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「それにしてもこんな場所があるなんてねえ」
「今まで誰にも知られてなかったのが不思議だな」
今回の新宿ダンジョン探索の目的である素材の採集は既に終えているので、現在回収している分はそのまま四人の給与に上乗せされる分に繋がっていく。普段も狩れば狩るほど稼げるため、目的の素材を回収したあとはモンスターを狩りながら帰るのだが、今日はなんというか、ボーナスタイムだ。
もちろん、これは陽の入れ知恵である。
「ダンジョンにはモンスターを自動的に生み出す仕組みがあるって知ってる?」
「そりゃ、そう言うのがあるだろう。でなきゃダンジョンのモンスターなんてすぐに絶滅するはずだ」
「じゃあ、ダンジョンによってはモンスターが沸くポイントがあるってのは?」
「噂レベルなら聞いたことがあるわね」
「こういう感じのとこ、あるかな?」
陽がいくつか上げた「こんな感じの場所」というのに四人とも色々心当たりがあった。そしてそれらを全て満たす場所というのもいくつか。
そこで、一番稼げそうな場所を決めて、四人が別方向からその場所を目指す。ひたすらモンスターを狩りながら。
モンスターが一定数を割ると自動的にモンスターを生み出す。その沸きポイントに向けてモンスターを狩りながら進めば、モンスターがどんどん沸いてくるのが見え、合流した沸きポイントでの狩りに移行。
そして四人が集合してからは、まるで釣りの入れ食いのように、工場の流れ作業のように、とてつもない勢いでモンスターを狩り続けているのである。
そのペースは通常のダンジョン運営で想定されているものを大きく上回っており、結果、モンスターを生み出すために消費するダンジョンポイントが、探索者が滞在することによるダンジョンポイントの回収を上回って……はいない。
さすがにトップクラスのオフィサー四人でもそこまでのペースでの狩りは不可能だ。
「協力者って大事だよな」
ダンジョンの床をぶち抜きながら陽はこれまた聞こえよがしに呟く。
今回、どうせ新宿ダンジョンを攻略するならと、両親を通じて他の探索者にも集まってもらった。
稼げるチャンスだと。
もちろん声をかけられた者たちは半信半疑で、全員が来たわけではない。それでも二十組、総勢百名近くが参加し、各階層のあちこちの沸きポイントでボーナスタイムに突入していた。
「すげえな、おい!」
「ひゃっはー!稼げ!稼げ!」
ダンジョンのあちこちで繰り広げられるそんな光景に加えて、陽がぶち抜いた床の自動修復。ダンジョンポイントが大量に消費されていくのも無理からぬ話である。
「クソ!こんな……こんなことがあってたまるか!」
ダンッとテーブルを叩くユキトになんと声をかければ良いかわからない母娘。彼らの前に投影されている映像は、陽がいよいよ五十層に到達した様子を映し出していた。
「クソッ!奴の位置は……ここか。なら、こうして、こうだ!」
上から下まで穴を開けながらまっすぐ下りていくというのなら、穴の位置にモンスターを集結させてやる。これで、穴を開けて下りてきたところに襲いかかれば、多少なりともダメージを与えられるだろう。チリも積もれば、だ。
「そろそろ面倒臭いな」
五十層まで床をぶち抜いてきたところで、いい加減、単純な繰り返し作業にちょっと飽きてきた。少々厚さを増したところでちょっとだけ「お?やるじゃないか」と思ったがその程度。この先も厚さが少し増していくだけということは……うん、面倒だな。
殴ってぶち抜くというのはどうやっても俺のリーチ+αくらいしかぶち抜けないから、二層、三層を一気にぶち抜く、みたいなことができないんだよな。
「これで行くか」
スッと宙に浮かび、両手で丸というか四角形を作り、床を見る。
「狙いよし……いくぜ!気○砲!」
「な、何だあれは」
ズン、とダンジョン全体が揺れたかのような衝撃にユキトはうわずった声を上げた。
「何があったのかしら?」
「と、とんでもねえ奴だ」
三人が見ている映像の中では陽が悠然と、床に開いた大穴に向けて下りていく様子が映し出されていた。穴は軽く十層近く貫通しており、途中で待ち構えさせていたモンスターたちも巻き込まれていて、死屍累々。かろうじて巻き込まれなかった者も恐慌状態で逃げ惑っている。
確かにすごい破壊力。だが、あれはおそらく奴の全力。何度も使える物では無いはずだ。そんな微かな希望はすぐに潰えた。陽が二発目を放ったからである。
「威力の調整が難しいな」
新宿ダンジョンが何階層あるかがわからない上に、床の厚みもよくわからない。だからと言って全力で撃ったら、とんでもない結果になりそうなので程々に押さえつつ、でも何階層かを一気に貫通できるようにという微妙な力加減は結構難しい。
だが、微調整こそ面倒ではあるが、二発で二十層近くぶち抜けたのは時間短縮になって良いと、前向きに考えることにした。
途中の階層で、俺を襲うべく集められていたらしいモンスターたちによる阿鼻叫喚の地獄絵図は見なかったことにしておく。通常の探索者なら大量の魔石とか持ち帰るんだろうけど、俺が持って帰っても意味は無いからな。
「これで七十層、いや六十九……八か。まあ、時短になったのは間違いないな」
薄暗い洞窟タイプの階層をざっと見渡し、下に下りられる通路が近くになさそうなのを確認すると、再び気○砲の体勢に入る。
「行くぜ……気○「させるかああああ!」
「うわっと!」
唐突に男が一人、剣を振りかざして飛んできたので、一応避けておく。
「チッ、素早い奴だ」
「そうか?」
それは、氏間に話を持ちかけたり、裁判官になりすましたりしていた男、棟田哲也――つまり、ここのダンジョンマスターの化けた姿――だった。
「で、その姿はダンジョンマスターとしての元の姿じゃないよな?」
「ん?」
「人間だった頃の姿、だな?」
「だから何だ?」
「その姿で確証が持てた。木瀬美晴とその母親をここに連れてきたんだな」
「?!」
なぜそれを?みたいな顔をされても困る。が、そのまま固まっていられる空気に耐えきれないので勝手に語らせてもらおう。
「その姿なら、娘の方はともかく、母親には警戒されない、そんなところか?」
「……そうだ。それがどうした?!何か文句があるか?!」
「いや、別に文句はない」
「だが……え?文句はない?」
「ないぞ」
「え?なんで?」
「なんでって……お前がどんな奴の姿に化けていようと、別に構わないし」
「そう……なのか?」
「ああ」
俺が復讐する相手は木瀬美晴と、正体不明の裁判官の二人。そして裁判官はこいつと確定できた。そう、所在さえわかれば、いいのであって、コイツとその妻との間に確執があるとかないとか、別にどうでもいいからな。
ついでに言うなら木瀬美晴は復讐の対象だし、ユキトも対象となっているが、木瀬美晴の母親は復讐相手ではないので、俺としてはどこにいようとどうでもいい。
「一応確認だ。俺の裁判の時に裁判官席に座っていた棟田哲也はお前だな?」
「ああ」
「周りの連中に魔法か、ダンジョンマスターのスキルか知らんが、お前が棟田哲也だと認識させた?」
「させたな。それがどうした?」
「いや、念のための確認。俺は別に大量殺人をしたいわけじゃないからな」
「何?!」
お前……この期に及んで、まだ俺が快楽殺人者だと思ってんのかね?
日本一という自負はないが、平均的な日本人レベルの平和主義者だぞ?無関係な者を巻き込んだらマズいじゃないか。




