(6)
「さてと、復讐相手がのこのこ出てきてくれたのは手間が省けていい。早速「どりゃああ!」
全く、人の話を聞かない奴だ。俺が話をしている最中なのに殴りかかってきやがった。
が、この程度、俺に通用するはずがない。
「ぐぉぉぉっ……」
ガンともゴリッともつかない、鈍い音がしてユキトが右拳を押さえて悲鳴を上げた。うん、指という指が全部、曲がっちゃダメな方向に曲がってるな。ついでに言うならプラプラしてる。
要するに指の骨が折れたわけだ。
「ぐぬぬぬ……」
「痛そうだな」
「クッ……」
ダンジョンマスターになってからは怪我なんてほとんどしたこと無いだろうからな。唯一の例外が俺に無謀にも挑んだとき、そして今、だ。そうだ、意趣返しというわけではないが、カッコよさそうに言っておこう。
「今のは棟田哲也の分だ」
「は?」
「お前の軽率な行動で、棟田哲也は俺からあらぬ疑いをかけられた。俺がしっかり本人確認していなかったら、無関係なアイツが巻き込まれていたんだぞ?ということで、アイツが受けていたかも知れない精神的苦痛の分だ」
メチャクチャなことを言ってる自覚はある。
「そして次は「ちょっと待って!」
「ん?」
唐突にどこからともなく声が聞こえ……って、真後ろか。
振り返ったそこには、すべての元凶、木瀬美晴とその母親がいた。その足下には転移魔方陣の出口側。おそらく、ダンジョンコアの場所にユキトが保護していて、俺たちの様子が見えていたんだろう。で、父親がピンチになったから慌てて飛び出してきた、そんなところか?
「あー、お前はまだ後回しなんだが」
「そ、その……どうしても聞きたいことがあって」
「あ?」
謝罪の言葉を口にするって言うならともかく、聞きたいこと?
「その……警察の人もあんまり詳しいこと話してくれなかったし、おと、お父さんも何にも話してくれないから」
「話してくれない……ねえ」
まあ、未成年だからな。詳しい話はあまりしなくても、とは思うが、この期に及んでまだ何か言うことがあるのだろうか?ああ、そうか。俺の見た目が全然違うから、何が何だか、というところか?
「聞きたいこと……まあいいや。俺が答えられることなら答えてやってもいい。まあ、質問全部に答えるつもりはないが」
「あ、ありがとう……その、聞きたいことっていうのは……何でこんなことになってるの?」
「は?」
一瞬自分の耳を疑った。こいつは何を言ってるんだ、と。
「お前……何言ってんだ?」
「何って……何が何だかわからないから聞いて「わあああああっ!」
「ぬあっ!」
「ぶべらっ!」
ユキトがいきなり大声で割り込んできたので思わず殴り飛ばしてしまった。近くの壁にぶつかってぐちゃっとかいう、ちょっと聞こえちゃいけない感じの音がした。
「うぐっ……くっ」
お、なんとか起き上がろうとしてる。大丈夫そうだな。
「ああ、ええと……お前、瀧川陽を痴漢に仕立て上げただろ?」
「は?」
「え?」
「何……のこと?」
「え?え?」
「ちょっと待てよ……お前、電車で「痴漢です」とかやっただろ?」
「何それ」
「え?」
まさか、とユキトの方を見ると、どうにか立ち上がり、こちらへ足を引きずりながら近づいてきていた。ゾンビみたいでちょっと怖えよ!
