(6)
「意外だな。お前って法律が正しく適用されなかったようなモンだろ?」
「まあな」
「そんなお前が「法なんてクソ食らえ」みたいな事を言うとはな」
「そうか?」
「ああ。今までだって法に触れないようにこっそり動いていたように見えたが」
「うーん、そもそも俺、人間じゃなくなってるから人間の法律なんてどうでもいいんだよな」
「それは何となくわかる。と言うか、だんだんそういう傾向が強くなってるよな」
「別に望んでそうなってるわけじゃないんだが」
奴らがガードを固めるから仕方なく強行突破してるだけだし。
「まあいいや。で、俺は何をすればいい?」
「そうだな。ひと暴れしてくれ」
「は?な、何て言った?」
「ひと暴れしてくれ」
「ひと暴れって……え?どういう?」
「そのまんまの意味。あいつのそばまで行って姿を現して暴れてくれればいい」
「良くねえよ!俺の評判が落ちるじゃねえか」
落ちるも何も、お前、常に姿を隠してるし、存在認識されてないんだから評判なんて何もないだろうにと思ったが、これで結構そう言うところを気にする質らしい。
「せめてお前の魔法で俺の姿を変えてくれ」
「ええ……」
そのままの姿でいいだろうと説得したが……あろうことかコイツ、この姿で人前、それもこんな大勢の前に出るのが恥ずかしいという。ダンジョンマスターとして探索者の前に現れるのは良くて、何気ない日常の一コマに割り込むのはダメとか、コイツの線引きがよくわからんな。
「……ちょっとこっち来い」
「おう」
仕方ないので現実を見せようと、人気のない路地裏に入り、スイッと魔法を使ってウラの言うような姿を造り出してみる。
「こんなんなっちゃうけど、いいか?」
「いや、なんでこうなるんだよ。いつもお前が変装してる姿って、結構まともじゃないか」
「まあ、そう思うよな」
俺が普段から偽装している姿って、テレビやネットを探せばいくらでも出てくるようなありふれた姿。それこそ南下のイベント会場を撮影した様子から「こんな感じでいいか」という一人を選んでそれをトレースしているだけだから、俺の美的センスは一切介在しない。
一方、俺が造り出したウラの姿候補は、俺の美的センスがそのまま反映される。そして、ぶっちゃけた話、俺は絵が下手である。だから、出来上がったのは子供の落書きみたいな姿。いかにも「恐いだろう?」と言いたげに角やら牙が生えていたりするが、角も牙も爪もデコボコでいびつになっているし、手足の筋肉の付き方もおかしい。筋骨隆々を目指しているのに、仕上がりは明らかにステロイド剤の投与に失敗して現役を引退して十年程経ったボディビルダーみたい、と言えばいいかな?
