったかもしれない」


 冥府において孫鈴は、既に第八殿を通過しており、今度は第九殿で審判を受ける予定であった。もし、この第九殿の審判を受ける事無くまた途中で姿を消してしまったら、次はもう無い。一番重い地獄に行くより他無いのである。


 だが、これから孫鈴の墓が掘り起こされ、その中から赤子が見つかって保護されたならば、孫鈴は安心して現世に舞い戻る事は無くなるだろう。


「お? 来たぞ来たぞ」


「あ、本当ね。田影さんだわ」


 予定の刻限が近づくと、空の彼方から翼を生やした嘴のある男が飛んで来た。この一帯を担任区域とする雷公の田影であり陽華達の顔見知りだ。雷神の役所の計画通り、孫鈴の墓の近くに雷を落としに来たのだろう。


 墓場の上空に到達した田影が天に掌をかざすと、すぐさま天地を揺るがす稲光が奔る。


 雷光は孫鈴の墓の近くに生えていた木に吸い込まれていき、その直後に轟音を立てて真っ二つに裂け炎に包まれた。


 雷神としては最下級に過ぎない田影であるが、その力は絶大であった。生前箱入り娘であった陽華はともかく、野外で活動する事が多かった閃月ですらこれ程近くで落雷を観察した事は無い。


 自然の猛威と、それを司る神の力の一端を目の当たりにした二人は一瞬絶句した。


 そして、更に九回の轟音が墓場一体に響き渡った。


 これ程一か所に落雷が集中するなど、自然ではほとんどあるまい。更に、空は雲一つなく晴れ渡っており、雷が落ちる要素などどこにもなかった。


 これに、天意を感じない人間などおるまい。


 これなら事件は解決する。そう確信した二人の目に、赤い輝きが飛び込んできたのはその直後である。


「火事だ!」


「女子供は逃げろ! 男衆は集まれ!」


 二人が火事が発生したと理解したのは、墓場の周囲から怒鳴り声や恐怖に満ちた声が響いて来てからの事である。


「なに……これ……」


「まさか、やり過ぎたのか?」


「違うぞ」


 雷を一か所に落とし過ぎたため、辺りで火事が発生してしまったのかと危惧した二人に対し、否定の声が投げかけられた。


 雷公たる田影であった。陽華達の姿を地上に認め、そばに舞い降りて来たのである。


「俺は、余計な被害が出るようなへまはしていない」


「じゃあ、この火事は一体?」


 墓場の中から見える範囲でも、火の手はかなり広範囲に及んでいるように見える。かなりの大火だと言えよう。


「あれだ。あいつのせいだ」


「? 何だあれは?」


「青い一本足の鶴、もしかして、あれは世に聞く畢方(ひっぽう)?」


「知っているのか? 陽華」


 陽華は生前に本で読んだ知識を閃月に語った。


 畢方とは一本足の鶴に似た青い鳥で、赤い模様があり白い嘴をしている。その外見からしてもただの鳥には見えないのだが、実はこの畢方には恐るべき特徴があるのだ。


 火事を引き起こすのである。


 畢方が姿を現すことは凶兆であり、現れた地域では原因不明の不思議な火事が発生するのだという。


「そんな奴が、現実にいるとは……信じられない」


「私だって、畢方なんていう妖怪が本当にいるなんて思ってなかったわよ。でも、ほら」


「ヒッポー! ヒッポー!」


「ほら、自分でそう言ってるわ」


 冗談の様な話ではあるが、畢方ひっぽうは「ヒッポウ」と鳴くからその名がつけられたのである。


「まあ、そちらのお嬢ちゃんが言う通り、あいつは畢方だ。あいつの能力で、辺りに火事起こっているんだろう。そら、そこも燃え始めたぞ」


「え? ああ!」


 田影が示した方向を見ると、墓地の中に畢方が侵入し、辺りを走り回っていた。そして、畢方が通り過ぎた後には火の手が上がり、墓地のあちこちに生えている木々が炎上し始めたのだった。

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