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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第2章「閻羅王の情け」
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第25話「雷公と袖の下」

 劉陽華(りゅうようか)袁閃月(えんせんげつ)が見上げる空には、一人の男が空を飛んでいた。


 空を飛んでいるだけでも普通ではないが、その外見も常人ではない。上半身裸で背中には翼を生やし、その顔は猿に似ているが鳥の様な嘴がある。どうみても妖怪の類だ。


「待て!」


 その姿を認めた閃月が、懐から縄を取り出して妖怪らしき男に投げつける。この縄はただの縄ではない。高名な仙人が作成した宝貝(パオペイ)妖縛縄(ようばくじょう)だ。力のある者が使用すれば魔王さえ縛り上げる事さえ出来る。まだ死んだばかりで、神通力や仙術などの修業をしていない閃月ではあるが、それでも一介の妖怪を捕らえるなど造作もない。


 妖縛縄は見事に翼のある妖怪に絡みつき、地面に墜落させる。


「ちょっと。いきなり攻撃して良かったの?」


「あ……怪しい風体だったから、ついうっかり妖縛縄を使ったけど、確かに悪い奴だとは限らないな……」


 生前、怪異には一切関わる事なく生きてきた陽華と閃月にとって、翼の生えた嘴のある男など敵にしか見えない。だが、現在陽華達が出仕している冥府には、夜叉やら羅刹やら、人間とはかけ離れた者達も同じく働いており、彼らとは机を並べて仕事をする同僚である。また、冥府を支配する十王の一人である閻羅王は、人間を遥かに超える巨体の持ち主だ。もちろん、疫凶の様な普通の人間に見える者も大勢いるのだが。


 そもそも、陽華達自体が既に死んでいる鬼である。冥府で仕事をする事になったため、たまたま現世に出てきているに過ぎない。本来、彼女らとて妖怪の類なのだ。


「いててて。何しやがんだ、ぼけぇ!」


「すみません。つい反射的に……」


「まだ、こういう仕事に慣れていないものでして」


 かなり高いところから受け身もとれず落下したのだが、運よくと言うか、体が丈夫なのか、男は無事であった。痛そうな声を出しているが、問題は無さそうである。陽華達は素直に謝ることにした。


「慣れてない? ああ、確かにお前ら、まだまだ若僧の様だな。見た所、冥府の使い走りか? まあ、俺も何かと世話になってるから、まあ今回ばかりは勘弁してやるわ」


「ありがとうございます」


 素直に謝罪したのが良かったのか、男はそれ程機嫌を害することなく許してくれた。いきなり正当な理由も無く空から叩き落とされたのに、実に寛容な事である。


「で、お前ら何ものだ?」


「私たちは、あなたの見立て通り、冥府に仕える者です。私は劉陽華、こちらは袁閃月と申します。今は閻羅王の申し付けにより、現世である任務をしていた最中なのです」


「はあ~、閻羅王様か。若いのに、そりゃあ大したものだ」


 男も閻羅王の名前は知っている様だ。冥界でも高位にある者から任務を与えられている事を知り、感心した態度を示す。


「じゃあ、俺も名乗るとしよう。俺は、九天応元雷声普化天尊……」


「九天応元雷声普化天尊ですって?」


「雷神の最高神だとは知らず、御無礼を」


「の配下たる雷部二十四神の一柱たる張天君の配下の……」


「あら?」


 あまり天界に詳しくない陽華達ですら知る大物の神の名前に驚いたのだったが、その後にずらずらと神々の名前が並んでいく。


「で、俺はこの辺りの担当の雷公である田影(でんえい)様だ。まあ、よろしくな」


「はあ、よろしくお願いします」


 この田影なる雷公は、雷神達の中でも地位は高くない下っ端の様である。ただ、それを口に出さないだけの分別は、陽華達にも備わっていた。


「まあ自己紹介したばかりだが、俺はこれから一仕事あって、雷を落としにいかねばならん。さらばだ」


「ちょっと待って下さい!」


「うおっ? 何だお前、ちびの癖にとんでもねえ力だな」


 飛び去ろうとした田影を、閃月が肩を掴んで引き留めた。田影は普通の成人男性とは比べ物にならない位の長身なのだが、少年とも見紛う小柄な閃月の手を振りほどくことが出来ない。


「その、雷を落とすというのは、田影さんが決める事が出来ますか? 例えば、この墓地の中とか」


「ああ、そう言う事ね」


 陽華は閃月が言いたいことを即座に理解した。現世に生きるだれかに、孫鈴の墓の異常に気付いて欲しいのであるが、どうしても気付いてもらえない。陽華達は死んで鬼となっているため、常人にはその声が聞こえないからだ。かと言って、宝貝などの特別な術を使用するのは規則違反である。


 ならば、どうするのか?


 雷という自然のものを利用して、異常に気付いてもらうのである。


 落雷自体は自然現象であるため、規則違反には当たらない。例えその結果、雷の落ちた場所の墓の中から生きたまま埋葬された赤子が見つかったとしてもだ。


「いや、無理だよ。俺に場所を決める権限なんてないもん」


 だが、残念な事に田影の回答は否定的なものである。どうやらこの田影、本当にただの下っ端の雷公であり、上役から指示された場所に雷を落とす権限以上のものは無いらしい。


「まあまあ、そうおっしゃらず。数多い雷公の中でも名高い田影さんを見込んでの事ですので、ここは何とか。それにこれは、閻羅王の御心にもかなう事ですし」


 閃月は田影をおだて上げながら、懐から取り出した袋を田影に握らせた。たった今出会ったばかりなのに、名高いもへったくれもあったものではない。だが、こういうものは定型句的なものであるし、本命は袖の下の威力だ。


「そうかあ? いやいや。そんな事を言われても、勝手にするわけにはいかんよ。すぐにばれて、悪くすれば天界を追い出されて妖怪に成っちまう。そういう奴は結構多いんだ」


 高い職業倫理のためか、それとも懲罰を恐れての事なのか、田影は閃月の依頼を拒否した。もっとも受け取った銭袋は懐に入れてしまったのだが。


「だが、正式な命令があれば話は別だ。雷神の役所に冥府から依頼すれば、願った場所に雷を落とすことも可能だろうよ」


 袖の下だけ受け取って何もしないのは悪いと思ったのか、陽華達の表情が優れないのを哀れに思ったのかは分からないが、田影は雷神が雷を落とす場所の決定の流れについて教えてくれた。それによると、天界の役所で決められているらしく、雨雲の状態に合わせた純粋な自然現象としてのものや、天罰としてのものなど、様々な事を考慮して決定されるのだという。この中に、孫鈴の墓の近くに対する落雷を含めて貰えれば良いのである。


 陽華達は田影に礼を言うと、その手続きを進めるべく冥界に向かって戻って行った。

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