使い捨て聖女の反乱
王城の無駄に豪華な一室で、私は婚約者の王子と向かい合ってお茶を飲んでいる。
と言っても甘い雰囲気は全くなく、仏頂面の王子と聖女の法衣を着た私が事務的に向かい合ってるだけだ。
あ、どうもアネットと言います。田舎に生まれた平民ですが、瘴気を消す力・神力に目覚めて王都の中央神殿に勤めることになって3年の16歳。神力が大きいので「聖女」の称号をもらってます。お向かいの王子は7歳上の23歳。さっさと婚約破棄して貴族の令嬢と結婚したいというのが見え見えです。
「私も忙しい身だが、婚約者のためなら時間を空けるのもやぶさかではない。本来なら下賤な平民が入れない王宮だ。ありがたく思え」
「ありがとうございます」
夜中に西の町から延々馬車に揺られて帰って来たの知ってんだろ! もっと寝かせろ! こっちはわざわざ身支度して中央神殿からここまで来ないといけないんだぞ!
「残りの浄化は東の町だな」
「はい」
東の町が終われば、とりあえず瘴気の被害が大きい町は全て浄化されて、やっと一息つける。
「お前の神力が大きくて予定より早く終わりそうだ」
「ありがとうございます」
この神力のおかげで「聖女」なんて立場になって、「王子の婚約者」なんて要らないおまけまで付いてきましたけどね!
いや、婚約したころは歩み寄り分かり合おうと思ったんよ。でもこの人は無理! 今はひたすら「ありがとうございます」と「はい」を交互に言ってやり過ごすだけ。
「なので、褒美をやろう」
「はい」
ビロード張りの小箱を渡される。開けて見ると…でっかいエメラルドのネックレス! いつ付けろって言うの? 趣味悪っ! 超イラネー!
「エメラルドという宝石だ」
「ありがとうございます」
いやこれ色は濁ってるし、内包物だらけだし…。私にはクズ石でいいって事? それとも宝石屋のカモにされてる?
「大きいだろう。とても高価な宝石だ」
「はい」
…後者か。
「大切にするがいい」
「ありがとうございます」
礼儀として深く頭を下げておく。
しかし、神官は魔石を作るため宝石貴石に詳しいって知らないのかな。知らないんだな。
「今回の浄化は、途中で野獣に襲われたそうだな」
「はい」
…護衛騎士が猪に追われて逃げてった事かな?
「帰路では、騎士に盗賊から守ってもらったそうだな」
「ありがとうございます」
一番みすぼらしい馬車に乗ってるのが浄化を済ませた聖女だと知って、盗賊さんに同情されてアメをもらったよ…。
「しかし、あまり騎士たちと親しくしてはいかんぞ。王子の婚約者が身持ちが悪いと噂される」
「はい」
「まあ、お前など高貴な騎士たちが相手するわけ無いがな」
「ありがとうございます」
「は?」
間違えた。
眠い~~寝かせろ~~、とヨロヨロしつつ中央神殿に帰ると、貴族神官に捕まった。
“貴族神官”とは、本来“貴族の家に生まれて神官になった人”という意味なのだけど、神殿内では“貴族をかさに着て何もしない神官”という意味で使われる。継ぐ爵位は無いし働くのも嫌だから、ちょこっとある神力で神殿にでも入るか、と神官になった人たちだ。貴族の家の出身だけどちゃんと働いてる人たちは、そんな風に呼ばない。
「アネット。今回の浄化の報告書がまだなんだけど」
王子に呼ばれたのを知ってますよね?
「大至急出せよ」
寝かせろ~~~!