「お、お前……なん……かに……」
「ちょっと黙ってろ」
「ぐはっ」
ちょっと恐い事実が出てきそうなんだが……念のために確認しよう。
「だいたい一年くらい前だが、お前、学校に行く電車の中で「コイツ、痴漢です」って……やってないんだな?」
「うん」
そう答えて美晴は少し首をかしげて、一つ大きく頷いた。
「えっと、その……さ、さ……」
「さ?」
「触られたというか、触られそうになったことなら何度かあるけど」
あるんだ……ってか、そっちにこそ警察は動けよ。まあ、実際のところ被害者が通報するなどして初めて動くから、その辺、微妙なところか。色々微妙なところがあるってのは俺だってわかる。
そして念のため、母親の方も見る。人間、あまりにもショックなことが起こると防御反応的に記憶を改ざんすることがあるというので。
「ええと……誰かを突き出したってのは私も聞いてません……その、困ってる、みたいな話は何度かしてますけど、警察沙汰にするのってなかなか」
「ええと、とりあえずその辺はいいや。あまり深く聞かないでおく」
デリケートすぎる話なので、それ以上は聞かない、と示しておくと、二人揃って「ほっ」と息をつくので、とりあえず俺の対応としては正解だろう。で、こういう話になってくると明らかに怪しいのが一人いるな、とユキトの方を見る。
「お前……何をやった?」
「し、知るか……」
「うん、色々知ってる奴ほど「知らない」って言うんだ」
「知らん!知らんぞ!」
「さっさと吐け」
「ぐえっ」
みぞおちに数発、うずくまったところにヤ○ザキックを数発。動きが鈍くなったところを襟首掴んで引き起こす。
「細かい経緯はわからんが、お前が娘の姿に変身して、俺を痴漢に仕立て上げて逮捕させた。そんなところか?」
「……」
「はいか、Yesか、そうです、で答えろ」
「……」
「そうか。答えないならあの二人を今から殺す」
「や、やめろ!」
「なら答えろ」
「……はい」
どぐしゃっと後頭部掴んでそのまま地面に叩きつける。「いいえ」でも同じ対応するつもりだったけどな。
「お前、何やってんだよ」
ピクピクと痙攣しているそこにしゃがみ込んで、ちょっと頭を抱える。ホント、何がどうなってんだか説明してくれ。
「あ、あのぅ……どういうことなんでしょうか?」
「そうだな……そっちの二人は何があったか、知る権利があるな」
「がっ……うぐっ……ぐぁ……」
ユキトがもがいているのを押さえつけて、事件のあらましを伝える。
俺目線ではあるが、俺が逮捕された経緯から裁判、そしてダンジョンで俺が、と言う流れだ。
「そんなことがあったんですか」
「ええ。それで瀧川陽はダンジョンで命を落とした」
「「!」」
冤罪かどうかという点は、俺目線の説明だから二人がその真偽を図ることはできないだろう。だが、無罪を主張している者が命を落としたというのはショックを受けたようだ。
「そしてその無念を継いで、俺はここまでやってきた」
「ここまでって、何をどうして?」
「詳しい話をすると長くなるんだが、さっきもコイツが言ってたように、コイツが裁判官になりすまして瀧川陽が有罪になるように仕向けていたんだよ。で、その辺を追及しようと思ってな」
「そうだったんですか」
さて、そろそろ……お、なんとか起き上がったか。しぶとい、もとい、さすがダンジョンマスター、丈夫だな。
「さて、一体何がどうなってるのか、話してもらうぞ」
「……」
「フンッ」
「ぐはっ」
この期に及んでだんまりを決め込もうとしたので、みぞおちを一発。そろそろ横隔膜とか胸骨が原形留めなくなってるんじゃないかな。まあ、どうでもいい話か。
さて、一体何がどうしてこうなったか。まあ、あまり考えるまでもないな。多分、こうだろう。
「お前、あの日、娘の姿に化けて電車に乗ったな?」
「……」
「んで、俺を痴漢に仕立て上げた」
「……」
「その後、証拠隠滅を交えつつ、いい加減な操作をするように仕向け、裁判でも俺の無罪主張をスルーするように全員の思考を誘導した。そんなところか?」
「……」
「沈黙は肯定と見なすがいいか?」
「……」
「はあ……お前、何やってんだよ」
「うるせえ。俺がどんな思いでいたか、お前にわかってたまるか」
「それはこっちの台詞だ。何をどうしたって、自分の娘の姿になって痴漢されるおっさんの気持ちなんてわかるかっての!」