(8)
「馬鹿よ!」
「大馬鹿ね!」
「普通、タッキーって言ったら、高田喜一のことじゃないの!」
「え?誰それ?」
あちゃー、と俺は天を仰いだ。
高田喜一と言えば、俺が逮捕された当時はもちろん、今も現在進行形で人気の男性アイドルグループのリーダーだ。
高田喜一だからファンの間での愛称はタッキー。このくらいは俺でも知ってる。現役高校生とその母親なら常識なんだろう。
「って、「タッキーいた」ってのはどういう?」
「ここ!ここにいるのよ!」
そう言って木瀬美晴が指さすスマホの画面には、帽子を目深に被った男が俺の向こう側に立っているのが写っていた。かなり隅っこの方に。
「ええと……これだけじゃわからん」
「うん。ちょっとうまく撮れてないのは認める。でも間違いなくタッキーよ!」
うーん、確かにイケメンっぽいけどなあ。
「タッキー、この辺出身なのよ。あ、この辺ってのはウチの学校辺りね」
「へえ」
「前にテレビで、子供の頃によく遊んでた辰神さんのとこがダンジョンになっちゃったって話してたし」
「そうか」
「あ、もしかしてアンタがあそこをダンジョンに?!」
「俺は関係ねえよ」
「そうなの?」
「ああ。俺の前にダンジョンマスターがいて、俺は引き継いだからな」
「ふーん……じゃあ、前のダンジョンマスターが悪いのね?」
「いや、悪くないと思う」
「え?なんで?」
「いきなりダンジョンになった、って言ってたし」
「言ってた?」
「ああ」
「お前……前のダンジョンマスターに会って話をしたってことか?」
妙なところにユキトが食いついたな。
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「どうでもいいわけあるか!お前……自力でダンジョンマスターの元に辿り着いたってことだろ?」
「まあ、そうなるな」
正確に言うと、イヤ、言わなくてもだいぶ違うけどそれを話すと長くなるからやめておこう。説明する義理もないし。
「その……前のダンジョンマスターって今どこにいるの?」
「え?」
「タッキーに謝ってもらわないと!」
「お前、話聞いてた?」
「聞いてたわよ!前のダンジョンマスターが悪いんでしょ」
アレ?いきなりダンジョンになったって、俺、言ったよね?
「そうよ!タッキーの心の拠り所を奪うなんて!」
「人でなしよ!人でなし!」
「今すぐ連れてきなさい!」
なんで母娘二人に俺が責め立てられてるんだ?
あと、人でなしとか言われてもな……人じゃないからな……龍だったし。というか、神だったし。
その辺、どうやって説明……いや、説明する必要、ないよな?
ギャアギャアと母娘が騒いでいるけど、俺は被害者だよな?
辰神さんは?加害者でも被害者でも無い……どちらかというと神社のダンジョン化に巻き込まれた被害者ポジだよな?
