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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第2章「閻羅王の情け」
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第22話「証拠隠滅」

 冥界から定期的に姿を消してしまう孫鈴が、一体何をしていたのかを劉陽華(りゅうようか)袁閃月(えんせんげつ)は理解した。彼女は、死んだ時に身籠っていた子供に乳をやるため現世に舞い戻っていたのである。


 冥府の獄卒達が、いくら探してみても見つからないのは道理である。彼らの管轄するのはあくまで冥界であり、神通力の範囲も限定される。そのため、閻羅王の様な神の力を持つ者ですら孫鈴の行方を探知する事が出来なかったのだ。


 それにしても、孫鈴を現世に戻らせないためには、どうすれば良いのだろうか。陽華達が孫鈴に話しかけてみても、全く反応が無い。これでは彼女を説得するのは難しそうだ。


 孫鈴は現世に舞い戻ったといっても、それは不完全であるらしい。理性はほとんどなく、まともに受け答え出来ない様である。肉体も死んだままであり、赤子に直接乳をやる事も出来ない。そのため、店で牛だか山羊だかの乳を購入しているのだが、これは母親としての本能で行っている様だ。


 説得が出来ないのならば、彼女の現世への未練を断ち切る様な何かをしなければならないだろう。


「未練ねぇ。やっぱり孫鈴さんの赤ちゃんかしらね?」


「そうだろうな。孫鈴さんが居なくても赤ちゃんが無事だと分かれば、現世に戻らなくなると思うんだが……」


 これが中々に難しい。赤子を抱きかかえた彼女の姿は明らかに異様である様に陽華達には見えた。


 何しろ墓場から蘇ったため、彼女の全身は土まみれだ。土と格闘しながら生計を立てる農民だって、もっと綺麗な身なりをしているだろう。そもそも死装束である。それに、死後に出産したためか、彼女の着ている服の股の部分は血に染まって赤黒く変色している。どう見てもまともではない。


 極めつけは、彼女の抱える赤子からは臍の緒が伸びており、まだ母と繋がったままだ。


 普通に考えれば、妖怪の類にしか見えないはずだ。


 しかし、彼女とすれ違った者達が、その異様な姿を見咎める事は無い。夜の暗闇に紛れているだけではなく、何か妖力の様なもので見る者の感覚を乱しているのだろう。そうでなければ、明かりを携行している兵士達や、間近で接触する店の主人が不審に思わない訳が無い。


 誰かが不審に思って孫鈴の身体を検めてくれさえすれば、彼女が抱えている赤子を保護してくれるのだが。そして赤子の安全さえ確保されたのなら、彼女が冥界から現世に舞い戻る事もなくなるだろう。


「ふと思ったんだが、放っておいても墓の土が掘り返されている事に気付いた誰かが、孫鈴さんの棺桶を点検して赤ちゃんに気付くんじゃないかな?」


 墓地に戻って来た時に、閃月は思いついた事を口にした。彼らの目の前では今、孫鈴が棺桶の中に入って行く真っ最中だ。棺桶の蓋は自ら閉めているが、流石に掘り返された土はどうにもならない。棺桶は露出したままだ。


 明らかに異様な風景である。


「それはそうなんだけど……」


「だけど?」


「それなら、何で今までそれに誰も気づいていなかったのかしら? だって、これまで何回も孫鈴さんは墓を抜け出していたのよ。それなのに、土はちゃんと埋められていたじゃない」


「確かに」


 夕方に孫鈴の墓を調べた時には、確実に埋められており、掘り返された跡は無かった。孫鈴の葬儀があった時期から考えると、埋められた土の状態が新しすぎる気はしたのだが、今の彼女の入って行った墓穴の惨状とは雲泥の差だ。


 この謎を解明するべく、二人は孫鈴の墓の前で待機することにした。なお、墓荒らしをしていた呉開山(ごかいざん)は未だに墓の前で失神したままだ。風邪でもひきそうだが、まあどうでも良い事である。何ならそのまま死んでくれても構わないと二人は本気で思っている。


 そして、夜が明けた。


 東の空が白んでくると、あちこちで鶏の鳴き声が響き始める。冥界では太陽が昇らないため、二人にとって久しぶりの日の出である。もっとも、閃月はともかく陽華は日の出など直接見た事などほとんどなかったのだが。


 それはともかく、孫鈴の墓を見張っていた二人は、誰かが墓地に入ってきたことに気付いた。夜明けとともに少しづつ音が響き始めているのだが、それでも早朝はまだまだ静かなものだ。特に墓地などはなおさらである。人が歩いていれば、すぐに分かるのだ。


「こっちに来るわね」


「そうだな。気付いてくれるといいんだが」


 早朝の墓地に現れたのは、みすぼらしいつぎはぎだらけの服を来た中年男性であった。その手には竹箒と熊手が握られている。身なりは貧しいが、呉開山の様な墓荒らしではなさそうで、二人は安堵した。


 恐らく、この墓地を利用する地域の住民に雇われた墓守か何かだろう。


「うわっ、また荒らされとる。勘弁してくれよ」


 男はすぐに孫鈴の墓の惨状に気付いた。これで孫鈴の墓を調べてくれると、陽華達は手を叩き合って快哉を叫ぶ。これで事件が解決してくれるなら、それに越したことは無い。


「これじゃあ、俺が夜に見回ってないのがバレちまうじゃねえかよ。まったく、毎回埋める身にもなってみろよ」


 何やら雲行きが怪しくなり、陽華達は押し黙ってしまう。


「ややっ? さてはこいつが墓荒らしの野郎だな? ふざけた野郎だ。なんで寝てんのかは知らねえが、詰め所に突き出してやる!」


 男は呉開山を、孫鈴の墓を毎回掘り起こしている墓荒らしだと認識したらしい。半分は正解で半分は外れだが、それはこの際どうでも良い事だ。


「うわっ? ば、化け物!」


 男が捕縛しようとして呉開山に触れた時、呉開山は目を覚まして男を突き飛ばすと、恐怖に満ちた声をあげながら走り去ってしまった。どうやら、孫鈴が墓から出現した瞬間の事を覚えていた様である。


「ちっ、せっかく墓荒らしを突き出して褒美を貰おうと思ったのに、逃げられちまったよ。ま、これでもう墓を荒らしに来る奴もいなくなるか。でも、何だってこの墓ばかり毎回ほっくり返されるんだ?」


 そんな事をぼやくと男は、孫鈴の墓を職務怠慢の証拠隠滅のためか、何も調べる事なく埋め戻してしまった。


 その光景を、陽華達は唖然として見守るより他に無かった。


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