お前は私の報告書に文句を付けて二、三回書き直させるしか仕事が無いんだろうけどな!、とヤツの後ろ姿に栗のイガを投げつけるのを夢見て我慢する。
私室に行くつもりだったのを公務室に変えて歩き出すと、別な貴族神官に捕まる。
「アネット。今日の礼拝がまだだろう」
仕方なく礼拝室に向かうと
「祭壇の掃除もしておけよ。お供え物の入れ替えもな」
と、追撃が来た。てめーがやれよ!、と思っても口には出さない賢い私。
礼拝室に行くと、一般参拝で来ていた子供連れのお母さんに声をかけられた。
「聖女アネット様ですね! 南の村を救ってくださってありがとうございます! 実家の皆が元の生活に戻れました」
ううっ、こういう言葉をもらえるから聖女はやめられない。お母さんの横で私をキラキラとした瞳で見上げる少年よ、そのつぶらな瞳があればお姉さんは睡眠不足にも馬車酔いにも耐えてみせるぞ。
…てな事を思いつつ東の町も浄化終了。国王陛下に謁見に呼ばれた。
ズラッと並ぶたくさんの貴族たちに、これから陛下の言う事が想像できてしまう。
「聖女アネット。この度の浄化は誠に大儀であった」
「恐れ入ります」
「これで無事すべての浄化が終了したので、アネットを聖女の任から外す事とする。従って、王子との婚約も解消。アネットは聖女として受け取った物を全て返却して王都を去るがいい」
当然の事だと頷いている周りの貴族たち。
…ふう、やっぱりね。
瘴気がヤバくなると、王家が聖女を王子の婚約者にして「王子の婚約者にしてやったんだから国のために働け」ってこき使って使い潰して捨てる、ってのは平民には有名な話だ。
まあ、だから予め準備できたんだけど。
「畏まりました」
私は両手を肩の高さに上げる。やがて手のひらから黒い霧があふれてきた。
何の曲芸を始めたんだ?と思って見ていた観衆だが、その中の一人が叫んだ。
「瘴気だ!!」
一口に神力と言っても、瘴気の払い方は人によって違う。細かく砕いて消滅させる人や、高く高く打ち上げる人。私は、瘴気を自分に吸収し溶かすタイプだ。
だが、積み重なるストレスのせいで中々体内の瘴気が消えなくなり、ふと「なら、外に出せない?」と思いついてやってみたら、出来ちゃった。
これを使って、いずれ追放される時に王族にやり返せないかと皆で知恵を出し合って考えたのが、今回の計画だ。自分に瘴気を溜めるためだと思えば、きつい浄化の遠征も耐えられた。
ざわめきと恐怖が広間に広がる。
「お前はっ! なっ、何をしている!」
「陛下が『全て返せ』とおっしゃるので、瘴気をお返ししています」
言っている間にも霧はどんどん広間の床に溜まっていく。
「それでは御前失礼いたします」
両手が使えないのでスカートを持ち上げられず、頭を下げるだけで陛下の前から去る。私が近付くと、皆が笑えるくらい離れて行く。私を止めなくていいのか?
