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冥婚鬼譚  作者: 大澤伝兵衛
第2章「閻羅王の情け」
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第18話「死なない胎児」

 閻羅王の統括する第五殿の法廷を退出した劉陽華(りゅうようか)袁閃月(えんせんげつ)は、鬼籍を調査するため資料の保管庫に来ていた。二人の世話役である疫凶(えききょう)も同行している。


 閻羅王からの依頼を受けた後、冥府から姿を消してしまう女性について疫凶から話を聞いたのだが、何か見落としている事が無いかと気になったため、調査に来たのである。


 なお、法廷を退出した際、少し前に陽華達に恨みの言葉を投げかけてきた一団が、恨みや憎悪のこもった視線をまたもや投げかけてきた。今度は獄卒たちが厳しく見張っているため、暴れだすことは無かった。それにしても、普通の亡者は冥府に満ちる不思議な力で抗う意思を奪われてしまっているというのに、反抗的な態度を取れること自体が大したものである。


 余程、陽華と閃月は生前の彼らに酷い事をしたのだろう。


 生前の記憶は無いし、その酷い行いの原因が彼らにあるかもしれないので、二人にとってはどうでも良い事なのだが。


 それはさておき、三人は資料室に到着し、件の女性に関して記録されている資料を手にした。以前、別の事件で閃月が資料探しをした際は、山の様な記録と格闘する羽目になったのだが、今度はそんな事は無い。疫凶が要件を告げると管理係がすぐに該当する資料を持って来た。


 今回の様な事件があったので、当然冥府の役人たちは彼女の資料を調べた。そして、その箇所は栞を挟んですぐに見つかるようにしていたのだ。その程度の知恵が回るようでなければ、役人は務まらない。


 件の女性について、冥府で確認している事項は次の通りである。


 名を、孫鈴といい、享年二十三歳であった。


 生まれは都に近い農村であり十三歳の時に、出稼ぎで都に上った。そしてとある服飾店でお針子の仕事をしている時に、出入りの業者の男性と恋に落ち、結婚する運びとなった。そして、初の出産を控えたある日、流行り病によって命を落としたのだ。


 若くして死亡した事は不幸な事ではあるが、この程度の事件はいくらでも転がっている。つまり、いたって普通の人生であった。特筆すべき点は見当たらない。


 また、彼女が何か特別な血筋であり、その影響で何か特別な力を発揮して法廷を脱出した線も薄い。


 これまで陽華達は知らぬことであったが、現世に生きる人間たちの中には、実は神仙や妖怪の血を引いている者もいる。彼らの血を引く者は、優れた能力を発揮して出世したり名声を得たりする事が多い。場合によっては、冥府を脱出出来るだけの能力を持っている者もいるかもしれない。だが、記録上彼女にその様な能力が秘められている可能性は無に等しい。


 いたって普通の女性なのだ。


 加えて、冥府において亡者の整列を担当していた獄卒の証言によると、彼女は特段何らかの意思を積極的に示している様には見えなかったとの事だ。冥府に満ちる力により、亡者たちは思考を制限され、反抗する意識を奪われている事が多いので、これ自体は普通の事である。これが意味するのは、彼女が自らの意思で法廷を逃げ出したという可能性は少ないと言う事だ。


 ここまでが既に判明している事なのであるが、これだけでは事件を解決する手掛かりに乏しい。そのため、彼女の記録を一から洗いなおすことにしたのだ。


 陽華は鬼籍の記録された書物をめくり、当該箇所を読んだ。


 孫鈴

 享年 二十三歳

 死因 傷寒病

 特記事項 妊娠十カ月の状態で死亡


 この様な事が記述されていた。その他にも、彼女の生まれた村の名前や、死亡した家、墓の場所なども書かれている。


「う~ん。改めて読んでみたけど、これだけじゃあまり分からないわね」


「まあ、これを読んで事件の真相が分かるなら、俺達以前に冥府の役人たちで解決するだろうからな」


 鬼籍には死亡した全ての人物に関する情報が記録されているが、全てが記述されているのではない。以前、結婚詐欺師に騙され、心中するはずが一人だけ死亡した女性の記録を調べたのだが、そこには心中事件により死亡した事しか書かれていなかった。事件の真相は騙されて死んだのだが、心中を試みた結果死亡したという、表層的な事しか記述されていないのである。


 少し前に解決した事件の事を思い出した閃月は、ふとある事に気付いた。


「疫凶さん、確か鬼籍は死んだ時系列順に記録されるんですよね?」


「そうですよ。死亡した時間順に記録されるので、例え数百里離れた所で死んだ者でも、死んだ時が近ければ続けて記録されます」


「もう一つ聞きますが、生まれる前の胎児は、鬼籍に記録されるのでしょうか?」


「記録されますよ。妊娠した時点で魂が宿ってますからね。鬼籍の中に時折『名前不明』で、『享年不明』と記録されているのが有るでしょう? それですよ。……ははあ、何を言いたいか察しがつきました。確かにその観点は無かったですね。その方面から調べてみたら、何か判明するかもしれません」


 疫凶は閃月の問いから、何かに気付いた様だ。手をぽんと打って合点のいった表情になる。


「なるほど、孫鈴さんが死んだ時に、お腹の中の子どもも死んだなら、一緒に記録されていないとおかしいって事ね。生きている胎児と冥府から消える母親、これは何かありそうね」


 鬼籍を調査した結果、孫鈴の子どもが何か事件に関係しているのではないかとの推測を得た。そのため、陽華達は現世に調査しに行く事なったのだった。

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