(7)
美晴の方を振り返って、一応聞いてみる。
「お前はどう思う?」
「え?」
「こいつ、お前の姿になって滝川陽を痴漢に仕立て上げたんだが……」
「キモッ」
おいおい、ユキトが真っ白な灰になったぞ。大丈夫か?
「くっ……お、俺が……俺がどんな思いで」
「え……でも、その、何が何だか」
大丈夫だな。致命傷で済んだらしい。
「一応聞いておくが、何でそんなことをしたんだ?」
後ろで美晴がうんうんとうなずいている。そりゃそうだ。かれこれ十年の間行方不明だった自分の父親が、自分の与り知らぬところで自分の姿になり、どこかの男を痴漢に仕立て上げるとか、ちょっと情報が多すぎる。まさかと思うがそういう特殊な性癖?新しいジャンルを作るのはやめてくれ。それでなくても日本には変態が多いんだからよ。
「き……」
「き?」
「貴様のようなどこの馬の骨ともわからん奴に俺の娘はやらん!」
「意味がわからん!」
「何なのよ?!」
「どういうこと?ちゃんと説明して!」
俺が頭を抱えて後ろで木瀬母娘も何言ってるのかわからないという反応だ。
「まず……ああ、もう面倒だ。とりあえず前提として、俺が滝川陽、それは認めておこう」
「え?」
「死んだんじゃなかったの?」
「死んでない。色々あってダンジョンマスターになってこうして生きてる」
母娘の問いにはシンプルに答えておこう。
「ダンジョンマスターになって生きてるという意味じゃ、こいつも同じだが、俺はこいつみたいな変態じみたまねはしてないぞ」
復讐はしてるけどな。
「で、俺がどこの馬の骨ってのが意味わからんので説明よろしく」
「……」
ドゴッ
黙っているので軽く腹パン。
「ぐはっ……お、お前……容赦な
ドゴッ
肝心なことを言おうとしないのでもう一発腹パン。
「わかっ……わかった……話す」
「素直でよろしい」
こいつ、そろそろ自分のダンジョンにいるというアドバンテージが薄れてきてるな。回復が追いつかなくなってる。まあ、いいか。俺じゃないし。
「これだ」
「ん?スマホ?」
「え?ダンジョンでスマホ使えるの?……圏外じゃん」
いちいち外野がうるさいなと思いながら、ユキトの持っていたスマホ――もちろんダンジョンマスター仕様だ――を手にする。
「お前……これはないわ」
「え?何?何があったの?」
「ああ……ええとだな……何でもいいからアプリ、開いてみ」
「圏外で使えないんだけど?」
「何でもいいよ。設定とか開いてみろ」
「うん……開いたよ」
「ほれ」
木瀬美晴にユキトのスマホを突き出してみせる。
「何これ……え?何?何なの?」
「お前のスマホの画面が見える、そういう謎アプリだな」
一応そう言うのが実際にあるという話は聞いたことがあるが俺自身は使ったことはないというか、どこで手に入れるんだって感じのアプリ。だが、ダンジョンマスター仕様のスマホは標準でインストールされていて、任意のスマホが見えるとかだったっけ?興味ないから詳しく知らんが。
「ちょっと、何よこれ……嘘でしょ」
「ああ、お前はちょっと黙ってろ」
ユキトに食ってかかろうとしている木瀬美晴を押しのけて、胸倉つかんで立たせて問う。
「で、これがなんだ?」
「三日前だ……三日前を見ろ」
「三日前って……ああ、これ、記録が残せるのか。ええと……」
三日前ってのはもちろん俺が捕まった三日前だ。
「ええと……あった。は?」
それは電車内を撮影した写真のついたメッセージアプリだった。送信先はおそらく友人……いや、友人たちのグループに送ってるのか。で、書かれてるのが、
「タッキーいた!」
