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周りの注目を集めながら新宿ダンジョンへ入っていく。まあ、四人ともダンジョンに入るときに注目を集めるのはいつものこと。それが四人揃ってとなれば尚更なので、特に気にしている様子はない。ごく普通にダンジョンを進んでいくこと五分ほど。
「一つ聞きたいんだが、ダンジョンの入り口ってどこなんだ?」
「明確なところはない」
「え?」
新宿ダンジョンは元々迷路のように入り組んでいて「新宿地下ダンジョン」などと呼ばれていた一角がいつの間にかダンジョンに繋がっていた、というダンジョンなので、他のダンジョンのようなわかりやすい入り口はない。
一応、地下道のここから先はダンジョンです、という境界線のようなものはあるが、そこが本当にダンジョンの中と外を分けているのかは不明だという。ただ、明らかにその境界線より外にモンスターが出たことが無いので、多分そうだろう、と言われている。
「ほら、見えてきたぞ、あの辺から先がダンジョンだ」
「ふーん……」
「ふーん……って、改札か!」
そこにはなぜか改札があった。それも有人の。
四人がそれぞれ探索者証を見せながら通過していくのに合わせて俺もダンジョンの中とされる領域へ踏み込む。
「さて、気を引き締めていくぞ」
「ええ」
フム、なるほど、境界線はほぼ正しいようだな。
改札を通って数歩で、明らかに空気が変わった。そして、その変化を感じ取ったと言うことは、俺がダンジョンに踏み込んだことに奴も気付いたはず。
近くにいるだけなら警戒しておこうというレベルなのに対し、ダンジョンへ踏み込んだと言うことは、ダンジョンマスターを害しようという意志を持っているということ。
「そうそう、そう言えば」
「ん?」
「あの入り口、来月には自動改札になるらしいぞ」
「は?」
言うまでもなく、この先に地下鉄のホームがあったりはしない。単にダンジョンへの出入りをチェックしようとしたときに誰かが「なら、改札口みたいにした方が面白くね?」と言った意見が採用されたとかなんとか。つまり、それが自動改札になっていくのは時代の流れ……じゃねえだろ。何考えてんだ。
「コスト削減が目的らしいぞ」
「コスト削減?」
「ああ。新宿ダンジョンは日本有数のダンジョンだからな。利用者も多いんだ」
「利用者じゃないだろ、って突っ込みは無粋か?」
「まあ、遊び心的なものと思えば」
「ダンジョン探索って、命がかかった結構危険な行為だと思うんだが」
命がけの場所に遊び心とかいらんだろ。
そんな比較的どうでもいいことを話しながら進むこと数十メートル。唐突に地下道が途切れ、広い草原のようなところに出た。
「まあ、一般的に新宿ダンジョンといったらここからになる」
「だろうなあ」
ダンジョンという閉鎖空間のくせにどこまでも広がる青空と草原。吹き抜ける風にさんさんと降り注ぐ陽光。
「俺のダンジョンにもこういうとこ、用意しようかな」
「あら、いいんじゃない?」
「兄貴、亀裂はどうするんだ?」
「そうだった」
あの亀裂、ダンジョンの特徴の一部らしくて、階層を増やすと増やした分だけ亀裂が着いてくるんだよな。つまり、階層をどうデザインしても必ず亀裂がついてくる。ただの亀裂なら、地面が割れたようになるだけなんだが、こういう青空もある階層を造って下から見上げたら、空が割れてるように見えるのかね?
それはそれで空間を引き裂いたように見えるから厨二心をくすぐられるが、それを見たハンターたちに「プーッ、クスクス」されそうでちょっとイヤだな。やめておこう。
竜骨ダンジョンは今後も正統派、つまり古き良きウィ○ードリィ風のダンジョンで行こう。そのうち壁の中に転送する罠も仕掛けてやるさ。
「さてと、下へ降りるには……」
「ああ、いい。大丈夫だ」
「ん?」
両親揃って「こっちだ」と歩き出そうとしたのを引き止める。
「俺がここに来たことはダンジョンマスターにも気付かれてる、って話したよな?」
「ああ」
それでも奴はそうそう簡単に出てこないだろう。
このダンジョン内では俺の力は十分の一に制限される。だが、それでも足りない。どのくらいの差があるかというと、多分、アイツが百人いたら、ちょっと俺も戦い方を考えなきゃな、と思うくらいだろうか。つまりどうにかして俺を弱らせてから出てくる、というのがセオリーだろう。
ではアイツはどうやって俺を弱らせるか。
簡単だ。時間をかければいい。
ダンジョン内で生み出されるモンスターは、文字通り生み出された存在で、生物ではない。生物っぽい動作――例えば食事など――はするが、あくまでもぽいだけ。だから獲物がやってくるまで何年も待ち続けていられるし、モチベーションも維持できる。
一方、俺も含めた普通の精神を持った生物はそうは行かない。
ダンジョンという閉鎖空間内に閉じ込め、何ヶ月――もしくは何年――という単位で彷徨うように仕向けられたら、普通は耐えられなくて、心身共に衰弱するだろう。
そして、そういうのを狙っている可能性はある。まあ、そこはなんとでもなるからいい。
それよりもマズいのは俺の家族を狙った場合だ。四人とも日本はもとより世界でもトップクラスの実力を持った探索者だが、ダンジョンマスターに通用するかというと、否。
わかりやすいところで行くと、比較的小型のドラゴンでさえ、単独での撃破はちょっと荷が重い、というのが四人の実力だ。
もちろん、ドラゴンを撃破なんてできるのは、世界中の探索者でもホンの一握り。そんな実力者でもダンジョンマスターには及ばないのだ。もちろん、彼らが弱いのではなく、それくらいにダンジョンマスターというのは突出した力を持っているということ。
そして、ここ新宿ダンジョンは奴のホーム。俺たちを分断し、合流する前に家族を人質に、なんてことも簡単にできる。
まあ、そんなことはさせない。これからやることを奴が見ていたら、そんなことをやってる暇があったら迎撃態勢を整える方を優先するだろう。
「この辺でいいかな」
「ん?何をするんだ」
「ああ、少し……いや、五十メートルくらい離れていてくれ。結構危ないから」
「お、おう」
そして離れたところで、多分こちらを監視しているであろう奴に聞こえるよう、ちゃんと口に出して伝えてやる。
「ここのダンジョンマスター、ユキトだったか?今からお前のところに行くから待ってろ。何、時間はかからんよ。今からやる方法で行くからな」
そう言って、拳を地面に叩きつけた。
「な……なんだ、ありゃ」
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
「そう?で、話の続きを」
「う、うむ……それで、その……」
新宿ダンジョンに木瀬母娘を連れてきた。ここまではいい。
危機感を抱いていた二人に、正体をバラしつつ「二人を護りたいから一緒にきてくれ」と告げたらあっさりついてきた。
警察の目と竜骨ダンジョンのダンジョンマスターの目をかいくぐっての移動は少々時間がかかったが「詳しい話はあと。まずは安全なところへ移動してからだ」と告げてなんとかやってきた。
そして、どうにかダンジョンコアに通じる部屋に連れてきた翌日、これまでのことを話そうとした矢先に竜骨の奴が新宿ダンジョンにやってきたので、話をしながら動向を窺っていたのだがこれはマズいか……