ではタッキーは?昔遊んでた神社がなくなったという意味では被害者だけどそれはちょっと違うよな?でも確実に言えるのは盗撮の被害者だ。あ、それは俺もそうか。
ということで俺は悪くないし、辰神さんも悪くないので、コイツら全員黙らせよう。
黙らせたあとはどうするかもだいたい方向性を決めたので、実行に移すだけだ。
「黙れ」
軽く威圧したら、威勢良く俺に抗議してた母娘がペタンと座り込んだ。というか、腰が抜けたか。まあいい。
「お前らがどう思ってるかは何となくわかったが、俺も前のダンジョンマスターも、ダンジョンを作った者では無い。いきなりダンジョンが現れた。それだけだ」
「……じゃ、じゃあ……」
「タッキーだっけ?ソイツが何をどう思っていても、俺も前のダンジョンマスターもどうにもできない話。諦めろ」
そう言い捨ててユキトの元へ。むんずと胸ぐらを掴んで持ち上げてやると、ある程度回復していたようで、ちょっとだけ体に硬さが戻っていた。
「フン!」
「ぐおっ!」
一発みぞおちに入れて体をほぐしておく。
「さてと、一般的な話で言うと、この状況、ダンジョンマスターは無力化されているよな?」
「……」
「へんじがない。ただのしかばねのよう「死んでねえ……よ」
「だが、俺に手も足もでない状況だな」
「……」
「へんじがな「ああそうだよ!どうにもならねえ状況だよ!」
「素直なことはいいことだ。長生きできるぜ?」
「うるせえ」
「お、いいのか?俺が今から話すことはお前にとって有用なことだぞ?」
「そんなことあるわけぐはっ」
「聞くだけ聞いとけ」
「……」
とりあえず静かに話を聞く気になったようなので、片手で吊り下げたまま、母娘の方を見る。
「とりあえずコイツは連れて行く」
「どこ……へ?」
「竜骨ダンジョン」
「りゅう……あ、あの神社のとこにできた」
「そう」
「えっと、あの……私たちは?」
「知らん。好きにしろ」
「え?」
ここまでの流れだと、俺が二人をどうにかするとでも思っていたのだろうか。
「俺は、この事件に関連する、俺をダンジョン労働刑にした連中に復讐をしている」
「う、うん」
「だが、事件に無関係な奴には何もしていない。まあ、無駄には向かってきた奴を跳ね飛ばしたくらいはしたけどな」
「そうなの?」
「信じられない……」
「信じる信じないは自由だが、俺の裁判を担当していた裁判官の一人が棟田哲也と言うんだが、名前だけで判断せず、本人を見に行って、俺が見た人物と違うと判断して保留していたくらいには本人確認しながら復讐してるぞ」
「そう……それで?」
「おまえら二人は無関係、だろ?」
「え?」
「さっき確認した結果、痴漢だと言って俺を警察に突き出したのもコイツ、裁判官になりすましていたのもコイツ。おまえらはコイツの家族だが、事件には関わってないだろ?」
「あ……」
「確かに」
そう、これこそ俺がじっくり時間をかけて復讐をしてきた理由。万が一にも無関係な者を巻き込んではならないと、丁寧に調べたのだ。そう、ろくに何も調べなかった連中とは対照的に。
「だから俺が積極的に関わる理由はない。お前らが俺に何かするっていうなら、それなりの対応はするけどな」
「だから好きにしろ?」
「そう。じゃあな」
「待て!」
「うるせえよ」
「うごっ」
俺を制止しようとしたユキトを殴って黙らせる。
「ちょ!待ってよ!」
「何だ?」
「ここって、ダンジョンでしょ?」
「そうだが?」
「ここに、私たちを、置いていく?」
「連れて行く理由がないからな」
「ちょっと!そんなの!死んじゃうじゃない!」
「知らん。ここにお前たちを連れてきたコイツに文句を言え」
「ちょっと!」
「このバカ!全く、なんてことを!」
「うごっ、痛っ!やめっ……」
母娘がユキトにつかみかかってくるのでとりあえず離すと、どさっと落ち、そのまま馬乗りになって顔をぼかぼかと殴る美晴の母。美晴はと言うと……頭に蹴り入れてる。とんでもない扱いだが、気持ちはわかるので好きにさせつつ、しゃがみ込んでユキトにアドバイスをしてやる。
「コア前に転移する魔方陣を出せ。二人をそこまで連れて行くくらいはしてやる」
「わ……わかった……あっちだ」
ちょっと痙攣しながら指さす方向へずるずると引きずっていくと百メートルほどで魔方陣が見つかった。
「これは?」
「お前らがさっきまでいたところに送ってくれる魔方陣だ」
「それでどうすればいいの?」
「ダンジョンコア、あるだろ?」
「あの丸い奴?」
おれは自分とこのダンジョンコアしか知らんのでユキトを見ると、うなずいたのでそれでいいのだろう。