「化け物感は出てるよな?」
「恐いの方向性が違うような気がするんだが」
「それな」
まあ、そんなわけでウラにはそのままの姿で氏間の元へ向かってもらうことにした。
「どうすれば……クソッ、あいつが……あいつのせいで俺の人生は……」
ブツブツと呟き続ける氏間の目には周囲の人が一定の距離を取って離れている様子は映らない。端から見れば明らかに異常者で、弁護士になってからプライドだけは高くなっていた氏間にしてみれば、こんなふうに目立つのはもっとも忌むべき事なのだが、既にそんなことに気を回す余裕さえなくなっているのが、よくわかる。
この数日で、とうとう着る物――洗濯された物という意味――がなくなり、同じ物を着続けるようになっており、薄汚れてきているし、風呂にも入っていないので汚さが上乗せ。そして当然のように臭い。髪もボサボサだし、無精ヒゲのせいで怪しさ全開になっていて、とうとう警察が重い腰を上げ、五人体制でやって来た。
「氏間さんですね」
「……アイツが……アイツ……」
「氏間さんっ!」
「ひっ!」
警官が大きな声を出すのはあまり褒められた行為ではないが致し方無しと氏間を正気に戻したところで、色々と話を始めていたところにちょうど俺とウラが到着した。
「ですから!」
「イヤだ!断る!」
「しかしですね……」
警官と氏間の口論はヒートアップというか、平行線だ。
保護しますという警察と、警察の事など信じられるかという氏間。話がかみ合うわけがない。
「オイ、どうするんだ?」
「どうって?」
「この状態で?」
「何か問題でも?」
「まあ……無いか」
「だろ?」
さて、行動開始だ。
やることはとても簡単。
ウラが普段外を歩いているときに使っている姿を消す、いや正確に言うと周囲から認識されなくなる能力。それを止める。
「キャーッ!」
「うわぁーっ!」
ウラが氏間のそば、警官とは反対側に姿を現した途端、遠巻きにしていた野次馬たちが一斉に悲鳴を上げて我先と逃げ出した。いや、逃げ出そうとした、だな。
まあ、ウラは見た目だけで言えば鬼とかアニメに出てくるような悪魔とかそういう感じの見た目だからな。逃げたくなるのも無理はないというか、普通は逃げようとするよな。
朝方の通勤ラッシュの時間帯。地方とはいえそれなりの人口を抱える市の駅前ロータリーは東京程ではないがかなりの混雑。逃げようとしても人が多すぎてなかなか逃げられず、あちこちで転んだり、「どけ!」と殴りかかったりと、なかなかの騒ぎ。怪我人が出ないことだけ祈りつつ、騒動の中心を見る。
「くっ……新手か?!」
「応援を呼べ!」
「氏間さん、こっちです!」
「あ、あ……」
健気にも警官たちは氏間をここから逃がしつつ、周りの人たちへの被害もおさえようと動き始めていた。一人が既に無線で応援を要請しており、二人が氏間を両側から抱えて引っ張り、二人はホルスターから銃を抜いて、ウラに向けて構えている。
って、いきなり銃を向けるのか?確か、一回は上に向けて威嚇射撃をするとかなんとか……ああ、ウラは人間じゃないから威嚇射撃は不要なのか?それもどうかと思うが。
「う、動くな!」
「動くと撃つ!」
「……」
当たり前だが、ウラは銃で撃たれたところで何ともない。だから銃を構えられてもなんとも思わず、歩みを止めることはない。
「……と、止まれ!止まれ!」
「く……こ、こうなったら」
「待て!俺が撃つ!」
なんかドラマチックな展開になってるな。
「全員伏せてください!」
「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
銃声。
いや、「撃つぞ」から短すぎないか?
「……で?」
「あ、当たったのに何ともないのか?!」
「ああ、銃で撃ったのか?」
「……」
「そんなので俺をどうにかできると思ったのか?」
ニヤリ、と本当に子供が見たら瞬時に泣くだろうという笑顔を浮かべゆっくり氏間の方へ向かう。
「クソッ!」
「撃て!撃て!」
銃声が三つ。もちろんウラは止まらない。
そして、警官が引きずっていた氏間の胸ぐらを掴んで警官ごと持ち上げる。
「うわあっ!」
「こ、このっ!」
ぶら下がる格好になった警官がウラを蹴るが、そんな程度でどうにかなるようではダンジョンマスターは務まらない。
「フン……ぬるいな」
満足げに頷いているところを見ると、本人的にはカッコよく決めた台詞らしい。どこがどう良かったのかさっぱりなんだけど……ま、いいか。
そして、一度大きくブンッと振ると警官たちが放り出される。
「ひ、ひいいいいっ!」
ここでようやく氏間が正気に戻り、悲鳴を上げるが、ウラが軽く鳩尾を殴り気絶させて悠々と肩に担いで歩き出した。
「ま、待て!」
「クソッ!応援はまだか!」
んー、あともう少しで来ると思う。サイレンの音が聞こえてるから。