(7)
もちろん、応援が来るのを律儀に待つつもりはなく、ウラが氏間を担いだまま、認識阻害を展開する。
「な、き……消えていくっ」
「クソッ、撃て!撃て!」
「待て!今撃ったら周りに当たる!」
「クッ……どうすれば……」
「ええい!こうなったら!」
一人が覚悟を決めたのか、ウラに飛びかかる。しかし、直接組み付いて押さえつければなんとかなるかもという望みはあっさり絶たれた。
当たり前だがウラが普通の人間相手に後れをとることなど無い。ただ、怪我をさせないように配慮して、飛びかかってきたのをスッと動いて避けるだけで充分。
それにそもそも体格がまるで違うからな。あれを飛びかかった程度で組み伏せるなどできるわけがないと気づかないのかね?
「ああっ!消え……た……」
ウラの認識阻害は触れていても触れていると感じなくなるという……ま、俺の幻覚魔法と似たような効果があるので、必死に掴もうとしてもその手は空をかく。離れた位置にいる俺からも姿が消えているので、ウラがどの辺にいるかわからんけどな。
やがてウラの姿が完全に消えた頃、応援のパトカーが数台やってきてワラワラと警官が降りてきたが、時既に遅し。ウラは悠々と歩きながら人垣を抜け、俺の待つ車の元へ。そして近づいたので俺にもウラの姿が見えるようになった。
「回収完了だ」
「ありがとう」
なお、ウラの体がデカすぎて、普段使っているミニバンでも狭かったので、働く人の味方ハ○エースのハイルーフ仕様だ。
俺が後部座席に乗り込むためにドアを開け、ウラがスルリと入り込んで俺が続いてドアを閉めれば、周りからも自然な動きに見える。誰も乗り降りしないのにドアだけ開くってのは不自然だからな。目立たないようにするためにはいろいろ工夫が必要なんだ。
あとはインキュバスに運転を指示して竜骨ダンジョンへ向かう。
途中、氏間が目を覚ましたが、ウラがひと睨みしたら気絶した。
まあ、心身共に衰弱しているから、ウラが凄んだら簡単に気絶するのも無理はないか。「俺の顔ってそんなに恐いのか?」とちょっとショックを受けているウラに苦笑いしながら、竜骨ダンジョンそばのアパートへ。
そこからいつもの部屋に入って、今回のために改装したダンジョン九層へ。ちなみにウラもついてきた。
「おい、起きろ」
「う……うう……」
ペシペシと頬を叩いてやると、少し唸りながら氏間は目を覚ました。
「よーし、起きたな。これ飲め」
「あ、ああ……」
奮発してエリクサーを使う。これでここ最近の無理がたたって限界になりつつある身体はシャキッと元通り。ついでに爽やかなサイダーの風味で心もリフレッシュできたはず。つぎ込んだダンジョンポイントは大きいが、ここに氏間が二、三時間いれば回収できるくらいだから、いいだろう。
「ここ……は?」
「よう、氏間」
「お、お前……は……あああああっ!」
「わかったか?俺だよ、俺」
今回は元の瀧川陽の姿を俺に被せてるからな。色々思うところがあったりすると、こういう反応になるのは当然だな。
さて、俺が氏間の前に姿を現したのはちゃんと理由がある。これまでのターゲットとのやりとりの中で、俺の裁判がとても歪なものだったというのはよくわかった。
が、検察側は、起訴して俺を有罪にするのが目的だと考えた場合、俺にとって有利な証拠は一切提出しないというのはわかる。そもそもキチンと調べれば俺を起訴すること自体無理があるということに目をつぶっているという不自然さがあったとしても。
そして裁判官、裁判員は出された証拠から客観的に俺が有罪か無罪かを判断しているだけだから、俺が無罪であるという証拠――厳密には俺が有罪だとしたらつじつまが合わなくなるような証拠――が提出されていなければ俺を有罪にするしかない。
そして、その他の俺を捕まえる過程で協力していた者たちは、その場の空気に流されただけとも言える。
だが、氏間は違う。コイツは俺を弁護する立場。俺が無罪を主張している以上、有罪ではあり得ないという証拠を探し出して、それを裁判所に提出し、検察の主張の矛盾を指摘しなければならない。
なのにそれをしなかった。
つまり、俺に言わせればコイツが一番罪深い。
つまり、何が何でもコイツを逃がすつもりはないのだが、それ以上に、なぜあそこまで仕事をしなかったのかを聞いてみたかった。
「さて、色々聞きたいことがあるんだが」
「ひ、ひゃああああ!」
ワタワタと手足をバタつかせながら後退っていくので、仕方なく立ち上がって追って歩く。
「く、来るな!来るなああああっ!」
「いや、お前が逃げようとするからだろ」
「お、俺は悪くない!俺は悪くないんだ!」
ドス、と氏間の背が壁にぶつかった。
「お前が悪くないなら、誰が悪いんだ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「う……うわあああ!」
姿勢を変え、這いつくばるようにして方向転換し、逃げ出した。
なんて言うか、ゴキブリっぽい逃げ方だなとどうでも良いことを思いながら後を追った。
「く、来るなっ!来るなあああっ!」
「そう言われてもな……」
今回のために用意したここ、十二畳くらいでそんなに広くないんだよ。つまり、どこへ逃げようとも俺の近くなんだ。んで、さらにそこに
「ん?俺か?」
「ひ!ひゃあああああ!」
ウラがいる。そして、その姿を見て……気絶した。世話の焼けるやつだな。
「う、うう……」
椅子に拘束して一時間弱。ようやく氏間が目を覚ました。
「やっと起きたか」
「く……瀧川陽……生きていたのか」
「まあな。だが、社会的には死んだ……いや、殺された。お前のおかげでな」
「わ、私の……?」
「そうだよ。お前が俺をしっかり弁護しなかったから俺が有罪になった。んで、結果として俺はこのダンジョンで死んだんだ」
「……」
「さて、あらかじめ言っておくが、お前を殺すつもりはない」
「え?」
「もう一度言おうか?お前を殺すつもりはないんだよ」
「じゃ、じゃあ……なんで……というか、ここはどこだ?」
「ああ、つい今し方、言ったはずだが、ここはダンジョン。俺がダンジョン労働系で送り込まれ、死んだダンジョン、竜骨ダンジョンだ」
「ここがダンジョン?」
「そうだ」
氏間はキョロキョロと周囲を見る。
「ダンジョンに見えないんだが」
「そう言われてもな」
コンクリート打ちっぱなしの部屋。それがここの見た目。ダンジョンっぽくないと言えばダンジョンっぽくないのは認めるよ。だけど、だからってダンジョンにいるのを信じられないみたいに言われてもな。
「まあ、ダンジョンの見た目なんてのはいくらでも変えられるんだよ」
「変えられる?誰がそんなことを?」
「俺」
「は?」
「このダンジョンは俺が支配している。内部構造をどうするかとか、どこにどんなモンスターを配置するとか、自由自在」
「自由自在……」
「そう。それがダンジョンマスター。この竜骨ダンジョンのダンジョンマスターは俺。んで、ここにいる厳つい奴は鬼火ダンジョンのダンジョンマスター。ま、知っても意味はないけど一応教えておこう」
「ダンジョンマスター」
とりあえず納得したかな?さて、本題に入るか。
「本当のことを言え。あのとき、何でまともに俺の弁護をしなかった?」
「ええっと……」
さて、しっかり話してもらおうか。




