第24話「届かぬ声」
埋葬された孫鈴の腹の中に居た胎児が、実は死なずに今も生きている事を生者に知らせるための行動を、劉陽華と袁閃月は開始した。
先ずは、孫鈴の夫に知らせる事を試してみた。墓の中で生きている赤子は、彼の子どもである。当然彼に知らせるのが筋であった。
だが、それは全く上手く行かなかった。孫鈴の夫は、妻の死から何とか立ち直って仕事を再開していたのだが、彼には全く霊感が無かった。陽華達は死んでいるため、普通の者は彼女らの事を感知できない。そのため、どれだけ頑張って彼の耳元で彼の子どもについて叫んだとしても、まるで聞こえていないのである。
「これは駄目ね。何か他の方法を考えてみないと」
「そうだな。疫凶さんがこちらに来れればよかったんだけど」
彼女らの世話人である冥府の役人である疫凶は、人知を超えた神通力を持っている。そのため、冥界の住人でありながら、自由に生者にその姿を現したり声を聞かせる事が出来るのだ。冥府で働く役人たちによると、これ程の神通力を持っている者は冥府でも稀だと言う事だ。本人は単なる獄卒と自称しているが、相当な人物であることは間違いがない。
その彼であるが、当分の間現世に出る事を禁じられているのだという。
陽華達は知らない事なのだが、彼女らも関わった事件に臨んだ際、事件を解決してもその罪を裁かれていない生者が存在していた。既に死んでおり鬼になっている陽華達は、彼を成敗することも出来ず悔しい思いをしながらも現世を後にするしかなかった。その時、疫凶がその姿を生者の前に現して精神的な裁きを与えたのである。
直接的な害を与えたわけではないため、大きな問題にはならなかったのだが、本来冥府の役人は現世の生者に対してこの様な手段で接触してはいけない。そのため、疫凶が地上に行く事がある一定の期間制限される事になったのだ。
そして、この様な規則があるため、陽華達に生者と接触するための宝貝が与えられないのである。
また、この現世の住人との接触に関して制限されているのは、特別な手段を講じての事である。生者側に霊感が生まれつきあったり、何らかの道術の修業をして鬼の声を聞けるのであれば、それは問題が無い。それを期待して陽華達は現世を訪れたのであるが、残念ながら彼女らの声を聞ける者は見つからない。
「そもそもよく考えてみれば、生きている時に本物の道士なんて見た事が無かったからな」
「やっぱり、ああいう人達は皆詐欺師の類なのね」
孫鈴の夫に声を届ける事に失敗した陽華達は、道行く人に対して手当たり次第に訴えかけた。そしてそれは残念な事にどれも功を奏する事は無かった。今、彼女らの目の前にいる道士風の男ですら、何の反応も示していないのである。彼は今まで何やら祈祷を捧げて、依頼人である商人風の男から銭の入った袋を受け取っていた。わざわざ依頼を受けて仕事をする道士ですら、本物の神通力は持っていないのである。
これでは、本当の能力者を探し出すのは骨が折れるだろう。
「どこか、山の中に仙人が居ないのかしら?」
「何処かにはいるだろうけど、探すのに時間がかかり過ぎるだろう」
これまで疫凶達と話して来た事によると、現世にも神や仙人、更には妖怪の様な者達が存在し、人知の及ばぬ力を持っている。彼らなら陽華達の存在に気付くことが出来る。だが、神々は積極的な人への介入を避ける傾向にあるし、仙人は人里を離れた深山幽谷に居を構えている。そして、妖怪に頼ったとして助けてくれることを期待するのは難しい。
「声を届けられなくても、せめて孫鈴さんの墓の辺りで騒ぎを起こせればいいんだけど」
「そういえば、あなたが前に貸してもらった宝貝の武器はどうしたの? あれって岩山も砕く位の力があるんでしょ? それで、墓を掘り返せば誰か気付くんじゃないかしら」
「金甲打岩鞭の事か? それは駄目だってさ。あれは妖怪を退治するという理由があったから現世での使用許可があったけど、今回みたいな理由じゃ認められないってさ」
「そうなの? でも他に何か、物理的にあの辺りに影響を与える事が出来れば、異変に気付いてくれるでしょうから、何か他に手段はないかしら?」
生者の誰かに声を届けるのは難しいと考えた陽華達は、物理的な手段に訴えようと頭を捻った。だが、中々名案は思い浮かばない。何しろ彼女らはつい先日死んだばかりであるため、冥界などの超常的な世界の事に疎い。そのため、可能な手段についての引き出しが少ないのである。
そうこうするうちに、天空は黒雲で覆われ雨が降って来た。不思議な事に物をすり抜ける事の出来る彼女らであっても、雨に濡れてしまう。かと言って生前に雨に晒された時の感覚とは少し違い、不快感は無いし服が体にへばりつく事もない。実に不思議な感覚だ。
「この感じ、雷も来そうだな」
「そうなの? 私にはよく分からないけど」
「ああ、観天望気の術は将帥の基本みたいなものだからな」
陽華は生前あまり外に出た経験が無いらしく、天候を予想する事は出来ない。
対して閃月は野外で活動する事が多かったようである。天気予報などお手の物だ。なお、彼が今「将帥の基本」だとか言っているのだが、本人は意図していない。彼らは生前の記憶が乏しく、時々意識せずに生前の事を口走ってしまうのだ。
「そういえば、雷を落とすのは雷神の仕業だとか、何かの本で読んだ覚えがあるわね」
「そんなの迷信の類だろ? 世界規模で考えれば、常に何処かで雷が落ちている訳だから、そんなのにいちいち神様が関わってられないだろ。単なる自然現象だろ」
気象に詳しくなってくると、ある程度の法則性がつかめて来る。そしてそうなると、数々の天候の現象に何らかの意思が関与しているとは思えなくなってくるのである。まだ迷信が幅をきかせているこの世界にあって、閃月の意見は極めて先進的であるし、合理的であると言える。
文人型の陽華に対し閃月は明らかに武人型なのだが、意外と知的な一面もあるのだ。それを感心した陽華であったのだが、その時彼女はある者を発見してしまった。
「あの……あれって何かしら?」
「あれってなん……なんだありゃ!」
陽華が示した方向には、翼を生やした鳥の嘴をもった男が空を舞っていたのであった。




