第15話「亡者の遺恨」
疫凶に連れられた劉陽華と袁閃月は、冥府の奥深くに進んで行った。
陽華と閃月は冥府に勤めているが、その場所は冥府の役人が通る門であったり、入ってすぐの所にある事務室だ。亡者を審判する法廷に立ち入った事はない。
本来は死んですぐに十王の管理する法廷に行き、そこで裁きを受けるのが正規なのであるが、二人は金の力によりそれを回避している。
そのため、審判を受けるために並ぶ亡者の列を見るのは初めての事であった。
「地獄行きや畜生に生まれ変わる審判の場だと言うから、どんなにおどろおどろしい場所かと思ってましたが、意外とこざっぱりしてますね」
辺りを見回しながら陽華は言った。審判の行われる法廷がある冥府の宮殿は、清潔そのもので所々に明かりが設置されているため暗くはない。それに、亡者の列も整然と並んでいるため、これから恐ろしい裁きを受けるといった緊張感も無い。また、冥府で審判を受けると言うと、生前罪を犯した罪人を思い浮かべるが、ほとんどの者はごく普通の一般人にしか見えない。
「それはそうでしょう。余程の悪人でなければ、それ程酷い罰を受ける事もありませんし、転生はある意味運命の様なもの。死んだ人間はそれを受け止めるものですよ。それに、審判を受けるためにこの宮殿に入り込んだ亡者は、この世界の法則により大人しくなるのです。あなた方の様に、裁きを受けるのではなく、役人として勤める者は同じ亡者であっても別の扱いになりますが。そしてあなた方の様な例外を除いては、死後は全員がこの冥府を審判を受けるために訪れるのです。全員が罪人な訳はないでしょう」
「そうですか」
陽華達を呼び出した閻羅王は、第五殿を統括している。そのため当然ながら五つ目の宮殿まで歩いていく事になる。各宮殿は相当広く、かなりの長時間歩く事になる。
そして、先に進むにつれて、亡者の列に変化が生じている事に気付く。
先ず、列に並ぶ人間の数が明らかに減っている。
そして、並んだ人間が、明らかに悪人にしか見えない者の割合が増えているのだ。見た目で人を判断するのは良くないが、明らかに盗賊の類にしか見えない者もおり、彼らを善良な一般人と判断するのは難しい。
「ああ、気付きましたか。十王が管理する宮殿は、各王ごとに存在するため、第十殿まであります。そして、第十殿を管理する転輪王は転生先を決定する役割が有るので例外ですが、その他の宮殿は進めば進むほど罪の重い亡者を裁く場であるのです。つまり、この様に奥の宮殿で並んでいるのは、いずれ劣らぬ悪党ばかりなのです。善人も混じっている最初の第一殿とは訳が違います」
「そうなんですか。それで、私達に用があるのは第五殿の閻羅王と言う事ですが、第五殿の事案と言う事はかなりの悪人が起こした問題なんですか?」
「まあ罪が重いと言えばそうなってしまうんですが、今回の件は色々と事情がありまして」
夜叉や羅刹を叩き伏せる実力のある閃月と違い、陽華は荒事は苦手だ。冥界の大物である閻羅王からの任務ではあるが、凶悪な悪人と対峙するのは御免こうむりたかった。出来れば、閃月だけに任せておきたい。しかし、疫凶の返答はどことなく口を濁すもので、何か事情があるのが察せられる。
「貴様! 袁閃月め! よくものこのこと俺達の前に出て来れたな! お前さえいなければ、今頃俺達は!」
「一緒にいるのは劉陽華だな!? やはり貴様らつながりがあったのか! この恨み消えるとは思うなよ!?」
突如として列に並んだ亡者の一団が、陽華と閃月に向かって激しい呪いの言葉を浴びせかけてきた。彼らは武将風の甲冑をまとっていたり、官吏の服を身につけていたりと官職にあった人間の様だ。そして、いずれも豪華な意匠が施された物をつけており、かなりの高位にあった者であったことを予想させる。
だが、陽華にも閃月にも彼らに関する記憶が全く無い。
「あなた、どんな恨みを買ってるのよ」
「それはそちらも同じだろ?」
そして奇妙な事に、彼らは陽華と閃月の二人の事を知っている様だ。
閃月と陽華は死後に知り合ったと思っていたのだが、実は生前も面識があったのであろうか。そんな疑問が二人の脳裏をよぎった。
「はいはい、宮殿ではお静かにね。罰が増えていきますよ?」
疫凶が手を叩いて促すと、辺りに控えていた獄卒たちが手にした棒で騒ぎ立てる亡者を取り押さえ、たちまち黙らせてしまった。
「いや~、普通は大人しくしてるんですが、何かきっかけがあるとああやって自我が元に戻ってしまうんですよ。困ったものです」
「疫凶さん。あいつら、俺達の事を知っていたようですが?」
「はて? そうでしたかな?」
閃月の問いを、疫凶は見事な位白々しい態度ではぐらかした。
そういえば、と閃月は思う。以前鬼籍を調べた時、閃月と陽華の名前は隣り合って記録されていた。その時は別件で忙しかったので疑問に思わなかったが、死んだ順番に名前が記載される鬼籍に、隣り合って記載されていると言う事は、何かあったのではないかと思ってしまう。もちろん偶然の可能性もあるのだが。
「さ、着きましたよ。この扉の向こうに閻羅王様がおわします。閻羅王様は寛大なお方ですが、決して無礼の無いようにご注意を」
陽華達の身長の十倍はあろうかという高さの門の前に到着すると、疫凶は二人に注意を促した。そして、力を込めた様には見えなかったのだが、疫凶が軽く扉を押すと音も無くゆっくりと開いていく。
陽華達は疫凶の後を追い、中に入って行った。