絵文字と共に写っている写真には確かに俺が写ってる。確か、シフトとしては夜勤だったはずだから、夜勤明けの帰りで偶然同じ車両に乗り合わせたんだろうな。ってか、電車内で撮影って色々問題あるよな。俺の顔、隠してないし。
「どう見てもそれ、お前のことだろうが!」
「知るか!」
そもそも、神に誓っていいが、俺は木瀬美晴のことなんてカケラも知らないし、名前を名乗ったこともないし、聞かれたこともない。そりゃ、この写真みたいに偶然同じ電車に乗り合わせるくらいはあっただろうが、こうして撮られたことすら知らないくらいに赤の他人だ。
そして、俺の前職……元職?……は営業職ではなかったから取引先に出向くこともなくて、名刺もほとんど使ったことがなかった。だから、社外の人間が俺の名前を知ってるってことプライベートの付き合いのある者以外はほぼゼロ。で、俺自身、人付き合いのいい方ではなかったから、プライベートの付き合いのある奴なんて……それ以上聞くな。
とにかくそういうわけだから、木瀬美晴が事件前に俺の名前を知ってるとしたら、俺じゃなくてコイツの方が俺のストーカー……あり得んよな。接点がなさ過ぎる。ああ、ストーカーって、接点がないと思っていてもつきまとうんだっけか?
「ちょっと!これ!何!」
「うるさいからちょっとあっち行ってろ」
「そうは行かないわ!これ……ぐ……」
「あっち行ってろ」
「は……はい」
鬱陶しいのでちょっと圧をかけてやった。これでも龍神、人間が恐れおののくくらいのことは朝飯前。
さて、尋問を続けよう。
「確認の続きだ。これを見たお前は、俺のことを調べた?」
「そうだ」
「そして俺がごく普通のサラリーマンだと知った?」
「ああ。家庭環境も最悪だな」
「うるせえ」
色々勘違いをしていたすれ違いが原因で、今は家庭円満だよ。
「家庭がまともじゃない奴と付き合わせるわけにはいかない」
「正論っちゃ正論だが」
俺自身は結婚もしてないし、当然ながら子供もいない。だが、親がこの将来を心配する、つまり不幸になるのをできるだけ避けたいという気持ちは、まあわかる。そしてそのときの比較的わかりやすい指標が友人やら恋人やらの生まれ育った家庭環境だ。
もちろん、それぞれ色々な事情はあるだろうから、それが百%正解でないというくらい、俺だってわかる。それでも「親が親なら子も子だな」というのはある。つまり、当時両親と上手くいっていなかった俺を「親不孝ないい加減な男」と判断するのは、まあ仕方ないだろう。
だが、俺が何をした?という次元のことをしている件。
直接俺の前に出てきて「これ以上娘につきまとうな」というならともかく、娘の姿になって痴漢をでっち上げるって、斜め上過ぎてどうコメントしていいのかわからん。
「既に愛称で呼んでいるような仲だ。早急に、確実な対応が必要だと思っぐはっ!」
木瀬美晴がどこで拾ってきたのか、木の棒でユキトに殴りかかった。ゴッて音がしたぞ、ゴッて。
「何やってんのよ!」
「そうよ!」
母親参戦。こちらも木の棒を持っていて、少し太くなってとがっている部分を的確に当てていくエグいスタイル。俺がずいぶん弱らせたとはいえ、この新宿ダンジョンのダンジョンマスターのはずだが、この二人相手にユキトは全く手も足も出ない。
そして二人がかりでユキトに殴りかかるその迫力に、本来一番の被害者である俺がドン引きだ。
「や!やめ!やめろ!」
「うっさい!死ね!」
「まったく!なんてことしてんのよ!」
「し、しかし!実際に!」
「馬鹿なの?馬鹿よね?!」
「お前、親に向かって馬鹿はないだろう!」
おい、助けを求めるようにこっちを見るな。百%お前の自業自得だろ。
少しずつ明かされる、下らない動機……