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「今日もいない、か」
明らかに無人であることがわかる家を見張ること三十分。これ以上は不審者扱いされそうなので引き上げることにする。俺のターゲットもあとは木瀬美晴と棟田哲也の二人を残すのみとなった。が、棟田に関しては色々とおかしな点が多い。
まず、そもそも棟田を確認に行った結果、裁判官席に座っていた人物ですらなかった時点でおかしいし、その裁判官席に座っていた人物は宇島に接触した人物だったし。
そこで一旦、頭を切り替えることにした。本当は最後にする予定だった木瀬を繰り上げることにしたわけだ。
というのも木瀬美晴の場合、そろそろ高校を卒業してしまう。
卒業後の進路がどうあれ、居場所を突き止めるのが難しくなりそうなので、在学中、それも受験やらなんやらのために休みになってしまう前にケリをつけよう、と思ったわけだ。
なのに、肝心の自宅が無人。
これまでに調査してわかったのは、木瀬美晴は母子家庭で、上に兄が一人いること。その兄は既に就職しており、他県で一人暮らし……というか、付き合ってる女性がいて、そろそろ結婚を考えているらしい。まあ、どうでもいい話だな。
で、母親と一緒にこの二階建て住宅で暮らしている。詳しくは調べていないが、亡くなった父親がほぼローンを組まずに建てたらしい。ワーカーにしては結構稼いでいたのだろう。そんなわけで愛着があるのか、警察が「早急に引き払うことをお薦めします」と言っていたのに聞き入れなかったらしい。
そして、近所づきあいもあるからと言うことで、警察の保護下に入ることもしていなかったから、先日、氏間を始末するまでは普通にこの家で暮らしていた。
もちろん、警察は交替で見張っていたし、何なら学校の行き帰りもそれとなく刑事がそばについていた。
まあ、俺が本気で攫おうとしたら、防げる奴なんていないので意味はないな。
それはともかく、どういうわけか無人なんだよ。
時刻はもうすぐ午後七時。普通の家庭なら、夕食時で部屋の明かりがついているのが見えるはず。つい先日まではこの家もその例に漏れず、一階の窓から明かりが漏れていて、その後二階の木瀬美晴の部屋らしきところと一階のリビングの明かりに切り替わり、という感じだった。
それが全く明かりが灯らない。
一日だけならともかく、三日も続くとさすがにちょっとな、と思う。
季節的には行楽シーズンなので、旅行と言うこともあり得ると言えばあり得るが、さすがに受験を控えた高校生が学校休んで旅行というのはちょっと考えづらい。
そしてそれは警察も似たような状況らしく、俺への対策本部が「木瀬一家失踪事件捜査本部」になってて、ちゃんと紙が貼られてる。
……何か、おれが事件を引き起こしてるみたいに見えて腹が立つ。なんて言うか、そう、風評被害、名誉毀損だ。俺は何もやってないのにな。まあ、まだなんだが。というか、俺が用があるのは木瀬美晴本人だけで、その母親には用は無い。
ちなみに兄の方には警察が確認をしていて無事らしい。うん、それもひどい話だよな。俺は兄にも用は無いし、母や兄を人質にして本人を誘い出すなんてまどろっこしいことはしないぞ。
やるなら直接本人に正々堂々だ。
だが困ったな。居場所がわからないのでは復讐のしようがない。諦めるつもりは毛頭ないのだが、さてどうしたものかと思っていたところに連絡が入った。
俺の家族から。
木瀬美晴の父親について、何かわかったらしい。
現時点ではどうにも動きようがないし、復讐は最悪木瀬美晴が高校を卒業してからでもいいだろう。
と言うことで、東京へ向かうことにした。今度は新幹線で。
ダンジョンポイントで金はいくらでも出せるからグリーン車でもいいが、ここはあえてこだまの自由席だ。
急いでいるようでそうでもない。そんな雰囲気がいいよな。
……ああそうだよ。地元の駅だとこだまばっかり止まるからこだまの方が便利なんだよ……
東京に着いたら山手線。しばらく乗って新宿駅に到着。東改札を目指す。
「こっちこっち!」
改札の向こうに聡と梢が待っていた。つか、でかい声で読んでるからちょっと恥ずかしいんでやめてほしい。
「元気だった?」
「まあな」
「……」
「何だ?」
「あのね、陽兄」
「なんだ?」
「そこはやっぱり「待った?」とか言って欲しい」
「それを言ったらどうするんだ?」
「聡兄が「いや、今来たとこ」って返すの」
「お前な……」
実の兄二人に何を期待してるんだ?
「馬鹿やってないで行くぞ、こっちだ」
「おう」
「あ、ちょっと待ってよ!」
あきれた感じの聡がさっさと歩き出すのでその後をついて行くと、慌てた感じでついてくる梢。
「ふふっ」
「ん?」
「兄貴、どうした?」
「や、なんか懐かしいなって」
「そう?……そうだな。ガキの頃はいつもこんな感じだったっけな」
「あはっ」
三人で子供の頃を少し話ながら歩いて行った先には一台のトラックが止まっていて、俺たちが近づいていったら二台についていた扉が開き、哲平が顔を出した。
「来たか、とりあえず乗れ」
このトラックは両親がオフィサーとして仕事をするときにいろいろな荷物を運ぶために使っている、いわば移動基地。日本に限らず、上位の探索者は本人の戦闘力以上に持ち歩いている装備の性能がえげつなく、むき出しで歩くのは少し問題があるので、こうした専用の車で運ぶことが多い。
というのは建前で、実際にはダンジョンで回収した諸々を安全に運ぶためというのが本来の目的。何しろ、梢クラスが回収する魔石でも一個数万は下らない。両親がダンジョンで集めてくるものをオークションにかけたら開始金額が数百万というのはざら。と言っても安全に運ぶというよりは奪おうとする連中の安全のためというのが本当の目的かもしれんな。何しろ、両親が撃退した人間の数は三桁に及ぶだけでなく、五体満足で暮らしているのは二桁。力ずくで奪おうとして反撃を食らって、腕の一本二本で済んでいるなら運がいい方、だからな。
「さてと、木瀬美晴の父について、色々と調べ上げたんだが……まず、基本からだな」
「基本?」
哲平がファイルを差し出してきたのを受け取りながら疑問を口にする。基本とは何だろうか?
「まあ、名前の読み方だ」
「ああ。確か志に……なんだっけ?」
「ええと……」
「「采」、采配の「さい」ね」
「そう、それ」
父親の威厳とは、と思わず吹き出しそうになる。俺の両親、こんなんだっけ?と再発見した感じだな。
「ああ、ええと……それで読み方だが「ゆきと」と読むらしい」
「ふーん……ゆきと、ね……え?」
「どうした?」
「ゆきと、だよな?」
「ああ。ダンジョンセンターの登録用紙に書かれていたふりがなだ。本人が書いてるから信憑性は高いだろう」
「色々……つながってきた感じがする」
「なんだ?」
「木瀬志采……新宿ダンジョンで主に活動していたワーカーで、十年ほど前に行方不明になった」
「ああ、そうだ」
「これはまあ……知っても知らなくてもたいしたことない情報なんだが、新宿ダンジョンのダンジョンマスターの名がユキトだ」
「何?」
「一応、本人が名乗ったからな。どういう字を書くかは聞いてなかったから幸せに人とか、そういう字を書くかと思ったが、また変わった字だな」
さて、これは一体どういうことだろうかと考えようとしたところにいきなり知らされた情報にうろたえた両親が詰め寄ってくる。