広間を出て左に進むと、皆が一斉に右に逃げていくのが見えた。
あらあら、誰もいなくなっては帰り道が分かりませんわねぇ(棒)
トコトコと無人の城の奥に奥に進み、立派な扉の部屋を選んでは中に入って瘴気を振りまき、ちゃんと扉を閉めて去るというのを繰り返す。
これで、ほとぼりが冷めて戻って来ても部屋を開けるのはロシアンルーレット状態。王族・貴族に扉を開けて確認する勇気は無いでしょうけど、下賤な平民は王宮に入れませんので知った事じゃありません~。
後は、神力のある貴族神官に頑張ってもらいましょう。あ、実家が貴族だけど真面目に働く神官の方たちは、既に離籍済みで平民になってるんで当てになさらないでね~。
たっぷりと瘴気を振り撒きまくり、満足して城を出る。
城門まで来ると、門前町の人たちも避難したようで人っ子一人いない。そりゃ、王族貴族騎士に使用人までが揃って逃げ出したらそうなるわ…。騒がせてごめんね。
城門の門番用の控室で聖女の法衣を脱ぎ、下に着こんでいたワンピース姿になって外に出て、ポケットに入れておいた蝋石で城の茶色い塀に目いっぱい大きく書き込む。
いじわるな王様は言いました
聖女よおまえは今日でクビ
もらった物をひとつ残らず返して
さっさとここを出て行けと
やさしい聖女は泣きました
やっと浄化できたのに
命令ならばお返しせねばなりません
瘴気をひとつも残さずに
う~ん、あらかじめ用意していた詩とは思えないくらい事実と合ってる。陛下のやる事が予想通りすぎたものね。
本当は「やさしい聖女」より、「うつくしい聖女」とか「うるわしい聖女」を押したのだけど、却下された。「誇大広告になる」って何だ。
城に最初に戻ってくるのは、きっとネタを探している吟遊詩人か王都新聞の記者。これを見たら、何があったのか一目瞭然だろう。
私は歩き出した。
それから少しだけ経った頃、私は中央神殿の同僚の親戚の嫁ぎ先の田舎の大きな農家で使用人として働いていた。こちらのお宅には「お客扱いにしたい」と言われたのだが、もし陛下が私を探してたら「お客」より「住人」の方が目を引かないと思って働かせてくれるよう頼んだのだ。
陛下が私に「出ていけ」と言ったんだからどこにいても問題無いはずだけど、自分が言ったことに責任を取らないのがあの人だからなぁ…。
私は、「家が貧乏なので教会に預けられたが、年頃になったので還俗した遠縁の娘」と周りに紹介してもらった。
実家には「安全な場所にいる」とだけ伝えてある。
そんなわけで農業にいそしむ日々になったのだが、元々聖女も力仕事みたいなものだから、鍬を振って畑を耕すのも、収穫物を担いで行って川で洗うのも、中腰での草むしりも、しんどいけれど楽しくやっている。
最近、周りの子供たちが「いじわるな王様」の歌を歌ってる。王都では今ごろ第二弾の♪十二人の貴族神官いつになったら浄化できるの? あれあれおやおやどうしたの〜?、が流行しているだろう。ちなみに本当は八人しかいないのだが、嘘・大げさ・紛らわしいで水増ししておいた。十二人分の仕事を期待されやがれ。
今日、一日遅れで届く王都新聞に、国王が「なかなか城の浄化が進まないが、隣国が神官を派遣してくれる事になったのでもう安心だ!」と発表したと書いてあるのを読んだ。本気で隣国が神官だけを派遣すると思ってるのだとしたら、おめでたい人だ…。
「浄化」と言って神官たちが城に入れば、簡単に城を占拠できてしまうと思いつかないのか。
「王都に戻るかい?」
と、屋敷の旦那さんに聞かれたが、もうしばらく置いてくれるようにお願いした。
今「国王に虐待された聖女」が王都に現れれば、反王家の運動に勢いが増すのは分かっているが、どっちみち王家の先は短かそうだし。
何より、私はここで学ばなくてはならない事がある……それは、恋愛スキル!
私の恋愛スキルが地の底レベルだと気付いたのは、他の使用人たちと話している時に
「そういえば、この屋敷ってお客が多いですね」
と何気なく言った事からだった。
「はあ? 皆あなた目当てで来てるのに気付いてなかったの? 若くて可愛くて働き者で教会育ちだからスレてない女の子が来たって、近郷近在に知れ渡ってるのよ」
わ、私目当て?! ってか何ですかその評判!
「道理でアプローチされても躱してると思った」
いつどこでアプローチされてたんですか私?!
「容赦なくフラグを折ってるな~と思ってたよ」
お、折っちゃってたんですか?! フラグが何か分からないけどもったいない!
師匠と仰ぐ先輩たちの指導の元、私が素敵なダーリンをゲットするための修行が始まった。
私の恋愛スキル向上の道は始まったばかりだ!
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